11 『空手×剣術』
「(これが、わたしがサツキ様に出会うまでの旅のお話です)」
クコは思い出しつつ、サツキの頭をついついなでながら《
最後のサツキとの邂逅における心情まではサツキにテレパシーで見せなかったが、必要なところは伝えられた。
サツキはここまでの記憶の再生の中でも、時折クコに質問したり、話しかけたりしていた。自分のいた世界と似通ったこの世界との比較や、疑問など、あとで話すつもりのものもあった。しかし、すべてを聞き終えて最初に言った感想は短かった。
「(……クコはすごいな)」
「(いいえ。わたしはまだ、サツキ様をこの世界に喚び寄せたこと以外、なにもできておりません)」
これだけの記憶を見せられれば、サツキも頑張る気が起きるというものである。
「(まだそうでも、ひとりで王国を旅立ってここまでの道のりを歩いてきたんだ。俺も負けてられないな)」
その前向きで明るい言葉を聞いて、クコはこう思った。
――やっぱり、この方が来てくださってよかったです。この方となら、わたしもいっしょに頑張れそうです。
こっそりとその気持ちが浮かんだときだけ、クコは《
――でも、なんだかこうしていると、安心もしますね。
記憶を見せるのは終わったものの、ついクコはサツキをなでる手が止まらず、膝枕を継続してしまう。
そのとき、「失礼いたします」と部屋の襖が開いた。
「タオルをお持ちしました。……あら」
昼間廊下ですれ違った仲居さんは、目を丸くして、
「失礼しました。タオルはこのかごに入っておりますので、何度でも温泉に入ってくださいませ。では、ごゆっくり」
タオルを入れたかごだけ置いて、さっと襖を閉めて去っていった。
サツキは頬を朱色に染めて起き上がった。
「いつまでも、こうしているわけにはいかないよな……」
「わたしは構いませんよ? ほかに見たい記憶はありますか?」
ニコニコと恥ずかしげもなく言うクコに、サツキは紅くなった顔を見られないように背を向ける。
「あるけど、あとでにする」
「はい。またいつでも言ってください。サツキ様はこちらの世界には身寄りもなくて寂しい気持ちも抱えてるでしょうから、甘えたくなったときも言ってくださいね」
「……まったく」
クコからはサツキの顔が見えないが、照れている様子なのがわかる。
――サツキ様、照れてるんですね。かわいいです。
でも。
――あんな安心したような顔をされたら、またしてあげたくなってしまいますからね。
と、少し憂うような気持ちも混じる。
サツキはすっくと立ち上がった。
「さて。修業でもするか」
「剣術ですか」
「いや。まずは空手だ。そのあと剣術の修業も付き合ってくれないか?」
クコも立ち上がる。
「はい。もちろんです。剣術の心得はあります。教えられることはなんでも教えますからね」
「ありがとう。お願いするよ」
「はい、お任せください!」
「クコも普段自分がやってるルーティーンをこなして、それから二人で剣術修業をやろう」
「わかりました」
二人はそれぞれ着替え、サツキは道着、クコは動きやすい軽装になる。
サツキは昼間買った刀を手に持ち、クコも剣を手に二人外に出た。
さっそく、宿屋の裏に回った。
「じゃあ、それぞれ頑張ろう」
「はい」
サツキは芝になっている場所に行き、正座した。目を閉じる。サツキなりに作法があるようで、手は太ももの付け根、左足の親指の上に右足の親指を乗せていた。
その様子をクコは見つめていた。
約一分後、サツキが目を開いて、前に手をついて礼をした。
すでにサツキは集中しているようで、まっすぐ前を見据え、腰を落として突きの練習を始めた。いわゆる正拳突きである。
――すごい集中力です。音もすごい……!
