29 『レイピアリズム』

『司会者』クロノが、試合開始の合図を出した。

 ブリュノは発声練習をやめる。


「ふふ。戦う前に歌うのは大変だろうってことかい? 気遣いはいらないのに、キミは優しいんだね。ボクの美声は人に聞かせて価値がある。そうだろう? だが、美声を聞かせるのは戦いのあとでもいい。そうしようじゃないか」

「……」


 会話に付き合わずとも、ブリュノは勝手にしゃべり続けて、会話を打ち切るところまでいってくれた。

 サツキは、戦闘開始に合わせ、まず相手の観察をしようと瞳を緋色に変えた。

 この魔法、《いろがん》は魔力を可視化したり、他者の重心や筋肉の収縮が見えたり、動体視力が上がったり、様々な効果がある。

 戦闘態勢に入ったサツキに対して、ブリュノは長かったしゃべりを終えるや綺麗な姿勢で立った。


「ラッサンブレ・サリュー」


 ピシッと気をつけをして、一礼した。


「あ、こちらこそ」


 ブリュノがなんと言ったのかはわからないが、礼儀を重んじているらしいことはわかる。サツキも慌てて気をつけ、礼をした。


「アンガルド!」


 そう言うと、ブリュノはレイピアを抜いて構えた。

 だが、攻撃はしてこない。サツキを持っている。

 サツキもそれに倣って刀を抜いた。


「はい」


「すごいぞ、サツキ選手! 初見で対応した! 『ラッサンブレ・サリュー』は気をつけ、礼の意味があり、『アンガルド』は構えの意味があります。さすが、礼儀を重んじるせいおうこくの侍だ! 言葉は通じていなかったようだが、心が共鳴して、身体が反応し、武士道を見せてくれた! 両者に拍手を!」


 クロノの声かけにより、会場からは拍手が起こった。

 温かい歓声も、天高く響いている。


「すああああ!」


 急に、ブリュノが駆け出した。

 レイピアで突き刺す攻撃に出たのだとわかる。

 瞳が緋色になったサツキには、このブリュノのレイピアに備えるくらいなんてことはない。


 ――ここはいきなり攻撃してくるんだな。確かに準備ができた合図はしたわけだし、こちらも構えたからゴーサインは出ている。ただ……なんか、自由っていうか、ペースがつかみにくいな。


 だが、ここからはブリュノのマイルールに翻弄されることもないだろう。バトルは始まったのだ。

 ブリュノのレイピアがサツキに向かって伸びてくる。

 右の肩を狙っている。

 サツキはレイピアのつばに刀を合わせて受けた。

 あえて自分からも距離を詰め、つばぜり合いに持ち込む。


「麗しい剣だね、サツキくん。たった一度目のぶつかり合いで、ボクとキミが白熱する姿に、会場の声援が溢れてやまない。ボクたちは奇跡を生んでしまったようだ」


 ブリュノには黄色い声援ばかりで、サツキには男女どちらからの声援も半々くらいだ。声援の量はブリュノのほうが五割増しくらいに多いが、極端にサツキの声援だけがないわけじゃないので、アウェイ感もあまりなくてよかった。


「この時間が続けば、たくさんの人がそれだけ長く幸せを感じられる。少しでも多くの技を見せ合おうじゃないか」


 パッとサツキから距離を取ると、ブリュノは次々に攻撃してきた。鮮やかなレイピア捌きでサツキを翻弄する。

 サツキもただやられるばかりじゃなく、的確に切り返していった。


 ――レイピアとの戦いは慣れていないから、攻撃に転じることができない。この人、うまいな。魅せ方もそうだし、レイピアを扱う技術も高い。さすが四十勝以上重ねてきた魔法戦士だ。


 四十一勝二十八敗というから、勝率は六割ほど。数多くの試合をこなして、たくさんのファンの心をつかみながら、四十勝以上重ねてきたのだ。実力は間違いない。

 さらに、魅せ方がうまいから、ブリュノを応援する人も技が繰り出されるたびに歓声を送るため、対戦相手はやりにくくなる。


 ――それにしても、この人の魔法はなんだ? 魔法を使わずに四十勝以上は難しい。こう言ってはなんだが、もっと剣術が優れていないと無理だと思う。ミナトっていう純度の高い天才剣士をいつもそばで見ているからそう思うのかもしれないけど、このレイピアだけでは勝ち続けることは厳しいだろう。必ず魔法はあるとみていい。が、『ジェントルフェンサー』の異名からだけでは魔法の予測はできない。引き出して考察するのも、隙を見せないといけないしリスクもある。となると、戦術は一つ。


