94 『サーチエネミー』

 かわなみは前方に敵を見つけた。


「います。アルブレア王国騎士が」


 士衛組の敵、アルブレア王国騎士。

 読んで字の如くアルブレア王国が所有する騎士団所属の騎士である。

 ずっとアルブレア王国騎士には追われ続け旅をしてきたが、今の彼らはサヴェッリ・ファミリーと手を結ぶ襲撃者だった。

 先にいる敵の数は二人。

 たったの二人とはいえ、油断はならない。

 こちらも二人だが、数の戦いになる相手じゃない。

 チナミは洞察する。

 両者、なかなかどうして変わった魔法を使うらしく、扱う戦術がわかる前からすでに、絡め手が得意なことが読めた。


 ――どうもおかしい。


 見てくれで判断すべきでないのは何事もそうだが、目に見えるところからしか探れない情報もまた多い。

 それによると。


 ――二人して、武器がない。


 あるのは短剣程度。

 なぜ。

 疑問は残るが詮議する余裕はなかった。

 隣にいる紳士も敵の訝しさには気づいていても、チナミと相談するつもりもなさそうだった。


「なるほど。ボクたち二人ならばなんの問題もなさそうだね。麗しき技を見せておくれ。チナミくん」


 紳士は、『ジェントルフェンサー』庭冷瑠葡流之バヴィエール・ブリュノ

 騎士服をまとっているが、アルブレア王国騎士のそれとはまったくの別物で、純白の衣装は貴公子然として麗しい。

 細い剣・レイピアを腰の鞘からさらりと抜き、敵がこちらを察知する前に、戦闘準備を整えた。

 現在。

 各所撃破の局地戦闘をそれぞれが繰り広げるマノーラの街で。

 若きレイピア使いと索敵しながら行動していたチナミは、ようやく、ついに厄介そうな敵に出会えたことをうれしくも思った。


 ――見た目は弱そう。でも、きっと強い。そんな感じ。だから、あの二人を倒せばみんなの危険が少し減る。


 そんな仲間想いな理由からの戦闘意欲とは裏腹に、この表情変化の小さい少女は大抵のことは理詰めで考える癖がある。


 ――さて。まずは消えさせてもらう。ブリュノさんに任せて、私は奇襲する。


 チナミはブリュノにうなずき、


「行きます」


 と告げて消えた。

 消えるのは地面の中。

 大地に飲まれるように沈む。


 ――《潜伏沈下ハイドアンドシンク》。地面に潜って移動。機をみる。


 魔法《潜伏沈下ハイドアンドシンク》には地面に潜って移動できる力があり、その際、呼吸はできない。生命活動の維持に必要な呼吸ができないため、酸素を取り込めず、能力を行使する間は無呼吸になる。

 ゆえにチナミは息をすぅっと吸い込み地中に沈んだのだが、息を止めていられる間に移動できる距離には当然ながら制限がある。

 ブリュノがアルブレア王国騎士に声をかける。


「やあ。ボクは通りすがりの『ジェントルフェンサー』。コロッセオの魔法戦士だよ。友人である士衛組の味方をしている者だ」

「なんだって?」


 と、騎士の一人が落ち着いた声でブリュノに視線を向けた。

 青年だった。

 年の頃はせいぜいまだ二十代の半ばといったところで、身長は一七一センチほどとルーン地方の人間としては気持ち小さめである。

 もう一人の騎士は青年よりは年上に見える大人なお姉さんで、二十代の後半と思われる。背は青年と同じくらい。髪は少し短めで手帳のような小さなノート状のものを左手に持っていた。


「へえ。じゃあ、さっきのあれが。へえ」

「どういうことだい? オリエッタ」

「へえ。そこから。うん、『小さな仕事人』が相手ってこと」


 オリエッタと呼ばれた女騎士は、後ろも見ずに短剣を抜き、チナミの剣撃に合わせた。


「……」

「ご機嫌よう、士衛組の『小さな仕事人』海老川智波。あたしに奇襲が通じると思われていたのは心外だわ。あんた、表情が全然変わらないけど、ここまでは織り込み済みだった?」

「はい」


 チナミは無表情に答えた。

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