12 『花×星』

 ほしふりむらを出たサツキとクコは、高原にやってきた。

 入口。

 看板には、『ほしふりこうげん』とある。

 木造の道が敷かれており、階段になっている部分もあった。整備された歩道はハイキングコースにもなっているらしい。

 風の通る道をのぼると、クコが大きく息を吸い込んだ。


「美しい景色ですね!」

「うむ」


 華やいだ青空の下に広がる風光明媚な山河は絶景で、太陽が優しく微笑みかけるようだった。サツキとクコはこの眺めに数十秒、立ち尽くす。


「一人で見ていたら、こんなにきらめくような彩りは、わたしの瞳には映らなかったかもしれませんね」


 サツキにはクコのつぶやきが聞こえなかった。ただ、果てない蒼い景色に心は染められていた。

 自然の偉大さに圧倒される。

 山の秀麗さに心が洗われる。

 頬を撫でる清涼な風が心地よい。


「この道『てんくうかいろう』を歩いてゆくと、途中でレストハウスがあるそうです」


『天空回廊』の文字と矢印が道を示してくれている。

 クコが隣に顔を向けると、サツキはこの景色を楽しんでいるのがわかる。そんなサツキが年相応の少年らしく思えて、クコは優しい瞳になる。


「サツキ様。このような見事な眺望が広がる道を歩ける機会は、そうないと思いますよ」

「そうだな。花も綺麗だ」

「キスゲの花ですね。ここのキスゲは、古代には夏のみに咲いたそうです。今では夏以外でもこうして黄色い花でいっぱいになるんですって」

「確かにキスゲの花は夏のものだが、どうしてそれが古代のことだとわかるんだ?」

「トチカ文明の伝承には、いくつもの絵画があります。そこには、春や秋にキスゲの花が咲いていない絵もあったようですね。世界樹を間近にした特別な環境が、花をたくさん咲かせているとも言われています」

「へえ」


 ニッコウキスゲあるいはゼンテイカとして知られる花で、朝に咲き夕方にしぼむという一日花である。しかし年中咲くのなら枯れることはないのだろうか。そう思ってサツキが聞くと、


「常に同じように咲いているように見えますが、一日置きに咲く個体と次の開花に備える個体があるともいいますね」


 とのことだった。


「昔話やおとぎ話では、夜空にきらめく星々が翌朝にこの高原に落ち、黄色い花を咲かせた、とされており、その星々が咲かせる花が翌日のみだといいます。この花々を星だと考えると、この天空回廊の景色は星空を歩いているみたいじゃないですか?」


 明るい笑顔で花々を見るクコに、サツキも同意する。


「うむ」

「ほんのわずな時間、夜空を飾っていた花々が、今は足下を色づかせているなんて素敵ですよね」

「まさに星降りだな」

「はい。だから、この辺りは星降高原と呼ばれるそうですよ」

「星降ノ滝ばかりが由来ではないのか」

「どうなのでしょうね。ふふ」


 クコは楚々と微笑み、言葉を続ける。


「それに、しょうくには花の名所が多いんですよ。元々は『せいくに』とも呼ばれ、それがなまって照花ノ国になったとも言われています。通常では見られない、どの季節にも咲く花が多いのが特徴です」

「でも、思えば世界樹だって、桜が咲き続ける大樹だったもんな。そういう名所が多いのはいいことだ」

「進路として、わたしたちは王都に行きたいと思っています。途中で通る光北ノ宮も『みやこ』として知られていますし、列車に乗るまでに照花ノ国のいろんなお花を見ましょうね」

