53 『ブラザーズファントム』

 試合が終わり、通路を歩きながら、サツキは既視感の正体がなんなのかを考えていた。


 ――覚えがある……あの剣筋。あの滑らかで流麗な剣……。あれは……そう、うらはまだ。


 サツキが浦浜で戦った相手。

 彼とまったく同じ手順で戦ったのだ。

 気づくと、サツキは走り出していた。


 ――この既視感の解答は得られた。あとは、確かめるだけ。ミナトのところに戻る前に、確かめておきたい!


 走ってコロッセオの反対側へと回るが、だれもいない。

 対戦相手はサツキとは反対側の通路から出てくるはずだから、ゆっくりしていればまだこのあたりにいると思っていた。しかしいない。

 ちょうど近くにいたスタッフに聞く。


「すみません。さっき出場していた仮面の騎士選手を見ませんでしたか?」

「控え室にはいませんでしたから、観客席にいなかったら帰ったのではないでしょうか」

「ありがとうございます」


 出場者が観戦できるのが、一階の観客席。そこに顔を出して見回すが、探していた顔は見当たらない。

 さっきも見かけた少女がサツキの顔を見ている。


 ――ここにもいない。


 急いでコロッセオの外へと出る。

 コロッセオの歓声が聞こえる。

 通りを過ぎゆく人々の喧噪に、アコーディオンの音色が混じり、立ち尽くしていると、世界から置いていかれたような錯覚に陥る。


「いない……」


 幻でも見せられた気分である。

 時間からすれば、もうコロッセオを出てどこか行ってしまった頃だろうか。コロッセオから帰られてしまうと、ここから見える範囲で出会うのは難しそうだった。


「あの人は、おそらく……」




 コロッセオから少し離れた通りに、青年はいた。

 仮面を取り、息をつく。


「ふう。仮面をつけながらだと戦いにくいものだね」

「カイト様も物好きですわよね、わざわざヴェリアーノで買った仮面までつけてあんな大会に出場するなんて」


 カイトと呼ばれた青年は苦笑を返す。


「見てみたかったんです。えいぐみ局長、しろさつきさんを」

「で、どうでしたの? お姉さんが相談に乗りますわよ」

「エヴリーヌさん、やはり彼は悪い人には思えません。ケイトの報告通り、真面目で優しい人のようだ。ミナトさんともお話ししたかった」


 小柄で一見少女にも見える人形のような金髪のお姉さんエヴリーヌは、おかしそうに微笑んだ。


「ケイト様がまだ生きている気がするとか、身内を斬った相手が悪い人には思えないとか、本当にお人好しですこと。甘い夢にならないよう、気をつけてくださいな。それと、アルト様やキイト様には言わないほうがいいですわよ?」

「そうですね。父はなにを考えているかわからないけど、キイトは感情的になりすぎてる。弟の言葉をちゃんと聞かないで、ブロッキニオ大臣の言葉を真に受けて……」

「ワタクシ、キイト様は好きではありませんわ。ワタクシより三つも年下なのに、まるで子供扱い。カイト様は一つしか違わなくてもワタクシをお姉さん扱いしてくださるから好きですけど」


 ウインクするエヴリーヌに、カイトは困ったように笑った。


「エヴリーヌさんは頼りになりますから」


 カイト二十三歳、対してエヴリーヌは二十四歳。


れんどうに仕える騎士として、ワタクシは斬られたケイト様のためにもできることはなんでもするつもりです。そして、カイト様のためならば、暗い影も背負って差し上げますわ。ただ、時を経るごとに一つずつわからなくなってゆく感覚が気がかりですわね」

「ええ。ケイトのことで最初に受けた悲しみが、どうしてかすぐに溶けて、消えていった。それが不思議だったんですよ」

「まあ、今回その答えは出なかったようですが、ぼんやりと影はつかめたようですわね」

「そんな感じでしょうか」

「少なくとも、カイト様にとってはそうでしたのでしょう?」

「はい」

「ならばそれでよいではありませんか。この下見も終わったことですし、まずはシャルーヌ王国へ行きません? 久しぶりにワタクシの故郷のリパルテでお買い物がしたいんですの」

「構いませんよ」


 よしっ、とエヴリーヌはうれしそうに子供のような笑顔を浮かべる。

 カイトは切れ長の瞳をコロッセオの方角へと向けた。


「いつかまた会いましょう、サツキさん、ミナトさん。その日までさようなら」

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