14 『易者×人相』
夜も更けてきた。
修業を終え、サツキが欠伸をする。
「お疲れですね。頑張りましたもんね」
「いや、これくらいは……」
「今夜は、星を見ませんか」
「うむ。そうだな。修業も充分やって、これ以上は体力的に効率が悪くなり過ぎる」
体力を考えるなら、もっと前から効率は怪しい。だが、それでも頑張ってやらないと、次にバスタークに会ったときにも戦えないとわかっていたから、必要なことでもあった。
クコもそれをわかっていっしょに頑張ったが、さすがにもう休んだほうがいいと思っていた。
――わたしのために頑張ってくださる、ひたむきな横顔を見ていると、胸がうずいてしまいます。なんだか、大切すぎて、抱きしめたいのに触れられないみたいな……。
自分も共に頑張るのがいいのか、無理しないよう優しく労るのがいいのか、それとももっと頑張れるように導きを示すのがいいのか。
今のクコにはわからなかった。
二人はレストハウスの外に出た。
外はかなり涼しかった。寒いくらいである。四月になったばかりだというのに、冬の風が迷い込んでしまったように素肌に染みる。
サツキとクコは、そろって星空を見上げる。
空一面を、星が満たしていた。
月の見えにくい空だったから、星の輝きが月明かりに消されることなく光っている。
瞬く星も、置いていかれた季節の匂いも、この高原にあるすべてが、サツキには特別に感じられた。
一生懸命になって星を見上げているサツキを、クコは微笑みとともに見る。
サツキは感嘆したようにつぶやいた。
「こんなに明るいんだな」
「そうですね。こぼれるほどに星が見えるからでしょう。神秘的で、美しいですね」
「うむ」
「あ! 流れ星です!」
と、クコは空を指差す。
「……見逃してしまった」
ちょっぴり残念そうにするサツキにクコは優しく言った。
「ここは、流れ星の名所です。今も満天の星が咲き誇っています。明日に花を咲かせる準備をするため、たくさんの星々が地上に舞い降りてきてくれますよ」
「そうだな」
このあと、クコの言う通り、流れ星の名所だけあってたびたび流れ星が見られた。糸を引いた星は、あのあとどこへ舞い降りるのだろうか。
そう考えていたところで、サツキは聞いた。
「クコ。世界樹ノ森で言ってた星座の話、教えてくれるか」
「はい。ええと、まずあそこに見えるのがしし座ですね。昨日は薄まっていたものが、また強く光ってます。いつもひときわ明るく輝くさる座なども動いていますし、もっとも美しい星とされる浪漫座や力強い船乗り座も。いろんな星に動きがあります。そして、あの不思議なたか座と神々しく強烈なあらし座も、新しい星と接触しそうです」
「なんだか、物語を聞いている気分になる。この世界の星はおもしろいな」
「ふふ。わたしもこんなに星々が動くのは見たことがありません。普段からよく天体観測していたわけではないのですが」
「いろいろ教えてくれてありがとう」
「いいえ。聞きたいことがあればなんでも聞いてください」
「また頼らせてもらうよ。さて。遅くなってきた。そろそろ寝よう」
「はい。これ以上は身体も冷えますからね」
二人は部屋に戻り、この日は就寝した。
翌朝、体力が回復したサツキとクコは早朝から少しばかり修業して、十時前にはレストハウスを発つことにした。
レストハウスを出るとき、ひとりの男性とぶつかりそうになるが、気づくのが早かったおかげで互いにうまく避ける。
「すみません」
「失礼します」
サツキとクコが会釈して去ろうとすると、男性に呼び止められる。
「よいですかな」
二人は振り返り、クコが聞いた。
「なんでしょう」
「お二人の人相、おもしろいものがある」
「はあ」
「まあ聞きなさい」
そう言われると、クコは元来が素直な性格だからすっかり耳を傾ける姿勢になっている。サツキもクコに倣う。
「私は易者をしてましてな。名を、
随雲は、年は四十後半から五十歳くらいと思われるが、年齢のわかりにくい出で立ちの人である。背はあまり高くはない。クコより少し高い程度で、易者らしくもありどこか茶人らしさのある服装をしている。
慈悲深い優しさのある顔の目の奥には、鋭さが宿っている。その目でサツキとクコを見て、差し招く。
「こちらへ」
「はい」
