11 『いちご農家の老夫婦は王都に住む孫娘を懐かしむ』

「アキさんとエミさんです! こんにちはー!」


 二人の声を見事判別して、クコは手を振った。

 サツキとルカも畑から覗かせているアキとエミの顔を発見した。


「本当だ」

「あれって……」


 アキとエミは、畑でなにをしていたのだろうか。頭にはトレードマークのサンバイザーがあるが、オーバーオールを着ている。力仕事のようで、カゴを両手で持っていた。ビニールハウスから別の場所へと運んでいる途中らしかった。カゴを手に持ったまま、二人は笑顔全開で駆け寄ってきた。


「おーい!」

「クコちゃーん! サツキくーん!」


 二人のカゴの中身が見えて、サツキは理解する。


「いちご狩りか」

「そのようね。自由な人たちだわ」


 やや呆れた様子のルカにそのわけを聞こうとしたところ、アキとエミのほうが驚いたようにルカを見た。


「うわーっ!」

「なんでー?」


 二人はルカの左右の手をそれぞれ取ってぶんぶん振り回すように握手した。二人は土仕事をしていたから、手には泥がついている。しかしルカはそれも気にしていなかった。

 ルカは今年十六歳になりアキとエミは今度二十一歳とのことだが、十代半ばを過ぎた程度にしか見えないアキとエミなので、大人っぽいルカよりも年下に見える。


「ルカちゃんじゃないか!」

「会えてうれしいよ!」

「でも、ルカちゃんがいなくなったら、あの病院は?」

「温泉街の人たちが怪我とか病気したら大変だよ!」


 再会を喜びつつも心配する二人に、ルカはさらりと答える。


「両親は残っているので大丈夫です」

「なんだー! それなら温泉街の人たちになにかあっても大丈夫だね! 安心感は少しなくなっちゃうけど」


 エミが胸をなで下ろすように息をついた。

 一方のアキは、胸を張って断言する。


「ルカちゃんがいなくなっちゃった分の不安と寂しさは、きっとリクさんとランさんがケアしてくれるさ」

「私なんて、そんなみんなに影響を与えるほどの力は……」


 謙遜でもなく、本当にそう思って言葉を漏らすルカだが、二人は構わず話を先に進める。


「それでルカちゃんはどうしてクコちゃんとサツキくんといっしょにいるのかな!?」


 エミが首を傾け、アキが人差し指を立てる。


「旅は道連れ世は情けって言うし、そういうことだね?」


 どういうことだろうか。彼が理解しているのがどのようなものかはわからないが、ルカはうなずき答える。


「はい。クコとは以前から知り合いだったので、助けるために、そして私も私を見つけるために、旅に出ました」


 うんうんとうなずきながら話を聞き、エミ、アキの順に交互に話す。


「泣ける話だね!」

「熱い友情、そして自分と向き合う人間ドラマ!」

「素敵だよ、ルカちゃんっ」

「ルカちゃんもいろいろと抱えていたんだね。そこで踏み出す勇気はなかなか持てないのに、すごいよ!」

「え、ええと……」


