13 『圧縮×必殺技』

 めいぜんあきふく寿じゅえみ

 二人は、サツキが星降ノ村で出会った旅人で、明るい笑顔が印象的だった。クコがサツキと出会うまでの回想にも登場していた。

 立ち上がったアキとエミは、サツキとクコの手を取って再会を喜ぶ。


「ボク、うれしいよ!」

「アタシもハッピー!」


 くるりとエミがその場でターンする。

 クコがにこりと笑顔で挨拶する。


「わたしもお会いできてうれしいです。どうしてこちらに?」

「アタシたちの実家、星降ほしふりむらだからね!」

「また旅の準備をして、今朝に村を出たんだ!」


 この二人にお礼を言いたいと思っていたサツキが口を開く。


「昨日は、なんていうか、幸せのおすそ分け、ありがとうございました。おかげで、いい刀に巡り会えました」


 サツキがそう言って自らの腰の物へ目を落とすと、アキとエミは自分のことのように喜んでくれた。


「すごいやサツキくん! かっこいいよその刀!」

「侍になったんだね!」


 わーっと笑顔で拍手する二人の賑やかさに、周囲の人々もサツキに注目した。


「なんだ?」

「あの少年がどうしたって?」

「誕生日かな?」

「ここじゃあ、めでたいことはみんなで祝うのがルールだぜ」

「おめでとーう」

「やったな!」


 周囲の声援に照れくさくなったサツキは帽子で目を隠す。


「ど、どうも」

「サツキくんかわいい~!」


 エミがパシャリと写真を撮る。アキも大きくうなずく。


「だね! 侍になったばかりだから初々しいや!」

「ちょっと、写真なんて――」


 と、サツキが顔を覆おうとしたとき、


「今だ! 《最高ノ瞬間シャッターチャンス》!」


 パシャリと、アキが写真を撮った。

 フラッシュがたかれてサツキは目を閉じ、開く。


 ――あれ?


 写真を撮られた照れもあってうまく言葉が出ない中、サツキは疑問を持った。


 ――写真を撮られる直前と今とで、エミさんの立っている位置が違ってないか?


 しかし、エミ当人は何事もなかったように、既に写真を撮り終えたような素振りで会話を進める。


「アタシたちの村はこの近くって話したけど、また旅に出たんだ。それで家から持って来た物があるんだけどお土産にあげるね!」

「猿猫人形焼き、猫印ひときれカステラ、和菓子造りラスク、星降せんべい、照花しょうかプリン、いちご王国照花しょうかバームクーヘン、あとは世界樹の塩羊羹と水羊羹も!」

「猿猫人形焼きは三種類のお猿さんと眠ってる猫ちゃんが人形焼きになってるの。猫印ひときれカステラも眠ってる猫ちゃんが包装に描かれてて可愛いよ!」

「眠ってる猫は平和のシンボル、三匹の猿は叡智のシンボルなんだ!」

「トチカ文明の壁画に描かれてる四匹だね」

「星降せんべいは星形だよ」

「チーズケーキもやるよ。照花スイーツの定番だぜ。やっぱり誕生日にはケーキだよな」


 と、さらりと近くにいたおじさんも誕生日プレゼントにケーキをくれた。しかし、サツキの誕生日は五月五日だからひと月ほど早い。

 クコとサツキは困ったように微苦笑を浮かべる。


「大変ありがたいのですが、こんなには持てないです」

「お気持ちだけで……」

「まだちょっとは入るんじゃない?」

「えっと――」


 エミがサツキの帽子を手に取り、二人して帽子にお土産を入れてゆく。


「あ、入るじゃないか」

「えへへ。よかった。まだいっぱいじゃないね」

「え」


 口を押さえてクコが驚く。

 サツキも驚いて、帽子の中を覗き込む。すると、物を入れるとき、帽子内が不思議に揺らめき、帽子の底が見えなくなっていた。

 まさか、帽子の中が四次元空間であるかのようにどんどん入るとは、予想外だった。帽子の形状も変わらない。


「これは一体……」


 ぽつりと声を漏らすサツキに、アキとエミが説明してくれた。


「『ふさ』の《ぼう》だね。四次元空間になった部屋みたいなものだよ」

「帽子に入る形状の物ならなんでも収納できるの。どんな物でも入れられるけど六十四個まで」

「そんな効用があったんですね」


 クコが目を輝かせる。しかし二人はそんなクコの声など聞いておらず、エミが帽子に手を入れて、


「あはは。アタシたちが入れてたレモン牛乳まだあるよー」

「悪くなる前に飲んだほうがいいよ」


 と、アキがサツキとクコにビッと親指を立ててみせる。

 しゃべりながらあっという間にお土産を入れ終え、アキとエミは腰に両手を当てて胸を張った。


「《どうぼうざくら》はすごいんだ」

「どんどん使ってよね」


 サツキが質問した。


「他にどんな使い方ができるんですか?」

「見たり投げたり出したりとか、なんでもできるんだよ」


 アキのいまいち要領を得ない解説を聞き、サツキは質問を継ぎ足そうとした。だが、エミがクコに質問した。


「クコちゃんとサツキくんはこれからどうするの?」

「わたしたちは武術と魔法の修業をしようと思ってます。サツキ様が試してみたいことがあるそうなので」

「二人共努力家だなあ! 頑張って! ボクたちはキミたちの味方さ」

「ファイト! でも、どんなときも、焦らず気楽にだよ? じゃあアタシたちは予定もあるし、先に行くね!」

「また、何度でも出会おうよ!」

「ごきげんよーう!」


 アキとエミからのエールを受け、クコとサツキは礼を述べる。


「はい。ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 スキップをしながらレストハウスを出てゆくアキとエミの二人を外まで出て見送り、サツキはつぶやく。