突きを一つするたび、スパッと空気が裂けるような音が鳴る。
左右順番に突き続ける。
「わたしも負けていられません!」
クコも素振りの練習を開始する。
いつもの百回をこなしたところで、クコはひと息つく。まだサツキは同じ動きを続けていた。
少し見ていると、サツキはやっと正拳突きが終わったようだった。
「サツキ様。すごい音でしたね」
修業の邪魔をしては悪いからと黙っていたが、つい声をかけた。ずっとしゃべりかけたくて仕方なかったのだ。
「これは衣ずれの音なんだ。俺の突きがすごいわけじゃないが、綺麗な音が鳴るほうがいい形で突きができている証拠だとも思ってる。突くほうの拳だけじゃなく、引くほうの拳も気をつける、それを忘れないためにもな」
「なるほど。ずっと腰を落としたままの正拳突きも大変そうでしたが」
「あれは基本の
「型、ですか」
「まあ、俺の知ってる型はほとんどない。段位を取って黒帯までいったが、ちゃんとやれるのは六つくらいか」
「あの、型の修業になったら、見せてもらってもいいでしょうか」
「……うむ。別にいいけど」
見たいと言われて照れるサツキだが、クコはサツキがどんな演技をするのか興味があった。
それぞれの修業が進み、型の段階になって、サツキが言った。
「クコ。型をやるぞ」
「はい」
「正面で見るのはやめてくれよ。一応、全方位を意識した動きをするが、最初から目に入ると集中しにくいからな」
「わかりました!」
サツキの型が始まった。
まず、右の拳を握り、左は手刀の形を作り、胸より少し高い位置でその手を重ねる。それをすべらせるように下へ持っていく。型を始めるときの礼の一つといってよいものである。
そこからのサツキは、さっきまで以上の集中力だった。
所作ひとつひとつが力強くも美しく、クコは思わず見とれてしまった。
――こんなに美しいと思えるものなんですね。サツキ様、かっこいいです。
さっきまでですでに汗をかいていたサツキだったが、終わる頃には汗みずくになっていた。
――すごい汗……精神と肉体の鍛錬を、わたしはこれほどにはやっていませんでした。尊敬します。
サツキは、型を始めるときと同じく、拳と手刀を重ねる所作をし、一礼して正座し、目を閉じて呼吸を整えていた。
目を開けて立ち上がり、サツキは言った。
「さあ。剣術の修業を始めよう」
「サツキ様、とても美しい型でした。空手はあまり知りませんでしたが、真剣さが伝わってきました」
「そりゃあ、見えない敵を相手に精神を研ぎ澄ませてやるんだ。真剣にもなるさ。ただ、俺は型を習うのを主とした道場だったから、組み手の試合はほとんどしたことがない。前にやったときはいくつも年上の人を相手に勝てたから筋がいいと褒められもしたが、やっぱり別物。この修業はルーティーンとして毎日やるにしても、実践を意識しないといけないな」
「わたしも瞑想をして集中力を高めたほうがいいでしょうか」
「それぞれの作法でいいんじゃないか? 俺の習った黙想は、精神を整えるよう意識を集中させるのが目的だ。瞑想は、ただ心を空にしてなにも考えないものだという」
「なるほど。では、わたしも黙想を行うようにします」
「いいと思うぞ」
「いっしょに頑張りましょう」
「うむ」
サツキは、剣を手に取った。
だれも近くにいないのを確認して手に入れたばかりの刀『
刀を振るには、スペースがいる。
宿屋の裏はその点でも、ちょうどよかった。通りとは反対側だから街明かりもあまり照らさないが、薄明のようなぼんやりとした明るさは確保されている。
「サツキ様。刀は、わたしの国の剣とは勝手が違います。アルブレア王宮剣術については、お伝えしましょうか?」
聞かれて、サツキはうなずく。
「教えてくれると助かる。ただ、その剣術について学ぶのは、自分がその技術を身につけるためではない。相手取ったとき、動きを把握しやすくするためだ」
「なるほど。追っ手の騎士たちへの対策として、ですね」
