30 『アンチマジック』
サツキはレイピアで突き刺された右肩を確認する。
――あれ……血が、出ていない。確かに刺されて、痛みもあった。つまり、あれは魔法を仕込む工程でしかなく、魔法としての突き刺しにはレイピア本来の刺突の機能が伴われないってこと。そして、魔法は「突き刺した箇所の魔力コントロールを奪う」類いのものだ。
ブリュノがファンサービスで観客たちにお辞儀している間、サツキは左右の拳をぶつけ合った。
「よし。戻った」
サツキが両手にはめている白いグローブ、《
ロメオが玄内に相談し、玄内が魔法道具化したもので、友好の印としてコロッセオに臨むサツキにくれたのだ。
しかも、昨日……ロメオは試合中、わざと相手の魔法をその身に受けて、自分自身の拳同士をぶつけて、自分にかかった魔法効果を打ち消してみせた。サツキに使い方を教えるためである。
これを、サツキも自分にやってみたのだった。
結果は、サツキの右腕にあった違和感がすっかり消え去った。
魔力が流れなくなった不思議な状態から、ちゃんと身体の隅々まで魔力コントロールできるフラットな状態に戻っていた。
――やっぱりロメオさんのくれた《
ブリュノがサツキから目を離している隙に、サツキは《
――おそらく、ブリュノさんの魔法を受けると、突き刺した箇所から先は魔力が流れなくなる。あれをくらったら厄介だ。そのたびにグローブの効果で解除してもいいけど、後手に回るし、一撃を与えられない。防御をする方法があれば……。
いつブリュノがレイピアをこちらに向けてバトルを再開するのか、気になって集中も深くはならない。だが、案外ブリュノがバトルに戻るのが遅かったおかげで、じっくりと魔力を練り上げることができてきていた。
そこに、《波動》をまとわせる。
――これで、いつでもそこそこの威力は出せる。
サツキの《波動》は、以前ガンダス共和国でレオーネが見せた魔法だった。サツキはそれを見て、魔力圧縮の感覚と似たものを感じて練習し、身につけた。この力は魔力圧縮と同時に発揮できるし、それ以上の効果も持つ。
やがてブリュノがファンサービスを終えてサツキに向き直ったとき。
ブリュノはサツキの様子の変化に気づいた。
「ボクを讃える声に応えていた間も待ってくれて感謝するよ。優しいんだね、サツキくん。……でも、優しいだけでも、ないんだね」
「俺に余裕なんてありませんので」
右手で胸を押さえ、ブリュノは感激したように表情を華やがせる。
「いい……っ! その真剣な眼差し、キミはボクを高揚させるよ。さあ、続きをやろう。できるだけ長い時間キミとステージに立っていたかったが、おしゃべりしていられない!」
「お願いします」
会話が一度切れたところに、『司会者』クロノが実況を差し込む。
「ブリュノ選手もサツキ選手も、闘志満々だ! 二人の熱気に会場も熱くなっていくぞー! ん? おや? ブリュノ選手の魔法を受けたサツキ選手もいつの間にか復活している! すごい、これもロメオ選手からもらったというグローブの効果でしょうか! さあ! 互いに準備ができたところで、思う存分力を出し合ってくれ!」
サツキが構えようとしたところで、
「アンガルド!」
と言ってブリュノが構える。
この言葉は「構え」の意味がある。これを言って構えてから戦闘に入るのがブリュノの流儀なのである。
図らずも同じタイミングでサツキも構えると、ブリュノはそれを戦闘開始の合図と受け取って動き出した。
「いくよ!」
「はいッ」
二人が中央へ向かって駆けてゆく。
交わる剣撃が高速に乱れ、サツキの刀がブリュノの脇腹をかすめるが、ブリュノのレイピアもサツキの頬をかすめ、会場は息をつくのも忘れる。
激しい攻防の末、ブリュノのレイピアが勝負所を見つけた。
――来た。
サツキの《
普段からミナトの高速の剣を相手にしているサツキに、ブリュノのレイピアの軌道を捕捉することは難しくない。さっき、急激に加速したレイピアには予想外にしてやられたが、今はその可変的加速にも対応できる。
ブリュノのレイピアをサツキの剣が払うと、そのままサツキは剣尖を切り返して袈裟に振り落とした。
軽やかなステップを踏んで、ブリュノは紙一重に下がる。
――え?
そのとき、ブリュノのレイピアはしなってサツキの右の肩を叩いた。
ただ引くだけじゃなく、そんな動きまでできるとは、また意表を突かれてしまった。
再び、魔力の流れを断たれてしまう。そう思われたが、まだ完全には断たれていないともわかった。今度はさっきとはなにかが違う。
――……振り払える!
サツキがバッと距離を取って下がると、ブリュノは深追いせずに優雅な所作でレイピアをさささっとパフォーマンスのように動かしてみせる。
すぐに追いかけてこないブリュノを見て、サツキは刀を左手に持ち替える。そして、右手を振り下ろす。なにかを払うように、握っていた拳も開きながら腕を伸ばした。
「はぁッ!」
サツキは《波動》の力を右腕に集めていた。
これによって、渦巻く魔力の流れがブリュノの魔法効果を払い飛ばした。ビリッとするような魔力のうねりがサツキには見える。
仕掛けたブリュノにも、本来は目に見えない魔力に異変があったことがわかった。
「まさか、ボクの《
驚きで魔法名を口に出してしまう。
――アンチ、マジック……直訳では、魔法に対抗あるいは反対する技だ。俺が実際に受けたところと合わせてみると、おそらく反魔力的な作用をもたらす技で正しい。最後のフェンサーも、突きによってそのポイントに効果を発動させるという意味だろう。
相手の魔法に関して、謎も効果も解けたところで、サツキは溜めていた一撃を放つことに集中することにした。
「あとは、この一撃をぶつければ勝ちだ」
「ふふ。やるね。ただ、ボクの魔法もまだキミには完全に通じないとは言い切れないし、次も狙わせてもらうよ。しかし、ボクの剣術にも気をつけておくれ。ボクは互いに魔法を使わない真剣勝負でこそ最大の力を発揮する、正真正銘の『ジェントルフェンサー』なのさ」
「わかりました!」
サツキはしかと答えた。
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