15 『登録×所望』
景観のよい高原をまっすぐ歩いてゆくと、牧場が見えた。
この牧場のレストハウスに来るまでにも、左右に牛や羊の姿を見ることができる。サツキは動物が好きと見えて、よく首を動かして「あの羊はモコモコしてるぞ。図鑑で見た以上だ」などと楽しんでいるようだった。
やっとレストハウスの前に来て、クコは言った。
「たくさん羊が見られましたね」
「うむ。レストハウスの看板にも、ジンギスカンとある」
「食べましょうか」
「そうだな。俺は、ラム肉も好きなんだ」
「あ、牛肉はステーキの串があるそうです。牛も気になっていましたが、メインはジンギスカンにして、串のステーキも一本ずついかがでしょう?」
「うむ。ソフトクリームはデザートだな」
「はい。ふふ、サツキ様は意外と甘い物もいける口ですね」
「当然だ」
ちょっとうれしいのか楽しいのか、サツキの顔に笑みが浮かんでいるので、クコも笑顔になる。しかし、その笑顔には憂いのような色も含まれていた。それにサツキは気づいていない。
「では参りましょう」
レストハウス内は広くて開放的だった。
窓の外がよく見える席に案内され、山並みを眺めながらの食事である。
「お待たせいたしました。ジンギスカン一人前を二つです」
ウエイトレスがサツキとクコのジンギスカンをそれぞれ二人の前に置いて、奥に下がった。
「お肉もお野菜もいっぱいですね」
「うむ。おいしそうだ。いただきます」
「はい。元気をつけてくださいね。ではわたしも、いただきます」
さっそくジンギスカンを食べる。
臭みもなく食べやすいラム肉だった。サツキが先に平らげ、クコもほとんど同時に食べ終える。
二人共あまり食事のスピードは速くないので、ゆったりとお上品に食べているようにも見えるほどだったが、のどかな空気が流れているためか、お客さんの姿は多いもののじっくり味わえた。
「おいしかったですね」
「最高だった」
「それはよかったです」
「クコは、すぐに牛串焼を食べられそうか?」
「はい。わたし、結構食べられるほうなんですよ」
「頼もしいな。俺もいけるし、食べるか」
「そうしましょう」
串焼き屋は、レストハウスの中でも入口に近い場所にある。そこで牛串焼を一人ひとつずつ買って食べた。
「こっちもいいぞ」
「ですね。芳潤です」
食べてばかりいる二人だが、まだ食べたいものはある。クコはその目的物を見つけて指差した。この串焼き屋の隣である。
「ソフトクリームはあちらです」
「デザートだな」
サツキとクコはソフトクリームも注文した。
二人の手に渡り、同時に食べる。
「濃厚ですね」
「それでいてまろやかだ。おいしい」
「はい。おいしいです」
そんな二人の横で、陽気な声が会話を紡ぐ。
「ソフトクリームといえばやっぱりここだよね!」
「はぁ~! 甘くて幸せ~! 笹栗原牧場がいっちばん!」
「久しぶりに牛や羊と遊んで楽しかったなあ」
「馬には乗る機会あっても、羊と遊べることって少ないもんね」
「そういえば、あの馬とはぐれちゃった騎士の人は見かけなかったぞ」
「きっともう会えて、旅立ったんだよ!」
「そっか!」
「そうだよ」
「ジンギスカンも食べて体力マックスだし、午後もたくさん写真撮るぞー!」
「おぉー! 撮ろーう!」
と、弾むような声でくるりとターンする少女。若作りな顔のせいで少女に見えるが、実は二十歳を超えている彼女は、ターンのおかげで後ろにいた少年少女の存在に気づく。
「わー! クコちゃんにサツキくーん!」
「ホントだ! また会ったね!」
はしゃいでいた男女は、サツキとクコもよく知る二人組、アキとエミだった。
「クコちゃんってば顎にクリームついてるぞー!」
そう言って、エミがクコの顎に人差し指を伸ばし、クリームを取ってぺろりと舐める。
「ありがとうございます」
はにかむクコに、エミはにっこり笑いかける。
「いいえー! あ、サツキくんもだよ?」
エミに指摘され、また手を伸ばしかけた彼女にクコと同じことをされないよう、サツキはやや顔を赤らめ慌てて口元を拭った。
「大丈夫です」
「あら。恥ずかしがり屋さんなんだね」
優しく言われて、サツキは帽子で目を隠し、照れた素顔を見せないようにした。
そこに、このわずかな間に場を離れていたアキが走って戻ってきた。
すぐ前にある売り場で、買い物をしてきたらしい。
「クコちゃん! サツキくん! ここに来たならかき氷も食べなよ! 牛乳もあるんだ。どっちもおいしいんだよー!」
アキが爽やかな笑顔でサツキとクコの前に牛乳ビンとかき氷を差し出す。
「ありがとうございます」
「すみません、アキさん。では、ありがたくいただきます」
さくりとコーン部分を口に入れて、サツキは牛乳ビンとかき氷を左右の手でそれぞれ受け取る。クコは片手にソフトクリームを持ったまま牛乳ビンを受け取りポケットに入れて、そのあとでかき氷を受け取った。
「サツキ様はソフトクリームを食べるのが早いですね」
「おいしくてつい、な」
