16 『貼-波-刃 ~ Giving Is Living ~』

 サツキとクコとヒナは、馬車から玄内の別荘へ行き、地下の《げんくうかん》に向かう。

 そこでは、玄内が発明をしていた。

 言い換えると、発明品やら道具を散らかしていた。

 ヒナがそれらを片づけ始める。


「先生。もうそろそろ始まりますよ」

「おう」


 玄内が特に目をかけて指導しているのがヒナとバンジョーであり、戦闘とは無縁な生活をしてきた二人もだいぶ成長している。

 サツキとクコも道具の片づけを手伝いながら、『けんせいがきまさみねに教わったことなどを報告する。


「そうか。サツキもクコも確かに剣筋がよくなってるし、いい船に乗れたな」

「はい」


 と、クコがニコニコと返事をする。

 そのうちにナズナとチナミ、バンジョー、フウサイ、ルカもやってきて、修業が開始される時間となった。

 玄内は言った。


「今日は話があると言っておいたな。現在、おれたちが船に乗って一ヶ月が経った。その成果を見ておれなりに考えた結果、修業内容を変えようと思う。基礎中心だった者が多いが、実践的なこともしていってもらう。また、魔法や武器を渡す者もいる」

「魔法?」

「武器?」


 バンジョーとヒナが目を輝かせ、クコが胸の前で手を合わせる。


「みなさん、頑張ってましたものね」

「おまえらはまだ実感がないかもしれないが、成長してるってことだな。よし。さっそく、魔法を与える者の名を呼ぶ」


 八人が期待と緊張の面持ちで固唾を呑む。

 玄内が発表した。


「クコ、ナズナ。おまえたち二人だ」

「はい!」

「は、はい」

「あたしも欲しかったぁー」

「オレだって頑張ってんのによぉー」


 返事をするクコとナズナのあとに、ヒナとバンジョーが落胆する。

 そんなヒナにチナミが言う。


「ヒナさんはまだ魔法を使う段階にないんだと思います」

「チナミちゃーん」


 と、ヒナはチナミに泣きついた。


「……」


 はぁ、とフウサイはバンジョーを見てため息をつく。


「なんでため息なんだよ! なんか言えよ!」

「氏にかける言葉は持ちあわせていないでござる」

「なんだとー!」


 バンジョーとヒナをじろりと見て、玄内はマスケット銃を向けた。


「静かにしろい」

「はい!」


 と、バンジョーとヒナの声がそろう。

 今度は玄内がため息をつき、


「順番に説明していくつもりだったが、先に言っておく。ヒナ、おまえには武器をやる」

「武器!? ですか? ぃやったー!」


 はしゃぐヒナに対して、バンジョーは不満そうに、


「オレにはなんもないんすか?」

「おまえは竹刀を振る修業もしてなければ武器を使う想定もないだろうが」

「ちぇ」

「その代わり、柔術を教えてやってるおまえには、これから投げ技も覚えてもらう」

「投げられるだけの昨日までのオレとはサヨナラってことか? よっしゃー! やってやるぜーぃ!」


 ヒナとバンジョーの機嫌がよくなったところで、玄内は仕切り直した。


「さて。以前、晴和王国ではサツキに《とうフィルター》を、ルカに《拡張扉サイドルーム》を、チナミには《潜伏沈下ハイドアンドシンク》を与えてやった。今度はクコとナズナの番だ」

