10 『スプリチェリは花を育てる人々と共存する』

みやここうほくみや

 晴和王国の『おうあまみやの北にある、北関東最大の都市である。

 光北ノ宮は『ひかりみやこしょうくにの中部に位置する。サツキの世界の知識に照らし合わせれば、栃木県の中でも宇都宮市の中心部から鹿沼市の東部にかけての地域が該当するだろうか。宇都宮市の北部と鬼怒川を隔てた東側は除かれ、鹿沼市の西側も除かれた一帯になる。

 サツキとクコとルカが一泊したいちふみむらから杉並木をさらに歩き続け、三人はようやく光北ノ宮に到着した。

 四月七日。

 時刻は、そろそろ正午になる。

 昼間だから景色がよく見える。

 宮と名のつく都市だと聞いたが、穏やかな田舎の風情である。温かな大地の優しい香りに包まれる。サツキはここが落ち着いた。

 場所は光北ノ宮の中でも西側。

 鹿沼市の辺りである。


「やっと来たな、『花卉の都』」

「はい。光北ノ宮は自然も多く、花々がきれいですね」


 ちょうどサツキの花が咲いている。本来ならば皐月、すなわち五月に咲くからサツキなのだが、四月の今も見事な咲きぶりだった。


「サツキ様のお名前と同じ、サツキの花です」


 クコにそう言われて、サツキは照れたように頬をかく。


「そうだな」

「たくましい花です」

「ええ。力強く咲いているわ」


 ルカもクコといっしょになって花を見ているので、サツキは話題の軌道を変えるように言った。


「それより、花ならばあの花屋を見て行かないか?」

「はい」とクコがうなずき、三人は花屋に入った。



 花屋『こうさか』。

 童話に出てきそうな優しげで温かくカラフルな、街のお花屋さんである。

 店はあまり大きくないが、色とりどりの花が鮮やかに彩っているため、品ぞろえが多く感じられる。

 ふわりと小さな妖精が店の前を飛び、店内に入っていった。


「妖精……なんて、いるのか」


 驚くサツキに、クコが教えてくれる。


「この世界には妖精もいますよ。あまり多くは見られませんが、ここは『花卉の都』光北ノ宮ですから」


 体長は十五センチほど。世界樹が桜を咲かせていたように、桜のような色形の花で、少しだけ人間味がある。花のつぼみを上下逆さまにしたドレスを着ている。明るく穏やかな顔をしている。


「照花ノ国には、割と花の妖精はいるのよ。花の妖精というのは、普段はあまり人前に姿を現さないけどね。あれは世界樹の花の妖精、名前はスプリチェリ。美しい心を持ち、植物を育てる人々と共存する、花を育てる妖精だわ」

「へえ。世界樹の花の妖精、スプリチェリか」


 ルカの説明を聞いて、スプリチェリの微笑みに誘われるように、サツキは店内に入った。

 店主は、明るい笑顔の三十歳くらい女性で、三角巾をかぶった頭を振り返らせて挨拶をしてくれた。


「いらっしゃいませ」

「あ、いらっしゃいませ」


 もう一人の店員、二十代半ばの男性も気づいて挨拶した。こちらは童顔で大きな目をしている。

 クコが代表して挨拶を返す。


「こんにちは。通りかかったので入らせていただきました。たくさんのお花に囲まれた可愛らしいお店ですね。素敵です」

「ありがとうございます。どうぞゆっくり見ていってください」

「はい」


 三人は花を見ていった。

 ハンギングプランターのような壁掛け式のプランターや、小鉢のようなミニサイズの花など、商品は多い。花々を渡るように、花の妖精スプリチェリが飛んでいた。その数は全部で三体である。