「うむ。いいな」


 一面の黄色いキスゲの花を見ながら歩くことしばし、クコがサツキの手を引いて言った。


「あそこで休みませんか? 空に向かって寝転ぶのも気持ちよさそうです」

「そうするか」


 しばらく、二人は黄色い花畑に囲まれて寝転んだ。

 もう十五分くらいはそうしていただろうか、サツキが身体を起こすと、クコはすやすやと昼寝をしていた。


 ――起こすのも可哀想か。


 と思ったが、この天空回廊を歩くカップルがクコを見て優しく笑っているのを見て、サツキは考え直す。


 ――いや、あんまり無防備なのはまずい。


「クコ。起きて。行くぞ」

「あら……? おはようございます。……ええと、あっ! わたし、寝てましたか?」


 サツキがこくりとうなずくのを見て、クコは恥ずかしそうに立ち上がった。


「すみません。では、行きましょう! 休むならレストハウスです」


 自分に言い聞かせるようにクコは言った。



 また歩く。

 キスゲの花畑が終わる。

 この先には大きな橋があるのもうかがえた。


「渡りましょう」


 二人は、大きな吊り橋を渡り、橋の中腹まできた。

 下には川が流れている。

 随分と高い位置にかかっている橋で、落ちたらひとたまりもないだろう。だが、ここからの景色もいい。


「悪くないな。少し不安もあるが」

「ふふ」


 サツキのつぶやきを聞くと、クコは微笑んで手を握った。


「(大丈夫です。わたしがついてます)」

「(……まったく。橋の心配はしたが、怖いわけじゃ……)」


 にこにこと手を握り《精神感応ハンド・コネクト》を使うクコと足並みをそろえて橋を渡り終え、また歩く。

 またしばらく歩くと。

 レストハウスが見えてきた。


「あ。見えましたよ」

「まだ昼下がりだけど、今日は先へ進まなくてもいいのか?」

「いいんじゃないでしょうか。その代わり、また修業をしましょう」

「それもそうだな。よし、頑張るか」

「はい」


 二人は今晩の宿を求めて、レストハウスを訪れた。




 レストハウス内には、ハイキングコースを歩いていた人たちが休憩していたり、旅の人もいた。

 サツキとクコは食事をいただきながら、近くの席でしゃべる旅人の男女の話に耳を傾ける。


「この高原は、夜にはたくさんの星が降るらしいぞ」

「流れ星の名所なのよね」

「よく知ってるな。その通りだ」

「きのういっしょに徹夜でガイドブック見たじゃない」

「そうだった。でもここからはおまえの知らない話だぜ。それが翌朝には花になって咲くんだってよ」

「ロマンチック~」

「まあな」


 自分の手柄でもないのに誇らしげな彼に、彼女はうっとりと言った。


「ねえ、今夜はずっと星空を見てようね」

「空にあった花が地上で咲くまで、な」

「ステキ~」


 くだらない会話にサツキがジト目になるが、クコは楽しそうに聞いてから向き直った。


「サツキ様。わたしたちもいっしょに見ましょうね」

「あの二人といっしょは勘弁だ」


 呆れ顔のサツキだが、クコは目を輝かせて、


「違います。わたしたち二人で、ですよ?」


 サツキはやや顔を赤らめる。


 ――まったく、恥ずかしいことを平気で言うんだな。しかも恋愛感情もなさそうに……。


 ため息をつき、サツキは答えた。


「せっかくの名所だからな。見ないといけないな」

「はい!」


 クコが大きくうなずく。

 今度は、サツキの後ろの席で会話するさっきとは別の男女の声が聞こえてきた。


「さっきの騎士みたいな人は一人でハイキングしてたね!」

「ね! 仮装ハイキングかな?」

「普通あんな服と装備でハイキングしないもんなあ」

「あははー。じゃあ違うのかもね」


 どこまでも明るく陽気なしゃべり声と笑い声を振りまく二人だが、サツキはなんだか聞き覚えがあった。


 ――この声、もしかして……。


 男女の声は続く。


「あ! わかったぞ!」

「なにがわかったの?」

「追いかけてるんだよ!」

「ねえアキ、どういうこと?」

「これはボクの勘なんだけど、あの騎士は『まさしく、この先に行くでしょう』とか言ってただろう? だから、なにかを追いかけてるんだよ」

「はわ! 言われてみれば! でも、なにを?」

「ええと、エミはなんだと思う?」

「友だち?」

「それだ! どんな友だちかというと……そうだ! 馬さ! 騎士って馬に乗って戦うから騎士だろう?」

「うん。騎士の騎には馬の字が入るもんね」

「なのに、あの人は馬といっしょじゃなかった。馬とはぐれちゃったんだよ」

「可哀想~。でもきっと見つかるよ! だって、この先には牧場があるもん。ねえ、アタシたちも明日は牧場に行ってみようよ!」

「うん、それがいいや! あの騎士が馬と会えたのか、確認してあげようよ」

「今度会えたら、あの騎士の人を笑顔にしてあげよーう!」

「そして! 明日はいっぱい牛の写真撮るぞぉー!」

「おぉー! やっちゃえー!」


 二人は、彼の勘から始まり創作された物語だということさえ忘れたように、名も知らない騎士のために明日の予定まで決めたようだった。もっとも、それはついでのようだが。

 クコはまたにこにこしてサツキに提案した。


「サツキ様。わたしたちも明日は牧場に行きましょう。この先にある牧場で食べられるソフトクリームは絶品だそうです。ジンギスカンもおいしいそうですよ」

「それは構わないが、ちゃんと話聞いてたか?」

「はい。そのつもりですが」

「だったら、もっと他に考えることがあるじゃないか」

「馬の心配、ですか?」

「違う。騎士のことだ。あれはおそらく、バスターク騎士団長だと思う」

「そうなんですか」

「他にない。俺の推測では、騎士たち五人は三手か五手に分かれた。俺とクコの進路に心当たりのあるバスターク騎士団長は、手柄を独り占めにするため一人で行動することを選び、残る四人は二人組になるか別々か。二人組が妥当だろう。で、例の魔法道具《地図をなぞる者マップトレーサー》でおおよその当たりをつけて、俺たちを探してる最中だ」

「追跡精度を考えると、見つかるか微妙なところですね」

「うむ。現にバスターク騎士団長は俺とクコを見逃し、先に村を抜けてこの星降高原を進んでいる。『まさしく』って口癖はバスターク騎士団長のものと一致するし、この先へ行くというのは、それがちょうど進みやすい道だからだ。つまり、バスターク騎士団長は牧場になど行かないから俺たちが寄るのは構わない。レストハウスで一泊するのも距離が取れてちょうどいい。が――この先、いつバスターク騎士団長と再会するかわからないということだ。もちろん、他の騎士四人にも」

「待ち伏せをされたら、ここで取れた距離もなくなりますからね」


 うむ、とうなずきサツキは立ち上がった。


「クコ。少し、試したいことがあるんだ。バスターク騎士団長との再戦で使い物になるかわからないが、まずはやってみたい」

「わかりました。付き合いますよ」


 さっとクコも立ち上がると、サツキの後ろから声が上がった。


「あー!」


 と、エミがサツキとクコの顔を見て驚いている。アキも二人に気づいてうれしそうに言った。


「クコちゃんにサツキくんじゃないか!」

「また会えたね!」

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