「てことは、あたしの番もあるってことね」

「オレの番は次ってことじゃねえか」


 ヒナとバンジョーは勝手にそう理解していた。

 また、ヒナはチナミにささやく。


「そういえば、その《潜伏沈下ハイドアンドシンク》っていつもあたしの部屋にすうっとお化けみたいに出てくるやつだよね?」


 ついさっきも、ヒナがサツキと会話する予行演習をしたところを目撃されてしまった。


「これです」


 するっと溶けるようにチナミの足が地面に埋まり、ヒナが驚いた。


「なにこれ!」

「……」

「うわぁっ!」


 ずぼっとヒナの全身が地面に沈んだ。地面に潜ったチナミがヒナの足首をつかみ、地面の中へと引きずり込んだのである。

 ひょこっとチナミは地面から顔を出し、ヒナを引っ張り上げる。


「こうやって使うこともできます」

「げほっげほ」


 咳をして息を整え、ヒナが座ったまま抗議する。


「チナミちゃんひどいよー。びっくりしたー。でも、すごい魔法だね」

「アルブレア王国騎士が持っていた魔法です。実は、浦浜ではこれを使ってヒナさんを追っている騎士を足止めしました」

「そうだったんだね! たぶんあのときだよ! うん、わかる。ちょうど逃げ切れたときがあったもん。ありがとうチナミちゃーん」

「苦しいです」


 抱きつくヒナから離れようとするチナミだが、まんざらでもないのか、本気の抵抗ではない。


「考えてみれば、逆にヒナさんを沈めればよかったですね」

「そうだね。そうすれば、その瞬間からずっといっしょにいられたもんね」

「そういう意味ではありません」


 しゃべるのを中止していた玄内が口を開く。


「じゃれ合うのはあとにしろ。まあ、チナミがうまく《潜伏沈下ハイドアンドシンク》を使えているのはいいことだ。で、クコとナズナの話になる。おまえらは、戦闘において決定打に欠ける、あるいは攻撃手段がない、と言える二人だ。クコはサツキに《せいおうれん》を学んでいるが、《サツキのりょくあっしゅくろん》を物にしただけでは戦術の幅が狭いままだ。サツキみたいな目もないし、小技が欲しいところだった。そして、ナズナは戦闘開始時の強化サポートのみでいざ戦闘が始まればやることがない。ナズナのする仕事はそれだけで充分過ぎるほどだが、せっかく手が空くならなんかやってもらいたいと思ってた」


 言葉を切り、クコとナズナを見据え、


「そこで、おれが考えたのがこの魔法だ」


 玄内は魔法の鍵を手の中に出現させる。


「《魔法管理者マジックキーパー》」


 鍵を手に、二人に命じた。


「後ろを向け」


 二人が「はい」と返事をして背を向けると、順番に首の後ろに鍵を差し込んだ。それをひねる。


「クコの魔法は《パワーグリップ》、ナズナの魔法は《超音波破砕ドルフィンペレット》だ」


 魔法名のみを先に告げ、詳しく解説する。


「《パワーグリップ》は、グリップ力によってパワーをうまく伝達させ、握る力や物質間の摩擦を強める。摩擦が強いってことは、地面を踏み込む力もより大きく伝えられるってことになる。基礎的な効果で言や、滑り止めみたいなもんだな。さらに、《スーパーグリップ》。触れさせた物を固定させる。つばぜり合いの形で固定するのに使ったりするといいだろう。他にも使い道はいくらでもある。《グリップボード》は壁なんかに相手を固定する魔法だ。細い木や円柱に固定したら触れる断面は少なく、触れてない部分は動かせるから相手にも反撃の隙を与えるが、壁みたいに接触断面が大きい面に固定すれば相手はほとんど動けない。ここまでは、サツキが浦浜で倒した騎士が自前で持っていた効果になる」

「サツキ様、そんな敵と戦ってたのですか?」


 クコは驚くが、サツキは平然と「うむ」とうなずくのみである。

 玄内は言った。


「で。そこに、《じゃグリップ》を追加した。やつが《だまグリップ》と呼んでいた魔法だが、これをサツキと改良したものだ」

「サツキ様、いつのまにそんなことまで……」

「目に関する魔法だから、気になって先生と相談したんだ」

「そういうことだ。元々、《目玉グリップ》は相手と目を合わせることで、目から発射された魔力によって相手の目を留めて固定し、目線を動けなくするものだった。目線同士を合わせていないといけない。そこに魔力による摩擦の固定があったからだ。だが、《蛇ノ目グリップ》はクコが相手を見るだけでいい。それも、固定する対象は目線だけに留まらない。ただし、効果範囲は極めて狭い。発動距離は五メートル以内だ。そして、人ひとりの身体をすべて固定できるわけじゃない。戦闘中、手もとだけ固定できる程度だな」

「すごいです! それだけできれば、どれだけ戦術の幅が広がることかわかりません!」

「これから使い慣れていけ」

「はい! ありがとうございます!」


 首の後ろに鍵を差し込まれひねられた時点で、魔法は譲渡されている。つまり、魔法の情報もクコには伝わっていた。

 それはナズナも同じである。だが、玄内はナズナに向き直りしっかりと説明してやる。


「次はナズナだ。与えた魔法を《超音波破砕ドルフィンペレット》と言ったが、もう一つある。《超音波探知ドルフィンスキャン》だ。いずれも超音波による魔法になる」

「はい」

「《超音波探知ドルフィンスキャン》が超音波によって周囲の様子を探る魔法。《超音波破砕ドルフィンペレット》が超音波による空気の振動で攻撃する魔法だ。振動による攻撃というと想像しにくいかもしれないが、ガラスを割ったり、鼓膜を破ったりすることができると思えばいい。この魔法の特徴的なところは、ナズナ自身が超音波攻撃の対象を決められる点だ。近くにヒナみたいな耳のいいやつがいても、気にせず魔法を使える。改良前は、無差別に周りに超音波を浴びせていたからな」