 ルカが困っていた。

 サツキにはそれが新鮮に映ったが、横から質問を挟んだ。


「ところで、お二人はルカとも知り合いだったんですか?」

「もちろんさ! ボクたち近所だもん」

「昔から知ってるよね! お隣さんってやつかな」


 誇らしげに胸を張る二人に、ルカがジト目でつっこむ。


「山をひとつ越えるし、お隣さんでも近所というほどでもないような」

「ルカちゃんたらおかしいなあ。星降ノ村からすぐじゃないか」

「もう。水くさいぞ、ルカちゃん!」


 と、エミがルカのほっぺたをつんと人差し指でつつく。

 なにが楽しいのかアキとエミの二人は愉快そうに笑っていた。

 クコも質問した。


「お二人はいちご狩りですか?」

「よく聞いてくれたね! そうなんだ! だってここしょうくには『いちごおうこく』。ボクたちいちごが大好きだからさ」

「いっぱいとってるの! せっかく会ったんだから、クコちゃんたちも紹介するね!」

「コロクさんもオトメさんも喜ぶよ!」

「いっしょにいちご狩りしよーう!」

「おぉー!」


 アキとクコが声を合わせて拳を突き上げ、サツキとルカは半ば強制的にいちご狩りに参加させられることになった。まずは家に案内される。




 その頃、黒いセーラー服の少女・うきはしは、サツキたちがいちご狩りを楽しんでいるいちご農家の脇の道を通り過ぎたところだった。

 うさぎ耳を揺らして歩く。

 そのうさぎのイメージに合わず、跳ねるのとは反対の重たい足取りである。


「あいつ、しろさつき……。王都に行くって話してたわよね。あたしもちょうど王都には行くし、次はいつ出会えるかしら」


 せっかく目的地も同じだったのに、見失ってしまったのは迂闊だった。


「しかも、あいつの代わりにやかましい変な二人組に出会うし、朝のお蕎麦屋さんでものんびりできなかったわよ」


 ヒナは胸をそらし、息を吸う。


「そういえば、あたしの望遠鏡を作った人が王都にいるってお父さんが言ってたわね。名前くらい聞いておけばよかったわ。『せいはつめいおう』とかなんとかの天才って呼ばれてるらしいけど、さっぱり覚えてないのよね。その人にも会いたいものだわ」


 ひとりごち、ヒナはうさぎ耳をぴくりと動かす。


「?」


 ため息まじりにぼやく。


「こんなところにもいるのね、朝の二人みたいなやかましいやつらが。さっさと行きましょ。あたしには、やるべきことがあるんだから」




 アキとエミは、サツキとクコとルカをいちご農家の老夫婦に紹介してくれた。

 三人が名乗ると、老夫婦も自己紹介した。


「わしはとちみね鹿ろくじゃ。よく来てくれたねえ」

「あたしはとちみねおとよ。娘は王都に嫁いで行ってあんまり帰ってこられないから、賑やかでうれしいわ」


 コロクとオトメは共に六十歳くらいで、子供はいるが王都にいて今は二人でいちご農家をやっているらしい。コロクはオーバーオール、オトメはエプロン姿で、二人共優しそうだった。