 ――さすがに『花卉の都』だ。それとも、魔法世界だからだろうか。いろんな花がある。妖精までいるんだもんな。


 サツキが感心して花々に目を走らせていると、かがんで花を見ていたクコが肩越しに振り返る。


「このお花、とってもいい香りですよ。サツキ様」

「うむ。そうだな」

「色も綺麗ね」


 色も香りもそうだが、この店内がつくる包み込むような空気も心地よい。サツキは癒やされる思いがしたが、クコは目を輝かせて楽しそうだった。


「あら? アレンジメントもあるみたいです。わあ、見ているだけで楽しくなりますね」

「贈り物にしたら喜ばれそうだ」

「はい。わたしも贈り物にひとつ買って行こうと思います」

「だれに買って行くんだ?」

「それは――」


 二人が話す脇を、花の妖精スプリチェリが通り抜けた。スプリチェリが指先でトンと葉っぱを叩くと、ふわりと揺れてどこか生命力が高まったように見える。


「お花を元気にする妖精なんですね、スプリチェリは」


 また、サツキとルカが花を見ている横で、クコは店員と世間話までして仲良くなっていた。


 ――店主さんが気さくなのもあるけど、クコはだれとでも仲良くなれそうだな。


 クコが話していたところによると。

 店主は、こうさか

 ミカコは今年三十歳になる女性で、この花屋『こうさか』を祖父から受け継いだらしい。

 もう一人の店員は、いしうちたけ

 タケヒロは五歳年下の今年二十五歳、ミカコとは恋人同士だが、結婚はまだとのことである。


「そうでしたか。もうご結婚されているのかと思っていました」

「あはは」


 と、タケヒロは微笑んだ。

 二人共穏やかで温かみがあって、クコは好感を持った。

 そんな会話には加わらず、サツキは小さなプランターを見つける。


「季節じゃない花や普通よりずっと小さな花まである」

「気づかれましたか」


 サツキの後ろに立ったミカコがニコニコと話してくれる。


「それは、魔法道具のおかげなんです」

「魔法道具ですか」

「《スモールプランター》といって、このプランターに種を植えると、プランターサイズに小さく育つんです」

「なるほど」

「今は亡き祖父が花屋をやっていたときに、魔法で作ったプランターです。だから魔法道具として残っている物はわずか。その小さなヒマワリも、ここまで成長したら、あとはタケヒロくんの魔法で成長を整えてあげると咲き続けるんです」


 そこで、タケヒロが引き継いで言うには、


「ぼくの魔法は、《四色カラフルゾウさんじょうろ》といいます。それぞれ違った効果を持った四つのじょうろを作ることができるんです。じょうろは植物の成長を整えます。成長を止めるじょうろ、成長を戻すじょうろ、成長を早めるじょうろ、大きく育てられるじょうろ。これらを作って魔法道具にすることができます。お店で売っているのはそのうちの成長を止めるじょうろです。それによって、開花時期で成長を止めて、年中綺麗な花が見られるんですよ」


 四つの表情を持つゾウさんじょうろ。どれも使い方によって園芸の幅が大きく広がるが、悪用される場合などを考えて、成長を止めるものだけしか販売しないのかもしれない。サツキには心意まではわからないが、タケヒロは植物が好きな人のようだから、そんな気がした。

 ちょっと休憩中なのか、花の妖精スプリチェリがタケヒロの肩に座って、心地よさそうにしている。

 ルカが別の鉢からなにか発見する。


「光ってる……?」

「ああ、それはあたしの魔法です」


 ミカコに視線が集まる。クコが聞いた。


「肥料でしょうか?」

「ふふ。よく気づきましたね。あたしの魔法《日を観せる土の素サンライトドレッシング》は、この光の欠片が肥料になっていて、土の上に撒いておくと、植物が日光を浴びなくても、必要な分の日光のエネルギーを吸収して育つことができるんです」

「光北ノ宮の特産の土『こうほくつち』は養分が多く園芸に向いているので、とても相性がいいんですよ。こちらは肥料の一種として販売していますから、よろしければどうぞ」


 タケヒロにすすめられ、クコは買いたい気持ちになる。しかし旅の中にあり、園芸する余裕はないので、丁重に断った。


「育てたい気持ちは山々ですが、旅をしているので……」

「荷物を収納する魔法道具をお持ちであれば、ぼくの《四色カラフルゾウさんじょうろ》で水をあげると成長を止めておけるので、どんな花も育てられますよ。一日に一回で大丈夫です」

「どんなお花もですか?」

「ええ。たとえば、アレンジメントしたプランターでも」


 クコはサツキとルカを見やり、聞いた。


「わたしの《スモールボタン》でバッグに入れても崩れてしまいます。サツキ様の帽子とルカさんの《おせ》ならその心配もありません。サツキ様かルカさんにお願いする形になりますが、どうでしょうか? 三人でなにかお花を育てませんか? いえ、成長させず開花の状態で止めることになりますが」


 サツキとルカは顔を見合わせる。


「俺は構わないけど、ルカは?」

「私もいいわよ」

「ありがとうございます! どんなお花にしましょうか」


 どの花がいいか、希望が出なかったので、アレンジメントにしてもらった。

《スモールプランター》で育てた小さな桜の木を中心に、いろんな花が色鮮やかに取り囲む。


「タケヒロくんはアレンジメントが得意なんです」

「いいえ。ぼくは好きでやっているだけで、そんな」


 年上の恋人ミカコに褒められて、タケヒロはうれしそうに照れながらも謙遜していた。


「とても素敵です!」

「こちらの贈答用のアレンジメントも終わりましたよ。どうぞ」


 ミカコが優しく微笑みかけて、


「《スモールプランター》そのものは売ってないのでプランターは普通のものですけど、その《四色カラフルゾウさんじょうろ》を使えばサイズも変わらず育てられるので、大事に可愛がってあげてくださいね」