 ヒナが目をぱちっとさせて聞いた。


「先生。もしかして、その魔法を持っていた人って、浦浜にいましたか? あたし、あの日ひどい音を聞いたから」

「まあな。おまえなら、あの街のどこにいても聞こえてたろうな」


 玄内はそれだけ答えると、続きを説明する。


「それでだ。この超音波の振動ってのは意外に強力でな、刃物に振動を与えればそれを破壊することもできる。むろん、名刀は無理だが、なまくらならナズナでも破壊できるだろう。そればかりじゃなく、特定の相手をひるませることもできる。つまり、一瞬だけ身体が麻痺するようなもんだな。おそらくその使い方がメインになるだろう。それだけでかなりのサポートになる」

「ありがとうございます……!」

「ナズナさんの魔法も強そうですね!」


 クコが微笑みかけると、ナズナはうれしそうにうなずいた。


「うん。サツキさんと先生に、相談して……イルカみたいに……超音波できないかなって」

「そうでしたか! やりましたね」

「うん」


 ナズナの魔法の説明が終わると、ヒナがニヤニヤしだした。


「先生先生。次はあたしの番ですよね?」

「ああ。おまえにはこれをやる」


 玄内は甲羅の中から刀を取り出した。

 魔法《甲羅格納庫シェルストレージ》によって、玄内は大きな物でも甲羅の中に収納できる。手足を引っ込めるその穴より大きな形状の物を収納することができないのはサツキの《どうぼうざくら》の《ぼう》と同じだが、経年劣化しないのが玄内の《甲羅格納庫シェルストレージ》の特徴でもある。グルメな玄内ならではの効果で、実はこれによって食べ物を保管している。できたてをいつでも食べられるため、邪魔が入らないときは独りでこっそりグルメな時間を楽しんでいる。

 ヒナは刀を受け取ろうと手を伸ばす。


「ありがとうございまーす!」

「こいつはさかとうげんげつ』」


 受け取って、ヒナは小首をかしげた。


「え? 刀はいいとして、逆刃刀ってなんですか?」

「逆刃刀ってのは、刃が背中側についた刀のことだ。刀は西洋剣より軽く、切れ味が鋭い。おまえが持つ武器にはいい。だが、あいにく今は逆刃刀こいつしかない。逆刃刀こいつを使いこなせ」


 すらりと刀身を引き抜き、不満顔になる。


「なんか使いにくそう」

「文句言うな」

「はいっ」


 これには玄内なりに考えがあってのことだった。


 ――ヒナは、よく気がつき過ぎる。だから逆刃刀がいい。気遣い過ぎる傾向があるこいつには、相手を傷つける可能性のある刀はいざという時でさえ振るのをためらわせる。だが、逆刃刀なら躊躇なく振れる。あとは、それと同時に使える魔法を開発することだな。


 ヒナには有無を言わせず刀を渡したが、玄内が説明を付け足す。


「その逆刃刀『げんげつ』だが、実は作者がサツキの『さくらまるかめよし』と同じなんだ」

「え? そうなんですか? じゃあサツキとおそろいってことね!」


 と、ヒナがにこっとサツキを見る。

 サツキはあごに手をやってまじまじと『げんげつ』を観察する。


「確かに似てる。ソウゴさん、逆刃刀も打ってたのか」


 星降ノ村に住むよしとみそうは、サツキの桜丸を最後の一振りとは言ったが、他には打った刀がないとは言っていなかった。


「お? ヒナ、ご機嫌だな」


 バンジョーに言われて、ヒナは顔を赤らめて抗議する。


「ち、違うわよ! やっと武器を手に入れたからってだけなんだからね」


 このあと、一同は修業に入った。

 玄内の指導のもと、新たな修業プランに変更され、より実践的な力を養ってゆく。

 サツキとクコはまだ自身の成長をあまり感じられていなかったが、それを試す機会は意外にも早く訪れる。

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