28 『ジェントルフェンサー』
そんな話をした。
説明を受けて、ミナトは「へえ」と小さく笑った。
「うん。僕としては斬ってるだけだから、たまたま亜空間ができちゃったってのが正しいのかもねえ」
サツキもつい苦笑してしまう。
「たまたまでできるほど、亜空間は簡単に存在するものじゃないんだぞ。想像上の空間なんだからさ」
「それは科学の話だろう? 魔法ならなんだってできるかもしれないよ」
飄々とそんなことを言ってほのぼのしているミナトを見ると、サツキは感心して苦笑を浮かべているしかできなかった。
――まったく……とんでもないことしているって自覚がないんだもんな、ミナトは。すごいよ。
元々すごかったミナトの才能に、さらなる成長の兆しが見える。サツキはそれを頼もしく思いながらも、ただ横でそうしているだけではいられない。
――この調子で成長すれば、ミナトはあの『
個人戦で自分自身の成長を確かめながら、ダブルバトルを頑張ろうと思ってたが、シングルバトルもぼーっとしていられない。
本日三戦目を見て、四戦目も終わって。
五戦目、シンジの戦いが始まったところで、サツキは言った。
「ここまで呼ばれなかったってことは、シングルバトル七試合のうちの最終戦ってことだ。そろそろ準備しないとだな」
「だね。ちょうど、呼びにきたみたいだ」
サツキも周囲を見てみると、スタッフのお姉さんの姿が見えた。
お姉さんがやってきて、サツキに告げた。
「サツキさんは本日のシングルバトル部門の最終戦です。そろそろ準備をお願いします」
「はい」
「それから、サツキさんとミナトさんのダブルバトルも、ダブルバトル部門五試合のうちの最終戦になります。ミナトさんはそれまでごゆっくりなさってください」
「承知しました」
ミナトが答え、サツキは立ち上がって言った。
「じゃあいってくるよ」
「いってらっしゃい。頑張って」
「うむ」
普段は戦えない相手と手合わせする機会に、サツキはわくわくよりも緊張しながら、しかし強くなったであろう自分への期待を抱きながら、地下にある控え室に向かった。
本日の六戦目が終わる。
ついにサツキの出番となり、薄暗い通路を歩いてゆく。
通路は静かで、会場の賑やかな歓声もそよ風のように小さく聞こる。
まぶしいばかりの光が溢れる先へと出ると、歓声は音が爆発したように大きくなった。
「頑張れよー!」
「応援してるぞー!」
「きゃー! サツキくーん!」
中には聞き取れる声もある。
――俺が応援してもらえてるのか。ありがたいな……頑張らないと。
自分の成長のために参加していても、応援してくれる人もいる。サツキも良い試合をしようと思うと共に、緊張を忘れていた。
燦々たる太陽の下、舞台へとのぼってゆく。
その間にも、光に目が慣れてきた。
「やって参りました! 昨日の初参戦から注目を集めている期待の新星、サツキ選手の入場です!」
クロノはサツキの登場を煽り、会場を盛り上げる。
正方形の舞台。
石畳が照り返す光は柔らかい。
サツキがまっすぐ見据える先には、対戦相手が現れた。
黄色い声援が起こる。
真っ白な騎士服、細い剣を腰に下げた魔法戦士である。剣はレイピアだろうか。背は一七七センチ、スマートな印象の青年だ。なにより、顔立ちが整っている。かなりのハンサムである。クールだが爽やかな笑顔を浮かべていた。年は二十代前半。
『司会者』クロノが、サツキと対戦相手双方の紹介に入る。
「本日のシングルバトル部門、最終戦。熱気高まるこの円形闘技場コロッセオ。シングルバトル部門のトリを飾るのは、
紹介が終わったところで、『ジェントルフェンサー』ブリュノがサツキにしゃべりかけた。
「やあ。お日柄もよく。ごらん、みんながボクらを見ているよ」
「は、はあ……」
クールな瞳でうれしそうに言うブリュノに、サツキは返す言葉が見つからない。すると、ブリュノはふふっと笑った。
「そうだったね。自己紹介をしないといけない。ボクらの運命は、ここで今、初めて交わったところなのだから。ボクを前にして緊張する気持ちもわかるが、そう硬くならなくていいよ。うまく言葉が出てこないキミも可愛いけどね」
「……」
「改めて、はじめまして。ボクはブリュノ。シャルーヌ王国が生んだコロッセオのスターだよ。『ジェントル』、あるいは『ブリュノ』と呼んでおくれ。今日は素晴らしい試合にしよう」
「はじめまして。城那皐です。本日はよろしくお願いします」
「サツキくん。うん、いい名前だ。ブリュノとサツキくん。二人で、どんな舞台にできるだろうか。楽しみだ」
一人でよくしゃべるブリュノの様子を見て、サツキは思う。
――この人、かなりのナルシストだ。自分の世界に入り込んでしゃべってる。悪い人じゃないみたいだけど、だからこそ、戦いにくいな。
黙ってブリュノを見ているサツキに気づき、自分の世界から戻ってきた。
「ああ、そうだったね。ボクたちを待ってる人たちが、こんなにもたくさんいる。いつまでも、二人の世界に入っているばかりじゃいけない。試合をしないとね」
――世界に入ってたのはブリュノさんだけで、俺は正気だったのに……。
いっしょに世界に浸かっていたわけじゃないので、サツキとしては変に巻き込まれた気分になる。
「クロノさんからの合図はまだだけど、ボクから聞こうか。エト・ヴ・プレ?」
キメ顔で尋ねるブリュノに、サツキは答えられない。
――どういう意味だ……。
ブリュノは反応のないサツキを見て、穏やかに微笑み、
「わかった。いいよ。いつまでも待とう。心を落ち着かせるのに、ボクの声が聞きたいというのなら、もう少ししゃべってもいいよ。可愛いキミのためなら、ボクの歌声を聞かせるのもやぶさかではないさ」
あー、あー、と発声練習を始めるブリュノ。
サツキは困った。
「あの……」
チラッとクロノを見て、目で助けを求めると、ブリュノの言葉について教えてくれた。
「『エト・ヴ・プレ?』は、準備はいいですかの意味ですよ。サツキ選手、改めまして、準備はいかがでしょう?」
「はい。大丈夫です」
クロノはうなずいた。
「わかりました! それでは、シングルバトル部門本日のトリ、サツキ選手対ブリュノ選手の試合を始めます! レディ、ファイト!」
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