15 『間-目-魔 ~ Never Knew That ~』

 五月十五日。

 海上、『アークトゥルス号』は順風満帆にガンダス共和国へと一直線に進む。

 ヒナは自分の部屋を出ようとドアの前まで歩いていく。


「ちょ、ちょっと、ちょっとだけ、サツキのとこ行こ。別に、深い理由とかなく……時間が余っただけだし」


 だれもいないのに言い訳して、自室のドアの前でもたもたしているヒナ。

 まだ廊下には出ずにぶつぶつ続ける。


「なんて言おうかな。やっぱり、普通にしゃべりかけるのがいいわよね。おはよう、サツキ。…………。…………。て、用があるわけじゃないし、言うことないじゃないっ」


 気を取り直して、別の切り口から攻めてみる。


「サツキ、悩みはない? 星について、なんでも教えてあげるわよ?」


 言って、顔が赤くなってくる。


「やめよ……。もっと、こう……自然な感じがいいわよね。たとえば……」


 そのとき、天井からぬっとチナミの頭が現れる。


「《潜伏沈下ハイドアンドシンク》」


 チナミの魔法《潜伏沈下ハイドアンドシンク》は、地面に溶け込み潜ることができる。それを利用して自室の床に潜ると、空間をすっ飛ばして真下の階にいるヒナの部屋に抜け出るのである。


「ヒナさん。あの、いっしょに剣の修業でも……」


 そこまで言いかけて、ヒナを目撃したチナミは口を開けたまま黙る。


「さ、サツキ! あたしとおしゃべり、してみる?」

「……」


 ヒナの頭についている《うさぎみみ》がピクッと跳ねて、パッと上を見る。


「あっ……! チナミちゃん……これは……!」

「お邪魔しました。また来ます」

「待ってぇ!」


 しかし、チナミはすぅっと天井に溶けるように消えてしまった。

 顔を両手で押さえてヒナはもだえるように声を上げる。


「は、恥ずかしぃ」




 その頃。


「サツキ様」


 クコに呼ばれ、サツキは顔を向けた。


「なんだ?」


 場所はクコの部屋である。

 二人はクコのベッドに並んで座っていた。


「ミナトさんには、わたしたちがアルブレア王国を目指す理由、お教えしますか?」


 つまり、旅の剣士・いざなみなとを旅の仲間に誘わないか、という話である。


「俺は、教えてもいいと思う。一ヶ月いっしょにいて話を聞いた限りじゃ、ミナトの旅には本当にアテがない。同行すると言ってくれるかもしれない」

「そうなったら、サツキ様の瞳の魔法についても打ち明けてよいかもしれませんね」


 ああ、とサツキは答えた。

 一方でクコのテレパシー能力《精神感応ハンド・コネクト》については、手をつないだらテレパシーで会話できる、という第一段階しかだれにも教えていなかった。それも士衛組メンバーのみで、ミナトはまだ知らない。

 最近ヒナに《精神感応ハンド・コネクト》の魔法を打ち明けたときも、


「どおりですぐサツキの手を握ってきてたわけね」


 と呆れたように言われた。

 頭に手を触れると、自身の記憶を見せられる能力、《記憶伝達パーム・メモリーズ》。

 額同士を合わせると、感覚を共有できる能力、《感覚共有シェア・フィーリング》。

 この二つは、クコの妹リラだけは例外的に知っていた。修業の相談をする中で、玄内には既に教えている。フウサイも監視のさなか見知ったかもしれないが、知られていても問題はない。

 隠すつもりがあるわけでもないし、仲間を信頼してないわけじゃない。しかし、サツキもクコも、生来的に秘密主義な面がある。しゃべらなくて困らないことなら、あえて人には言わない。この世界には魔法があり、特殊な魔法によっていつその記憶ごと盗み見られるかもわからない。そんな危機管理意識が無意識に働いている可能性もある。ただ、いろいろと知っているお互いがいれば、息苦しさもないし、必要に応じてでもいいと思っていた。

