89 『マジックハッカー』

 ククっと、ヒサシは笑った。


「なにがおかしいのよ?」


 ヒナに不機嫌な目でにらまれ、ヒサシは言った。


「ボクが知っている情報によると。あくまで確定情報ではないけど。呪いとかそういう類いの魔法じゃないから、それでいいんじゃないかな。呪術師とかエクソシストに頼るには時間がかかりすぎるしねえ」

「そう」

「うん、そうなんだよねえ。それしか直し方はなかったみたい」

「だったらしょうがないわね」


 ヒサシはヒナの表情を見て。

 今度は心の内で笑った。

 今度はニヤニヤと笑った。

 別段それは嘲りのような笑いではなく、おかしくはあれど、楽しく計画が運んでいることによる破笑である。


 ――ヒナくん、悪いね。いろいろと隠し立てしてて。


 計画は水面下でなくてはならない。

 秘密裏に遂行していかねば、効果は半減以下になる。


 ――まず、ボクの魔法についてだけど。ボクがなにかを隠していると、キミは気づいているようだ。でもなにを隠しているのかはわかってないよね。


 戦闘中、「ハック」と「クラック」は聞こえていたらしい。

 うさぎ耳のカチューシャをつけた、耳のよいヒナのことだ。

 聞こえていると思っていた。

 聞かせてもいいと思っていた。

 そこで、ヒナの出方を見ていたが、吟味するほどの反応を見せてはくれなかった。

 ヒナという人物を吟味するには、散らすヒントが少なかったことだろう。

 なにも論理を構築できなかったようだった。

 だから隠し通すのみとした。

 もしなにか反応を見せてくれても、おちょくるだけではあったが。


 ――キミが気になっているであろうボクの魔法、その第一は《魔法曲者マジッククラッカー》じゃない。他者の魔法情報を書き換えることで魔法破壊をするこれは、第二の魔法なんだよ。


 第二の前には、必ず第一がある。


 ――で。魔法情報を書き換えるには、なにが必要か? 魔法情報を正しく理解する必要があるよね。だから、ボクの魔法が《魔法曲者マジッククラッカー》だけなわけないって気づくことがもできなくないけど。ちょっと難しいか。


 これをヒナは読み解けず。

 これをヒナには隠していた。


 ――そんなわけで第一の魔法は《魔法吟味役マジックハッカー》。他者の魔法情報を読み取れる。これによって検索して調べ上げ、解析したデータを基に、破壊クラックする。つまり、第一の魔法《魔法吟味役マジックハッカー》があって初めて、第二の魔法《魔法曲者マジッククラッカー》が使えるってわけ。


 杖で叩くことで、第一の魔法《魔法吟味役マジックハッカー》も第二の魔法《魔法曲者マジッククラッカー》も発動条件を満たす。

 つまり先程の戦闘工程は。

 ヨセファの手を叩き、《魔法吟味役マジックハッカー》を発動。

 魔法情報を得た。

 スモモから送られてきた情報もあるが、ヒサシ自身が細部まで吟味して検索をかけたのである。

 解析結果は。


 ――《魔法吟味役マジックハッカー》によってわかったのは、彼女の《人格ツボ押しパーソナル・フィンガー》は彼女自身の手で解除できるってこと。


 すなわち、ヒサシがヒナに言ったことは半分が本当で半分が嘘だった。


 ――呪いとかそういう類いの魔法じゃないのは本当。


 呪術師とかエクソシストに頼る必要はない。


 ――それしか直し方はなかったみたいっていうのは嘘。


 術者・ヨセファ自身に効果を解除させられる。


 ――本当と嘘が半分ずつなのは、ボクに狙いがあるから。


 だが、あえてそれらをなにも教えなかった。

 その上で、あえて破壊クラックした。


 ――ボクにはさ、鷹不二氏のための狙いがあるんだよ。隠すべき計算があるんだ。だからあえてクラックしたけど、そもそもあの人、無責任過ぎたんだよねえ。


 ヒサシはヨセファの無責任さを思い返す。

 戦闘中、ヒサシは問いかけた。ヨセファがアシュリーの兄・サンティをどんな性格に変化させたのかを。

 しかし、アシュリーのことはまだしも、サンティのことも覚えていなかった。

 自分が魔法をかけた相手を覚えていないのだ。

 当然、どんな性格に変えたのかなど覚えているはずもない。


 ――あのツボ、彼女が同じ場所を押せば、かけた魔法も直せるみたいだった。ただ、押した場所を覚えていないといけない。つまり、サンティくんって子のことを覚えてないから彼は直せない。それって、無責任過ぎるんだよね。


 それだけ、やっつけ仕事をしているということである。

 どうでもいいと思った相手には記憶すら保てない。

 責任感がまるでない。

 そんな相手に、解除は期待できない。

 ヨセファが対面で魔法を解除する必要があるからだ。

 仮に。あのシスター・ヨセファに解除してもらうとして。


 ――彼女を連れ回す手間は、サツキくんやロメオくんを探すのと大差はないけど、あんな厄介者と行動をいっしょにしたくないしね。ヒナくんはボク以上に嫌だろうし。


 そうした理由もあり、ヒサシが《魔法曲者マジッククラッカー》でヨセファの魔法情報を書き換え、直すことさえもできなくしたのも自然なことだといえた。

 が。

 これは要因の一つに過ぎない。

 感情論の話だ。

 そうした側面とは別に、計算があった。

 そして本題。

 ヒサシの狙いだが、これは政治的な計算であり、鷹不二氏の足場を固める経綸となってゆくものだった。

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