「はい!」


 とクコが元気に返事をした。


「ありがとうございました」

「またいらしてくださいね」


 ミカコとタケヒロが手を振り、クコが「こちらこそありがとうございました!」と手を振り返した。花の妖精スプリチェリも元気に飛び回って見送ってくれていた。

 小さな桜の木をはじめとした小さな植物たちの量産はできないが、こうして《スモールプランター》で育てて販売された植物たちには、たくさんのファンがいるらしい。クコたちが店を出るときにも、すれ違いにお客さんが入っていった。


「いらっしゃいませ。あら、スモモちゃん」

「こんにちは。アレンジメントひとつください。贈り物用で」

「遠いところからいつもありがとね。今日はオウシくんとトウリくんはいっしょじゃないの?」


 サツキたち三人が店を出ると、ドアが閉まった。

 歩きながら、サツキが言った。


「『花卉の都』はこんなお店もあって、なんだかいいな」

「はい。でも、花より団子というわけではありませんが、お腹が減ってしまいました。お食事にしませんか?」


 クコがはにかみ、提案する。


「うむ。俺もそう思ってた」


 花の情緒も忘れてそう言うサツキとクコを見て、ルカは小さく笑った。


「じゃあ、食べましょうか。なにか希望はあるかしら?」


 ふと、サツキはアキに言われたことを思い出す。


「そういえば、アキさんにニラ蕎麦を食べるように言われたな。あと、イチゴも」

「では、お蕎麦屋さんに入りましょう」

「賛成」


 ルカも同意して、三人は蕎麦屋を探した。

 すぐに見つかり、そこで昼食にする。

 メニューにはニラ蕎麦もちゃんとあった。


「サツキ様もルカさんもニラ蕎麦でいいですか?」

「うむ」

「そのつもりよ」


 クコがサツキとルカに確認を取り、三人分の注文をした。

 ニラ蕎麦が運ばれてくる。茹でたニラがどんと蕎麦の上にのっている。緑色がきれいだった。

 さっそく三人とも箸をつけた。


「まあ! おいしいです」

「合うものだ」

「臭みもないわね」

「はい。このニラは、とても甘味があっておいしいです。歯ごたえもいいですね」


 おいしくいただき、店を出る。

 そのあとは、列車のあるこうほくみやの中心地を目指して歩くばかりである。

 だが、あまみやと違い、この光北ノ宮は常に家や店が立ち並んでいるわけではない。宿場町らしいこの一帯を抜けると、田舎道になる。

 左右が田畑になった。

 田園風景が安らかに続く。


「列車に乗るための駅までは、そう遠くはありませんよ。ただ、今日のうちに光北ノ宮を出発する列車にはもう乗れませんから、出発は明日ですね」

「なるほど。列車に乗ったらどれくらいで王都には行けるんだ?」

「おそらく、四時間程度でしょうか」


 これに、ルカが補足する。


「サツキの世界ではどうか知らないけど、この世界の蒸気機関車は時速七〇キロ程で走るわ。天都ノ宮と光北ノ宮、天都ノ宮とらく西せいみやという二区間を走るのだけど、途中で停車するのはほんの一部の駅だけよ。だから、速度は一定だし時間の乱れも少ないわ」

「かなり精度の高い蒸気機関車が走ってるんだな。俺の世界では、そのあと電車や新幹線も登場するが、蒸気機関はどれくらい普及してるんだ?」

「列車もその二線が国鉄として走っているのみ。私鉄では、光北ノ宮の東にあるよしてつどうとか、短い区間を走るものが、晴和王国でも片手で数えられるくらいかしら。蒸気船も少ない。この先、少しずつ普及して、同時に別の技術も徐々に生まれてゆくのだと思うわ」

「じゃあこれからが楽しみだな」

「ええ。でも、サツキの話も気になるわ」

「はい! わたしもです! 電車、とは一体なんなのでしょう? 新幹線というお名前がすでにかっこいいのですが!」


 ルカとクコに詰め寄られ、サツキは困惑する。特にクコは新幹線に憧れる男の子のテンションで、サツキはわかりやすいように説明することにした。

 二人はサツキの世界の話がおもしろいらしく、興味津々に聞いてくれた。

 話しながら歩くこと少し。

 畑のほうから叫び声が聞こえてきた。


 ――なんだ?


 最初に、サツキが足を止める。

 ルカも気になっていたようで、


「なにか、騒がしい声が聞こえてこない?」


 だが、クコはうれしそうに笑顔をひらいた。


「あれは……」

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