93 『シークレットマナー』
ヒサシの申し出は、士衛組にはメリットしかない。
少なくとも表面的にはそうだった。
――悪いどころか、むしろ有難いわ。『青き新星』
およそすべての点において、ヒナ個人やサツキ個人が損することはない、と感じられた。
せいぜい『万能の天才』たる玄内がその神にも等しい万能の一端を、のちに鷹不二氏のために行使するばかりであろう。
だから安心してしまった。
さっきまでのヒサシへの警戒が薄れた。
魔法《
――嘘はついてない、わよね。だって、《
あらゆる状況判断からも、素直に喜ぶべきだと思った。人の好意を素直に受け取ることはあるべき姿なのである。
ヒナはちょっと強気に微笑み、
「助かるわ。ま、その売られた恩、買ってあげるわよ。……それで、これからどうするの?」
と聞いた。
少しの間はあった。
これからどうするの、と聞く直前の間がそれである。
その売られた恩を買うと言ったとき、ヒナは胸がざわっとしたのである。
――なんで、こいつの心音がわずかに跳ねたの……? これは、なんていうか、喜んでいるっていうか、嘘をついているっていうか、安心もしたっていうか、そういう、変な模様。感情で言えば、ほくそ笑むような。
だからヒナはヒサシを見られなかった。
なにを企んでいるのかわからない彼を、見るのが怖い。
見返すには、リスクがあるようにも思われる。ヒナがなにかに気づいたと、気づかれる恐れがある。
前を見たまま、なんの気なしに歩くフリをした。
ヒサシは飄々と返す。楽しげに、なにも表情は変えずに。
「そうだねえ、まずはこのことをお嬢に報告しないと。手紙で送れるんだよ。魔法でさ、それが一瞬で届くわけ。便利だよねえ。魔法名も教えちゃうと、この封筒が《
でさ、とヒサシはしゃべり続ける。
――くせ者……っ。
ヒナはヒサシの心理を分析できずにいる。
――こいつ、嘘をついても心音が変わらないのかも。そんな人ほとんど出会ったことなかった。先生すらそのコントロールはできない人だった。けど、それはあたしが表情と会話の内容から推察できたからそう判断してきただけ。でも、こいつはあたしの前でたったの一度も、心音を乱したことがない。
初めて会ったときも。
ヨセファと戦ったときも。
そして今も。
――嘘を嘘とも思わないような、あるいは嘘を織り交ぜるのが正しい作法と知っているような、まるで一切の揺らぎが感情に起こらない決まりになっているみたい。
感情はどこかで表に出ているとわかって、完璧に包んでいる。
そんな雅な、それでいてクレバーな佇まい。
思わず心音になって紛れたその感情を、ヒナは危険視した。
――ざわっとしたあたしの感覚を信じるなら、こいつはやっぱり要警戒。離れず、行動を監視したほうがいいわね。
ヒナの直感は当たっていた。
五感を頼りに導き出したことだけに、要諦は押さえていた。
しかしヒサシの考えなどまったく読めない。
マノーラ騎士団相手に名乗りもせず手柄を誇示しない様や、良心の塊のように協力を申し出る様から、なにを知り得るだろうか。
ヒナはこの奇怪な道連れとつかず離れずの行動をしてゆくのだった。
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