クコが一歩随雲に近づくので、サツキもクコの横に並ぶ。
「……」
「あの、なにがおもしろいのでしょうか」
少女の純粋な質問に、随雲はにこりともせず、しかし優しく語り出す。
「かれこれ、三十年になりましょう。私が易者をして方々を歩き回り、いろいろな人間の顔を見てきた。世のことを学び、政治に経済、なんでも見た。学問もやりました。ただ顔だけ見て歩いたのでもありません。人相を見る術は確かなものになったと、そう信じておりました。あなた方を見るまでは」
「では、わたしたちを見て、まずいことがあったのですか?」
「まずいかまずくないか、私の術が正しければまずくはない。あなた方はね。しかし、疑問も浮かぶ。なぜならあなた方お二人、この年頃の少年少女が持ち得ぬ奇相をしている」
奇相、つまり特殊でめずらしい人相ということになる。
「どのようなものなのでしょう……」
不安げなクコに対して、サツキは口を挟まずに一つだけは結論を出していた。
――まず、悪いことじゃない。本人がそう言ってる。
そこはいい。
――だが、ここでまずいのはクコが王女だと気づかれることだ。
なぜなら。
――王女だと人相でわかるものでなくとも、常人と違うと術で出ているという。俺もこの世界の人間じゃないしな。魔法だろうか。ただ、いずれにしても、この人相見の結果は、おそらく、俺とクコにとって良いもの……。
果たして、随雲は言った。
「天下を取る人相とでもいいましょうか。少年がそうです。少女のほうは、すでに貴種か……。私は年来の有力者の顔は見てきました。だが、この晴和王国において、天下を取れる器量はないように見える。あと私が見ていない有力者は、若くておかしな評判を持つ
「それなのに、サツキ様が……」
「サツキさんといいますか。ええ、サツキさんの人相には今まで見てきただれよりも器量があるようにうかがえる。いや、備わるだけの器を持つという、その段階でしょうか」
ふむ、とサツキは考える。
――あながち、的外れでもない。なぜならば、俺はクコとともにアルブレア王国の天下を取らなければならない。ブロッキニオ大臣の手から取り戻す形式といってもよい。それが叶うという話じゃないか。
サツキは言った。
「間違いはないでしょう。『
「一理あります」
「しかし、その人相見の術は正しかったと思ってください」
「ほう。それではあなたは、この晴和王国を統一しようとされますか」
「その答えは保留いたします」
「またおかしなことを言いますな」
「代わりに、名乗りましょう。
別段、天下取りの器と言われてもうれしそうにせず、傲慢でもなく、淡々と保留しながらそう申し出る少年に、随雲は興味を覚えた。
「ええ、ええ。覚えましょうとも」
あるいは、と随雲は思う。
――この保留は、自らの努力で埋めるための余白のようなものだろうか。おかしな少年だ。しかし、せっかくの器を見たのだ。この器を大事に大事に育んでもらいたい。
クコへと顔を向け、随雲は語を継ぐ。
「よく愛し、よく助け、よく励ましなさい」
突然に助言をされても、クコは即座に答えた。
「はい。もちろんです」
「大事に大事に育むのが大切ですぞ。大輪の花ほど栄養も必要。栄養とはさまざまあるが、なにより努力。人の何倍も頭を使い、努力も何倍とすることが二人に強い運を向かせるでしょう。よいですか、その人相がたくましくなるようにするのは、努力です」
「心得ました」
返事の響きのよいクコに満足し、随雲はうなずく。
「賢い子だ。優しい子でもある。ただ――」
と、その顔をサツキに向ける。
「本当の知略、駆け引きは、だまし合いではない。嘘やだまし合いが駆け引きだと勘違いしている人がいるが、真心を持てば本当の知恵がなんたるか、あなたにはわかるはずです」
「はい」
それだけ答えたサツキにも満足した随雲は、もう言うこともなくなったのか、ひと言だけ残してサツキとクコに背を向けた。
「では」
サツキとクコも顔を見合わせて、
「行くか」
「そうですね。なんだか幸先がよい気持ちです」
と歩き出した。
その後、随雲は歩きながら、口の中でつぶやく。
「城那皐。彼の真価が見たい」
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