「また聞きそびれてしまった」

「また今度聞きましょう」

「そうだな。アキさんも言ってた。何度でも出会えばいいんだ」

「はい。それに、《ぼう》だけでも素晴らしいです。上手に使いましょうね」

「うむ」


 外に出たついでに、サツキとクコは剣と魔法の修業をすることにした。

 すると、歩いていたアキとエミが振り返った。

 二人は《ブイサイン》と《ピースサイン》を作ってそれをサツキとクコに向けた。


「頑張ってる友だちに、《ブイサイン》だ」

「大好きな二人だから《ピースサイン》」


 エミはそっと小槌を二回振る。


「またいいことあるといいね。《うちづち》を振っておくよ」


 そしてまた、アキとエミは限りない愛をまとい天衣無縫に歩き出す。




 夕日が沈みかける。

 キスゲの花がしぼんでゆく。地上の黄色が消えてゆくのと反比例するように、空の黄色は増えていった。

 星々が浮かび上がって夜空にきらめきが散りばめられる。


「今日はこのくらいにしましょう」

「うむ」


 サツキとクコはそれぞれ毎日のルーティーンをこなし、そのあと二人で剣を合わせる修業をしたのだが、二人共汗びっしょりになる。


「お風呂に入ったら、ご夕食をいただいて、そのあといっしょに星空を見ましょうね」

「そうしよう。天体観測の前に、夕食のあと少し魔法の修業も付き合ってくれないか」

「わかりました」


 入浴は疲れを癒やすところ。しかし、サツキは日課にしているトレーニングがある。浴槽の中で、手をグーパーさせる。何度も拳を握る。これによって握力を鍛えるのである。水中だと負荷がかかるため、効率がいい。


 ――さすがに今日は、剣の修業のあとだから力が入らないな。


 やっと握力トレーニングも終わって風呂を出る。

 食事もいただき、少し休んだら、魔法の修業をやった。ただしこれは、クコの魔力コントロールの感覚を、《感覚共有シェア・フィーリング》でサツキも体験するもので、疲労のかさむほどのことはしない。

 額を合わせ、その感覚を焼きつける。

 距離を取り、腰を下ろしてサツキは言った。


「クコ。俺とクコは、騎士と戦う上での必殺技のようなものがない。騎士との戦いを踏まえ俺なりに考えてみたが、やはり必殺技が必要だと思う。戦術を組み立てる上でも、それがあるとないとではまるで違う」

「必殺技、かっこいいです! サツキ様、どのようなものがいいのか、考えはおありですか?」


 クコがわくわくしたように問うが、サツキはかぶりを振った。


「俺には目の魔法があるからな。しかし、欲しいのは高火力の技。原理的にほかの種類の魔法でないと決定打は望めない」

「そうですね」


 サツキは自分の考えをまとめるようにポツポツと語り出す。


「バスターク騎士団長の魔法は、手から炎を生み出し、それを操るものだった。炎が形を変えたことには驚かなかったが、あの炎には硬度があった。木を切り裂くほどの硬度だ」

「そこから、なにがわかるのですか?」


 クコの質問を受けてという意識はなかったが、サツキは考えながら自然と回答した。


「炎を気体から固体へ変化できたように、魔力というものは『物質の三態』すら変化可能と推測できる。気体、固体、液体はそれぞれ密度が違うのにだ。そこで俺は、こう考えた。体内で練り込む魔力の密度も変えられるのではないか、と」

「魔力の密度……?」


 まるで考えたことのなかった発想に、クコは目をしばたたかせた。しかしクコは思考が柔軟なのか、すぐに手を合わせた。


「いいと思います。わたしにはそのイメージがあまり湧かないのですが、サツキ様にならできるように感じます」

「まあ、簡単なイメージで言えば、例えば魔法で刀を作るとする。同じ見た目の刀を作っても、小さな魔力で作られた刀より、大量の魔力を注ぎ込んで作った刀のほうが、より強度のある刀が作れると思わないか?」

「そうかもしれません。一般的に、大きな魔力を注ぐほど、出来上がる物も大きくなる。けれど、確かに密度だけ変えれば、より強度の高い物を作れるわけですね」


 サツキは己の右手のひらを見つめ、


「うむ。そして、もし魔力の密度を変えられるならば、魔力の圧縮も可能なはずだ」

「圧縮……ですか?」


 いまいちピンときていないクコに、サツキが説明する。


「さっきの刀を爆弾でイメージするとわかりやすい。同じ見た目で、より強力な爆弾を作るなら、より大きな魔力を爆弾に圧縮すればいい。これと同じ原理の魔力を俺の拳や刀にまとわせる。圧縮された魔力を攻撃時に一気に解き放つことで、俺でも高火力の技が出せると思ったのだ」

「すごいです。そんなことが可能なんですか?」


 真剣な顔で質問するクコの顔を見て、サツキは苦笑した。


「その人なりの理論が出来上がっていれば魔法は使える。そう教えてくれたのはクコじゃないか。さっそく、今からやってみるか」

「善は急げですね! やりましょう」


 それから、サツキは実際に試すことをした。

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