17 『ヒーリングタッチ』

 クコの魔法、《ハートコネクション》の進化。

 それはサツキにとっては興味深い話だった。完成された魔法だと思っていたものに、進化がある。


「進化、か」

「三つある《ハートコネクション》の効果のうち、まだ進化の予感は《記憶伝達パーム・メモリーズ》だけですが、よろしいですか」

「うむ。どう試すんだ?」


 クコは、またサツキの手を握った。


「今まで、こうして手をつなぐことで、声に出さずに会話ができました」

「ああ、それが《精神感応ハンド・コネクト》」

「はい。ですが、《記憶伝達パーム・メモリーズ》も、手をつなぐだけで可能になる気がするんです」


 これまで、《記憶伝達パーム・メモリーズ》では額など頭に手を触れる必要があった。それが手と手でよくなるということだ。

 クコが目を閉じたので、サツキも同様に目をつむった。

 すると、頭の中に映像が流れてきた。しかし、静止画がスライドして映像としている感じで、人々が動いている様は見られない。瞬間を切り取った風景、それを少しずつ見せているみたいだ。


「ここは、クコの生まれた街……?」

「そうです。ウッドストン城の城下町。わたしが知っている、過去の姿です。今もほとんど違いはないですが」

「そうか。じゃあ、《記憶伝達パーム・メモリーズ》は進化したんだな。すごいよ、おめでとう」

「いいえ、これはわたしの努力によるものではありません。潜在能力を引き出してもらったおかげです。それに、実際に人や物などが動いている映像ではありません。ですが、戦いのための魔法ばかりでなく、《ハートコネクション》をもっと進化させることもできたらと思っています」

「うむ。それがいい」


 二人、同時に目を開けると、クコはにこっと微笑んで言った。


「手と手をつなぐことで記憶を見せるのも悪くありませんが、わたしとしては今まで通り膝枕してあげながらがいいです。まだ未完成というのもありますが、そうすることで心が安らぐといいますか、わたしの癒やしにもなるんです。だから、これからも膝枕しましょうね」

「うむ」


 それがいい、とはサツキも恥ずかしくて言えない。甘えているみたいで照れくさいのだ。でも、両親から離れて大きな使命を背負うクコの緊張を和らげ、癒やしともなるなら、サツキも「それがいい」と思う。

 クコが優しい笑顔で、


「ふふ。はい、それがいい、ですよね」

「あ」


 サツキは声を漏らして頬を染め、視線を外し、クコから手を離した。


「《精神感応ハンド・コネクト》も発動していたか」

「すみません、はい」


 にこにこ答えるクコに、サツキも照れた苦笑を返した。


「笑われてしまったな」

「可愛いサツキ様もわたしの癒やしになるので、わたしにはいろんな顔を見せてください」


 そのとき、ドアがノックされた。

 執事・グラートが呼びかける。


「おはようございます。朝食のお支度ができました。大広間までお越しください」

「はい! ただいま参ります」


 クコが元気に答えて、二人は大広間に向かったのだった。




 大広間。

 今朝の朝食は、クロワッサンとカプチーノというメニューだ。マノーラでは定番らしい。

 甘く香ばしいカプチーノの匂いが、マノーラの朝という感じがする。

 場所がお城の大広間というのも、サツキには新鮮さを与えるポイントでもある。

 元の世界でも朝はずっと和食だったし、こっちに来てからもバンジョーも特になにか理由がなければ和食を作ってくれる。晴和人が多い士衛組のためでもあり、朝は和食が好みな玄内のためでもある。

 昨日、今日とマノーラの朝を楽しみながらカプチーノをいただき、サツキはアキとエミの会話に耳をかたむける。


「そういうわけだから、ボクたちは今日、食べ歩きしてくるね」

「晩ごはんまでには戻るからね」


 食べ歩きをして、さらに晩ごはんもしっかり食べるつもりらしい。近所の子供たちと遊んだり、マノーラの知り合いと会ったり、アキとエミは相変わらず忙しくしている。ただ、きっちりとした約束や予定があるわけでもないのがおかしい。

 ミナトが透き通ったような笑顔で、サツキに言った。


「僕も子供たちと遊ぶことになってるんだ。アキさんとエミさんともいっしょにさ。だから午前中は忙しいんだよねえ」

「結構、ミナトは子供好きだよな。子供にも懐かれるしさ」

「あはは。いやあ、僕はいつまでも中身が大人にならないからなァ」


 旅の中で訪れた土地ごとに、ミナトは近所を散歩しているだけでいつの間にか子供と仲良くなっていることがままある。純粋な子供ほど、ミナトの不思議な魅力に惹かれるのだろう。


「じゃあ、お昼ごはんはここで食べるとして、午後からだな」

「うん。今日も頑張ろう、相棒」

「ああ」


 今度は、ヒナがサツキに言った。


「ねえ、サツキ。今日も午前中はあたしのお父さんのところ行く?」


 ヒナの父・浮橋教授は、地動説を証明するための裁判を控えている。

 ただ、必要最低限は昨日、玄内と四人で話もした。

 それでも、話せる機会があるなら、なんでも何度でも話しておいたほうがいいだろう。サツキには、ヒナのいっしょに来て欲しいという感情のこもった瞳からは、なにも読み取れないが、


「うむ。大事なことは昨日話したし、科学の話をいろいろ聞けたらなと思ってるんだ。もっとヒナと浮橋教授で煮詰めたいことがあるなら、俺は遠慮するが」


 と答えた。

 ヒナは腕組みして顔をそむけ、つんと言った。


「いっ、いいに決まってるでしょ! 遠慮とか、らしくないわよ。まったく」


 そして、うれしい顔はサツキには見せずに、背を向けたまま言う。


「あたしは先に用意して外出てるから、サツキもすぐに来るのよ!」


 サツキが答える前に出て行くヒナ。

 コーヒーを一口すすり、サツキはつぶやいた。


「あんなに急いで。よっぽどうれしいんだろうな。お父さんに会えるのが」

「おう。サツキ」


 そこに、バンジョーがやってきた。玄内もいっしょである。


「今から浮橋教授のとこに行くんだろ?」

「うむ」

「オレと先生もいっしょに行くぜ。浮橋教授はうまいもん食ってんのかなーって言ったら、先生があまり食べていないだろうって言ったからよ。オレが作ってやろうと思ったんだ」

「おれもサツキがどんな話をするのか興味あるし、今日も顔を出しに行くことにした」

「そうですか。きっとヒナも喜びますよ。行きましょう」


 バンジョーと玄内は出かける準備もできていると思われる。そんなわけで、サツキは弐番隊と共に浮橋教授の元へ行くことになった。サツキはコーヒーを飲み干し、立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る