「だから、俺はどうしても我流になる。軽く振ってみて使い心地を確かめたあと、クコはゆーっくりと、俺にアルブレアの王宮剣術で打ち込んでくれないか? 剣の動きの解説もしながら頼む。俺は、それを我流で受ける練習をする」
「はい。サツキ様のお力になれるよう、頑張らせていただきます!」
クコは笑顔で引き受けた。
ただ、クコの内心は、サツキが見たような純粋な笑顔とは違った。
――それは、ただ乱暴に剣を振るような我流ではありません。もはや、自分で流派をつくる感覚です。
基礎からすべて学ぶ時間はないと思っていたが、自分なりの流派をつくることができれば、あるいは効率がいいかもしれない。しかし、それは口で言うほど簡単なものではない。すべてはサツキの動きを見てから定めようとクコは思っていた。
ところが、ゆっくりとした動作での打ち込みをしてみても、どうもサツキは筋がいい。
しかも、足を使う。
足払いなどアルブレア王宮剣術にはないものだけに、サツキの足がゆっくりとクコのすねに触れたとき、最初はそんなことされていると気づかなかった。
「クコ。その斬り込みでは、足はこうおろそかになるのか?」
「は、はい。騎士によって
「騎士たちの中にもいたな、盾持ち」
確か、《
だが、残る四人は違った。
それぞれ別々の戦い方をするようだった。
様々な魔法が飛び交う世界だから、王道の剣と盾、みたいな騎士の戦い方ばかりじゃないのがミソだ。それゆえ、こちらもいろんなケースを想定しなければならない。いや、想定の難しさを考えれば、柔軟に対応できる感覚を備える必要があるか。
「サツキ様は筋がよいようですが、剣については知識があるのですか?」
「いや、あってないようなものだよ」
剣道の基礎をかじり知っている程度であり、サツキの武道は空手の知識がほとんどすべてだった。大きく武道の呼吸がわかるために、それが飲み込みのよさになっているらしい。
「では、きっとサツキ様はめきめき上達しますね。わたくしもついてます。いっしょに強くなりましょう」
「うむ。頑張るぞ」
「はい」
クコとしては、サツキには魔法も教えたかった。だが、瞳の魔法についてはクコの領分ではないから教えられない。教えるのは、魔力コントロールの練習や魔法の性質、知識。
でも、それはまた明日以降だ。
二人は宿の部屋に戻り、温泉で汗を流してから、布団に入った。
サツキが寝息を立て始めた頃、クコは急に思い立った。
「そうでした。今のうちにやっておきましょう」
《スモールボタン》によって元の大きさに戻したバッグから、とある魔法道具を取り出した。
――《
チューブ状になっており、塗料を出してサツキの学ランの破れ目に塗り込み、それをハンガーにかけておく。乾くのを待つのみとなる。
翌朝。
クコは朝陽で目を覚ました。クコは朝型だから、サツキより起きるのが早いのである。
少ししてからサツキを起こしてやる
着替えようとしたサツキが、学ランの袖に腕を通して、
「あれ? 服が直ってる。クコ、もしかして、直してくれたのか?」
「魔法道具のおかげです。《
「そんなことまでしてくれていたんだな。ありがとう」
「いいえ。では、さっそく出発しましょう」
「うむ」
二人は早々に宿を出た。
おにぎりを買って村の中で朝食を食べる。
「旅中、食料の買い出しはせずとも、晴和王国なら一日で歩ける範囲内に村はあります。各食事は村で食べましょう」
「自分たちでつくったりして節約したいところだが、食材に料理道具もあったら荷物も増えるしな」
「節約はできるときで大丈夫ですよ。お金ならばまだ余裕があります。サツキ様の刀の分が浮いたのがよかったですね」
「確かに、そこそこの刀を買うと数ヶ月分くらいの食費にはなるしな」
浮いた分だけでも、二人分なら三ヶ月から四ヶ月は食費に困らないだろう。
「今日は、
「うむ。わかった」
朝食を終えると、サツキとクコは村を出発した。
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