 そのためサツキは、ミナトが『ぼうおさろうを斬った、ということを胸の内に秘めている。まだだれにも話していない。


 ――俺は、ミナトには仲間になってほしいと思ってる。ミナトは剣にまっすぐ向き合っていて、人の目がなくなった朝や夜にひとり甲板で地道な基礎を延々やってるのも知ってる。ずっと遠くを見ながら頑張ってる。果てしなく遠い目標に向かって、ひたむきに頑張るのは簡単じゃない。どうしてそんなに頑張ってるんだろうって、いつもミナトのことを目で追ってしまうんだよな。でも、俺はそんなミナトだから特別ななにかを感じるし、仲間として共に旅ができたらいいなと思うんだ。


 ミナトについて考えていると、クコが口を開いた。


「しかし……」

「ん?」

「もう一ヶ月になるんですね。船に乗ってから」

「そうだな」

「サツキ様と出会って晴和王国を旅した半月はめまぐるしくあっという間でしたが、この一ヶ月も早く感じられます」

「自分を高めることに忙しいことに変わりないからな」


 クコは時計を見る。


「先生の《げんくうかん》での修業まで、あと三十分ほどありますね」

「うむ。この時間も、修業しておくか。そのために来たんだろう?」

「はい! サツキ様の《せいおうれん》の感覚をわたしも体感して身体に焼き付けて、もっと強い技を出したいです」

「魔力コントロール全般ではクコにまだまだ追いつけないけど、これだけは俺も得意だからな」


 魔力の圧縮技、《せいおうれん》。

 玄内が《サツキのりょくあっしゅくろん》と名づけたもので、圧縮した魔力の解放による高火力技を、クコも鳶隠ノ里ではすでに使えていた。だが、クコのほうが魔力量が大きいもののサツキより高威力にならない。

 サツキが自分で考えただけあり、これだけはサツキのほうがうまかった。


「サツキ様は魔力コントロールがめきめき上達していますし、わたしも負けていられません!」


 クコは意気込むと、隣に座るサツキに覆いかぶさるようにして足を開いて跨ぎ、サツキの肩に手をやった。


「今、いいですか?」

「……か、構わ……」


 急なことにドギマギするサツキにも気づかず、クコがやる気満々にサツキの額に自分の額を合わせようと顔を近づけたそのとき、

「ねえ、クコ! あんたサツキ見なかった?」


 突然、ヒナがクコの部屋を開けた。


「ひゃっ!」


 そのときの二人の様子を目撃してしまったヒナは、大急ぎでぴょんと跳ねては駆け寄って、二人の間に割って入り、クコをサツキから引っぺがすようにした。


「ちょっとあんた! ななな、なにやってんよ!」

「えっと、あの、すみません。隠すつもりはなかったのですが、内密に、ちょっとだけ……」


 クコは、自分の魔法についてヒナには話していないので口を濁した。その結果、内密に、という表現になってしまったのである。


「ちょっとだけ?」


 顔を赤くしながらジト目で聞くヒナに、クコは困ったように釈明する。


「思い立ったら、いてもたってもいられなくて、つい……」

「つつ、ついって! あんたねえ!」


 えへへ、とクコは照れたように笑った。


「笑うなー! で。ま、ま、まだ、未遂なのよね?」


 ヒナはサツキとクコを見比べる。


 ――明らかにクコから迫ってたけど、まだ、その……き、き、キスは、してなかったわよね。これまでも、一度もなかったのよね?


「ど、どうなのよ?」


 ずいっとヒナがクコに詰め寄ると、


「はい。あとでにします」

「あとでもダメー!」


 そのあと、サツキはヒナがおかしな勘違いをしていると気づき、クコの魔法については言わずになんとかごまかした。微妙に疑問も残るだろうが、感覚の共有や記憶のことなど、仲間でさえ知らないほうがいいこともある。


 ――もし記憶を探れる使い手がいれば、クコの命が危なくなる。それくらいに貴重な魔法だからな。


 ついでに、クコにもヒナの間違った認識については言わずに、あとで魔力圧縮の修業をしようということで落ち着いた。


 ――しかし。クコが危険なことに変わりはない。でも、ミナトになら俺たちの旅の目的を話していいだろう。あと、俺の魔法のことも、俺がこの世界の人間じゃないことも。


 ヒナは仁王立ちで言った。


「とにかく、先生に修業つけてもらいに行くわよ! 今日は先生、なんか話があるとか言ってたしね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る