16 『ハートコネクション』

 翌朝。

 サツキは、部屋をノックする音で目が覚めた。

 廊下から、


「サツキ様」


 と呼びかけられる。

 この声は、クコのものだった。

 ベッドから起き出して、サツキはドアを開けた。


「クコ」

「おはようございます!」

「おはよう。どうしたんだ?」


 聞かれて、クコはにこっと明るい笑顔で答えた。


「なんだか、サツキ様に会いたくなってしまって。昨日、お祝いしていただいたのがうれしかったからですね!」

「そっか。それならよかった。昨日は楽しかったな」

「はい!」


 元気な返事をして、


「改めて、ありがとうございます。今日からまた、頑張らせていただきます!」

「そうだな。俺も頑張るよ」


 ちょっと眠たげだったサツキの目が、どんどん覚醒して光ってきた。


「朝食の前ですけど、今から修業しませんか? 魔法の修業、昨日はいっしょにできませんでしたし」


 いつもは、夕食と風呂を済ませたあと、二人で魔法の修業をしているのだ。

 魔力コントロールの修業である。

 これには、クコの魔法を用いていた。

 クコの魔法、《ハートコネクション》には、三つの効果がある。

 サツキがこの世界に来て初めて見た魔法、《精神感応ハンド・コネクト》は、手をつないだ相手と声を出さずに会話できる。他者に聞かれたくない会話を、これまで何度もこの魔法でしてきた。

 また、《記憶伝達パーム・メモリーズ》は、術者・クコが相手の額に手を触れると、自分の記憶を見せることができる。これによって、サツキはこの世界の知識を映像と共にいろいろと見せてもらったものだ。

 今でも、この世界のことでなにかわからないことがあってクコに聞くと、記憶を見せてくれる。

 クコからすれば、膝枕してサツキの頭を撫でながらでも記憶を見せることができるし、そうしてあげることで穏やかな時間を過ごせるから、あえて口での説明だけで終えずにこの魔法を使いたいくらいなのである。

 そして。

《ハートコネクション》の三つ目の効果《感覚共有シェア・フィーリング》は、額同士を合わせると、相手と感覚を共有することができる。

 感覚の共有により、サツキはクコから魔力が体内を流れるイメージを知り、魔力感覚を開発してもらった。

 加えて、魔力コントロールの上手なクコの感覚を追体験する修業で、サツキはここまで魔力コントロールが上達してきた。

 この修業は今でも続いており、寝る前にするのが習慣になっているのだ。

 だが、昨晩はクコの誕生日パーティーが夜更けまで続き、修業する時間が取れなかった。

 サツキはうなずいた。


「うむ。やろうか」

「はいっ」


 それから、二人は魔力コントロールの修業をした。

 向かい合って立ち、サツキが目を閉じると、クコがぴとっと額を合わせた。ここから、クコの魔力コントロールを追体験していく。


「(淀みない、綺麗な魔力の流れだ。すごいな、クコ。元々相当うまかったコントロールに、さらに磨きがかかってる)」


 ただ額同士を合わせるだけでなく、手もつないでいる。互いの指を絡めるようにしてつなぎ、《精神感応ハンド・コネクト》によって会話もできるようにしているのだ。この修業中は、《精神感応ハンド・コネクト》での会話が基本になっていた。


「(これも、レオーネさんに潜在能力を解放していただいたおかげです)」

「(本当にありがたいことだよな)」


 ロマンスジーノ城に来て、レオーネとロメオに再会してからというもの、サツキたち士衛組は潜在能力を毎日一段ずつ解放してもらっていた。一段という単位は、レオーネの魔法の感覚による表現だ。

 レオーネの持つ、無数の魔法のうちの一つ、《発掘魔鎚ポテンシャルハンマー》は、潜在能力を引き出すことができる。

 このときの潜在能力とは、その人が持って生まれた才能のようなもののことで、通常だれもがすべてを引き出せているわけではなく、秘められた力を隠し持っている。潜在能力は階段のようになっていて、一段ごとの高さも違えば、段数も違う。人によっても異なるし、たとえばサツキという人間に用意された階段も一段ごとの高さはそれぞれ異なっている。

発掘魔鎚ポテンシャルハンマー》で叩けば、その潜在能力の階段を一段分のぼらせてくれる。さらに、上限を一つ引き出し、階段を一段作ってくれるという代物なのである。

 すでにガンダス共和国でこの効果を実感していたサツキは、士衛組の仲間全員にこれを施して欲しいとレオーネに頼んだ。レオーネは、快諾してくれた。

 その結果、毎日一段ずつ《発掘魔鎚ポテンシャルハンマー》を使ってくれているのである。伸び代とも言うべき回数の限度は人それぞれだが、一日に使える数は一人一回の制限がある。


「(サツキ様は、成長している実感はありますか?)」

「(実は、まだよくわからないんだ)」


 コロッセオで試す機会こそあったが、まだよくわかっていなかった。ロメオからもらった特殊なグローブ、《打ち消す手套マジックグローブ》がこれまたすごい代物で、自分の成長の実感には結びついていないのだ。


「(今朝も、このあと《発掘魔鎚ポテンシャルハンマー》で叩いていただけます。本日の試合では実感できるといいですね)」

「(うむ。よし、今度は俺の魔力圧縮だ)」

「(はい。《せいおうれん》もだいぶその感覚が身についてきました。潜在能力も解放してもらいましたし、次は《どう》も試してみたいです。いいですか?)」

「(そうか。じゃあ、今日からやってみるか)」

「(はい! お願いします!)」


 サツキの考えた、魔力の圧縮という概念。それは、玄内に『サツキの魔力圧縮理論』と名づけられ、感覚共有可能性なクコだけがものにしていた。だが、サツキがこれを応用して、見よう見まねでできるようになった《波動》は、クコでさえ使えない。前にもやろうとしたことはあったが、追体験してもどうもイメージがつかめないというので、《静桜練魔》の精度を高めることを優先して、《波動》は一旦やめていたのである。

 今日、その《波動》をやってみて、クコはサツキから離れると、大きく息を吐いた。


「サツキ様、お疲れ様でした」

「お疲れ様。どうだった?」

「やっぱりわたしには、《波動》の感覚はわからないみたいです」


 と、クコは苦笑を浮かべた。


「俺も《波動》は特殊な感覚による魔力コントロールだと思う。クコの素直過ぎる感性では、理解が難しいのかもしれないな」


 つぶやき、サツキはクコに言った。


「だったら、とにかく《静桜練魔》あるのみだ。俺も魔力圧縮は大事だと思ってるし、これを続けよう。クコは俺よりも魔力の内包量が大きいから、それだけでも威力は出せる」

「そうですね! もっと魔力コントロールを磨いて、魔力をより圧縮してから高速で解放できるようにします」


 サツキも思っていたことだが、やはり《波動》という力はどこか特別らしい。レオーネは元の術者・オウシのコピーでこの魔法を使用した。だが、なんでもコピーできるレオーネでも、威力は本家のオウシのものを到底再現できないという話だ。

 なにがどう特別なのか。それはわからないが、サツキは《波動》を教わらずに習得できたし、適性があるのだろう。その適性はクコにはないと思われる。いや、適性を持つ人がほとんどいない魔法と考えていいかもしれない。

 したがって、クコとの《静桜練魔》の修業は続けながら、《波動》はサツキ一人で鍛えていくことになる。


「サツキ様。わたし、試したいことがありました。《波動》は特別な力だと思っているので期待はしていませんでしたが、《ハートコネクション》の進化があるような気がしているんです」

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