 方針は決まった。


 ――パワーはそれほどじゃないから、一撃に集中だ。


 何度もレイピアを払って、サツキは力を溜めてゆく。

 その間、


 ――いつ来る……?


 と、ブリュノが魔法を使わないかと観察を続けていた。けれども、なかなか魔法は使われない。


 ――なんらかの条件がそろう必要があるのか、それとも、俺が仕掛けるのも待っているのか。なにを考えているんだ。


 楽しそうにレイピアを振りステージを舞うように戦うブリュノ。彼がなにを考えているのか読めず、じりじりする。しかし、サツキはぐっと忍耐した。


 ――魔力を練って、練って、練っていく……。《せいおうれん》も、もう少しで溜めが終わる。


 サツキの魔法《せいおうれん》は、身体に流れる魔力を集める一般的な魔力コントロールに加え、その集めた魔力を圧縮しながら密度を高めてゆく技だ。圧縮することで驚くほどの魔力を集めることができ、これを解放すれば大きなパワーになる。

 特に、刀を振るう右手に魔力を集めていった。


「楽しいね、サツキくん。みんなを楽しませるのがボクの騎士道だけど、自分自身も楽しむ、それもボクの騎士道なんだ」

「素晴らしいことですね」

「メルシー、サツキくん」

「いえ」

「じゃあ、そろそろ仕掛けさせてもらおうかな」


 その合図に、サツキは内心では苦い表情になった。


 ――今なのか。もう少しで、俺も仕掛けられるところだったのに。先制するには溜めが足りない。備えないと。なにが来るんだ。


 ブリュノがウインクした。

 すると、ブリュノが踊るような足捌きでステップを踏み、二人の距離を縮め、サツキの右肩を突き刺した。


 ――速いっ。


 最初に防いだときより、倍も速い。レイピアの速度がさっきまでとは違う。けれど、魔法のせいで加速したわけでもなさそうだった。


 ――速い上に、魔力があった……! どんな魔法なんだ。


 速さに驚いたが、さっきまでの攻撃にはなかった魔力をレイピアはまとっていた。それら複合した情報に対応しようと考えて、動くのが遅れた。さっきまでとの緩急もある。それらのおかげでかわしきれなかった。

 実戦経験のなさが判断速度に響いたともいえる。いつも修業している仲間とは違うリズムに翻弄されてしまっている。


「っ」


 痛みに声が漏れる。


 ――やられた。本来ならかわせた突きなのに。


 不意な一撃に、カウンターが繰り出せない。態勢を立て直して挑もうかと思ったが、コンマ数秒遅れても、サツキはここで魔力を解放することにした。


 ――今からでも遅くない。決める! この一撃にすべての力を……。


 身体が、ピクと止まる。

 危険を察知して、サツキは慌てて下がった。


 ――なんだ、これは。魔力が、流れない……。


 右腕に溜めていた魔力がなくなった感覚と、魔力が右腕には流れなくなった感覚、その二つがサツキを緊急回避させた。

 ブリュノは両腕を開いて歓声を浴びる。

 今サツキが仕掛けてこないことがわかっていて、かつ、今自分が『司会者』クロノや観客たちから讃えられることがわかっているかのようだった。

 歓声がブリュノに降り注ぐ中、クロノの実況も入った。


「華麗な一撃が決まったー! ブリュノ選手の魔法がサツキ選手の右肩を貫いた! 技名も公平を期すために今は伏せさせていただきます。サツキ選手は魔法の正体を見抜くことができるのでしょうか。サツキ選手、まだまだ闘志は失っていない顔だぞ! 頑張れ、サツキ選手! もっと会場を沸かせてくれ! さすがだぞ、ブリュノ選手! ここからの後半戦も期待してるぞー!」

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