「王都ですか」


 クコが反応すると、オトメがにこりとして言った。


「ええ。孫は『おうのマドンナ』なんだから」

「わしらの自慢じゃ」

「素敵ですね」


 優しいおじいちゃんおばあちゃんの顔に、クコも笑顔になる。

 子供のような無邪気さでアキとエミが頼み込む。


「コロクさん、みんなもいちご狩りさせてあげてよ!」

「オトメさん、アタシたちみんなにいちご狩りをさせてあげたいの!」


 老夫婦は楽しそうに微笑んでうなずいた。



「もちろんじゃよ」

「みんな、おいで」

「わーい!」

「やったね!」


 喜ぶアキとエミを見て、コロクは愉快そうに笑った。


「アキちゃんとエミちゃんにはかなわないな」

「うれしいくせに」


 と、オトメも笑った。

 ありがとうございます、とサツキとクコとルカがお礼を述べて、老夫婦とアキとエミについて行って畑までやってきた。

 ビニールハウスになっている。

 この中でいちごを育てているのである。

 コロクはオーバーオールのポケットに入ったパイプを吹かせる。もくもくと雨雲ができていった。小さな雨雲である。


「《あまぐもパイプ》という魔法じゃ」

「これで雨を降らせるんだよ!」

「水やりもこれでバッチリだね!」


 アキとエミもいっしょに解説して、雨雲から雨が降り出した。


「雨量の調整もできるから、適量をやるんじゃ」

「すごい魔法ですね!」

「カッコイイです」


 クコとサツキに褒められて、コロクは照れたようにもう一つ雨雲をつくった。


「こんなのはただの仕事の工程じゃよ」


 サツキは、不自然に置かれているデコイに気がついた。どう見ても邪魔なはずなのに、どうしてカモのデコイなど置いているのだろうか。


「あの。あれって……」

「デコイです。かわいいですね」


 よくできたデコイを見て、クコは近寄って行った。

 が。

 しゃがんで、すぐに尻もちをついた。


「きゃっ! デコイに、たくさんの虫がいます!」

「ふふ。ごめんね。それはあたしの魔法なの」


 口元を押さえておかしそうに笑うオトメに続き、アキとエミが言った。


「オトメさんの魔法は《誘鳥おとり》っていうんだ」

「デコイの人形には首輪がついてるでしょう?」


 エミに言われてクコは首輪をチェックする。


「はい。札といいますか、ネームプレートのようなものがあります」

「そこに指定した生物の名前を書くと、その生物だけを誘き寄せることができるんだよ」

「害虫を集めて、いちごに近づけないようにする工夫なのさ。アブラムシはいちごの天敵だからね」

「だからそれは無視して、いちご狩りを楽しんでちょうだい」

「はい。ありがとうございます!」


 さっそく三人もいちご狩りを始める。


「食べてごらん」


 コロクにすすめられ、サツキとクコはもぎたてのいちごを食べた。


「甘い……! おいしいです」

「とっても甘いですね! 初めていちご狩りしてこんなにおいしいいちごを食べられて、わたし幸せです!」

「本当においしいわ」


 ルカもこうやってもぎたてのいちごを食べるのは初めてだから、いろいろと新鮮だった。

 一時間後。

 すっかりいちご狩りを楽しんだサツキとクコとルカは、そのコロクとオトメの家に上がってごちそうまでしてもらった。家の中にはなにかの舞台らしきポスターのようなものが貼ってあったり、あとで使う用なのか綺麗なデコイがあったり、生活感のある田舎の実家の雰囲気が感じられ、サツキにはなんだか肩肘張らずにくつろげる思いがした。

 いちごを食べながらアキが言った。


「そういえば、オオルリの写真、まだみんなに見せてなかったね」

「あ、忘れてた。紀努衣川温泉街で一泊したあと、また山に入って一日中探してやっと見つけたんだよね」


 と、エミも言う。

 それなのに、どうしてサツキとクコより進むペースが早かったのだろうか。馬車を使ったのかもしれないが、サツキには不思議だった。


「これだよ」

「かわいいよね!」


 オオルリは、サツキの知るものとほとんど同じだった。違う点もわからないが、少し大きい印象である。

 アキとエミはコロクとオトメの老夫婦にも写真を見せて、子供のようにおしゃべりしていた。

 このあと、コロクとオトメにお土産までもらった。


「今日は楽しかった。そのお礼じゃ」

「ここはいちごの生産地だから、たんと持っておゆき」

「またおいで」

「いつでも待ってるからね」

「お土産までいただいて、なにからなにまですみません」

「突然押しかける形になってしまったのに、ありがとうございます」

「いちご、とってもおいしかったです! ありがとうございました」


 ルカ、サツキ、クコと順番に挨拶して、三人はアキとエミの二人とともにいちご農家の老夫婦コロクとオトメにお礼を述べて辞す。アキとエミは二人と握手までしていた。

 そこからの道中は、アキとエミがたわいない話をしてくれるから、明るく楽しいものだった。

 駅のあるあたりに到着したのは、夕方。

 そこで、アキが言った。


「よし! 夕飯はギョウザにしよう!」

「マサシにしよーう!」


 エミが店を決めて、マサシというギョウザ屋に向かう。もちろん、二人についていく形でサツキとクコとルカもギョウザを食べることになった。


 ――しかし、アキさんとエミさんも王都に行くんだもんな。それまで、賑やかになりそうだ。


 二人と旅を共にするのは、王都まで。

 そのあとのことは、サツキにもまだわからなかった。

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