92 『アバンダンメントクレジット』

 ヒサシは視線を切る。

 通りの向こうからマノーラ騎士団が歩いて来ていた。


「ねえ、キミたち。このマフィア。危ないから縛っといて。逃げても問題ない代物だけどさ」

「あ、はい」


 マノーラ騎士団の青年は、自分たちより一回り以上年長の四十がらみの見慣れぬ格好の晴和人に、自然と返事をしてしまう。ヒサシの言葉は、本人が意識するところではないが、人を動かす力があるらしい。


「ん? こいつ、シスター・ヨセファか! 普段はシスターを語って、実はサヴェッリ・ファミリーの一員だったってリディオくんが言っていたよな?」

「確かに」


 マノーラ騎士団の三人が話し合って、ヨセファを捕らえようとする。

 迷える子羊になっているヨセファだったが、マノーラ騎士団が近づくや我に返り、逃げようとした。


「動くな!」


 剣を振られ、ヨセファはよけると同時に尻もちをつく。

 簡単に捕縛されてしまった。


「あなたは……」

「ボクは鷹不二の人間で……って、せいおうこくの小さな国のことなんてわからないか」


 晴和王国の王都の隣にありながら、その面積は小さく、国主のオウシも立ち上がったばかりの新星なのである。

 もっぱら晴和王国の有名人は『魔王』スサノオだった。

 自己紹介する代わりに、かえって手柄を放棄するが如くヒナの紹介を始めた。


「それで、ここにいるのがボクの友だちで――」

「友だち!?」


 と、ヒナがぎょっとした。


「士衛組のうきはしくん。自称『科学の申し子』なんだけど、明日か近いうちには本当にそうなるんじゃないかな」

「ああ、士衛組の。お二人がヨセファを倒してくださったんですね。ありがとうございます」

「いやいや、いいんだよ。とりあえず、ボクたちもやらないといけないことがあるからあとはよろしくね」

「はい! お気をつけて」


 マノーラ騎士団に見送られ、ヒサシは歩き出す。

 ヒナは「えっ?」とヒサシの背中を見て、ここからの自分の行動方針を考える。


「あたし、まだあいつと行動しないといけないの? でも、一人でいてもやれることには限度があるし、あいつなにか企んでるような気がするし……」


 迷っている間にも、ヒサシはスタスタと進んでゆく。

 慌てて、ヒナはヒサシのあとを追った。


「わかったわよ、いっしょに行くわよ。それで、やらないといけないことってなんなのよー?」

「『万能の天才』に恩を売りつけられるなら、ここから晴和王国のあれこれをトウリくんに預けて士衛組のアルブレア王国奪還に全力を尽くしても、それがたとえ一年くらいかかっても、お釣りが来る。鷹不二の晴和王国統一のためには、やっぱり士衛組とは仲良くしないとねえ」


 優れた聴覚を有する《うさぎみみ》で、ヒナはヒサシがそううそぶくのが聞こえた。

 隣に来て、ヒナは言った。


「士衛組に協力して士衛組に恩を売りたいわけね。そうだと思ってはいたけど」

「あら。聞こえてたんだ」

「で、目的は先生か。でも、士衛組はアルブレア王国奪還後にもあるとは限らないわよ?」

「それでも『万能の天才』に貸しをつくれたら御の字でしょ。ただ、うちの大将は士衛組を高く評価しててさ。組織単位で貸しをつくっておきたいんじゃないかなあ?」

「へえ。おたくの大将、『青き新星』の腹は打ち明けられてないのね。つまり、あんたはあんたで考えて動いていると」

「細かい指示出す人じゃないからねえ。でもあの人の言うことはよく当たるから、ヒナくんもそう思っておくといいよ」


 ヒナはそれには答えなかった。

 思考をまとめるためである。

 そしてその始めに。

 悪くない、と思った。


 ――それなら、悪い話じゃないわよね……?

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