サツキもクコのマネをしてポケットに牛乳ビンを入れ、先にかき氷を食べようとすると、アキが笑いながら二人の牛乳ビンとクコのかき氷を手に取った。
「帽子に入れればいいよ。リンクすればすぐ取り出せるじゃないか」
「まだ八つ登録してないよね?」
「なんの話ですか」
《
「『望む』の《
「所望する帽子だよ」
「帽子に登録した物を、望んだ場所に出現させるんだ。試しに今手に持っているかき氷でやってごらんよ」
「借りるね」
エミがサツキの帽子を取って、帽子を広げたままサツキに見せる。
「はい。かき氷を持ったままの手をこの中に入れて」
サツキは言われた通り、かき氷を持った右手を帽子の中に入れた。
「かき氷が帽子の中に入ったら、魔力を流し込むんだ」
「流し込みました」
手を離し、かき氷を帽子の中に収納する。
「これで登録完了っ。簡単でしょ?」
「さっそくやってごらんよ」
エミは膝に手をやってかがんで、サツキの顔を覗き込み、
「右手にかき氷を出したーい! って、念じるだけでいいんだよ」
「わかりました」
サツキはなにも持っていない右手に視線を落とす。握る力が弱いと、重さや筋肉の感覚がついていかずに落としてしまうかもしれないと考え、「よし」と気構えて、いざ呼び出す。
フッと右手にかき氷が収まった。置いてあるかき氷を持ち上げた工程があるかのように自然に持っている。感覚も思いのまま、といった感触を受けた。
「これは確かに便利だ」
サツキの魔法成功を見て、アキとエミが「わー」と笑顔で拍手した。つられたクコもいっしょになって拍手する。
「サツキ様、すごいです」
「うんうん。これで、いつでもどこでも牛乳ビンを呼び出せるね。でも、あんまり帽子から離れてちゃ出現させられないよ」
「具体的にはどれくらいの距離まで大丈夫なんですか?」
「身体の周りまでなんだって」
エミの返答を聞いて、アキが首をかしげる。
「あれ? 腕を伸ばした範囲って言ってなかったっけ?」
「うーん。そうだったかな? でも、足が長い人が有利みたいな話をしてなかったっけ?」
「それでボクたち悔しい思いをしたんだよね」
「うん。アタシたち二人とも一六五センチだもんね」
どうやら二人もわかっていないようだった。
そのあとも、二人は自分たちの会話を続けていたので、サツキはすぐに別の使い方を考えた。
――もし、刀と鞘をそれぞれ登録したらどうだろう。鞘にある刀が、いつでも手の中に現れる。逆に、戦闘中、間合いを詰めて一瞬で刀を鞘におさめ、拳での攻撃に切り替えられる。
アキとエミの楽しそうな声で、サツキは我に返る。
「こっちもおいしいよ!」
「天然の氷なんだよ。優しい口溶けって評判なんだから!」
「ふんわりしてるんだ」
クコもサクサクとコーンを食べて、サツキは帽子から取り出したかき氷をクコに渡し、二人いっしょにかき氷を食べる。
サツキはかき氷を味わって、
「ほんとだ。柔らかくて溶けるみたいです。おいしい」
「でっしょー?」
「アタシたちのおすすめなんだー!」
そう言って、アキとエミは今度はクコを見る。しかし、クコはスプーンを持った右手で頭を押さえて目をぎゅっと閉じていた。
「ん~っ!」
「あはは。一気に食べ過ぎだよー」
「あるある! 頭がキーンとするんだよね!」
二人が優しく見守るように笑い、クコも頭の痛みが治まったのか照れたように笑った。
「えへへ。おいしいです」
「だよね!」
「よかった、クコちゃんに喜んでもらえて!」
アキとエミは、本当にだれかに喜んでもらえることが好きな人たちのようである。
まだかき氷が紙の器の中にこんもり残っているサツキとクコを差し置き、アキとエミは手を振って歩き出していた。
「じゃあボクたちはそろそろ行くよ」
「たっぷり楽しんでね! アタシたち、この近くにいるっていう幸せの青い鳥を探してるの!」
「
「その中でもおっきい特別な青い鳥!」
「山を駆け回って写真を撮るんだ」
「だからアタシたちもさっきラム肉をもりもり食べて元気つけてたの」
「そのためにも……」
パシャリ、とアキとエミがカメラのシャッターを切ると、カメラからポンチョが出てきた。トラの柄に見えるが、二人が羽織ると、それはネコのようでもあった。
「この《
と、エミがポンチョのフードをかぶる。
アキは一歩横に動く。
「ほら。ボクとエミの足跡がポンチョの動物のものと同じになってるでしょ?」
クコとサツキが地面を見ると、さっきアキの足があったそこには、ネコの足跡が残っていた。
「匂いもその動物と同じ、足音もその動物と同じって優れものさ」
「つまり、アタシとアキは今、歩いてもトラ猫の匂いしか残らないし、トラ猫の足音しか聞こえないってことだね」
二人がサツキとクコの周りをぐるぐる走り回っても、確かに足音がほとんど聞こえない。地面にもネコの足跡しか残っていなかった。
「すごいですね。では、そのトラ猫のジャンプ力を生かして、山を駆け回るんですか」
クコが納得してみせると、エミが平然とした顔で答える。
「違うよ」
ずこっとクコがこける。
「《
そんなアキの説明を受けて、クコは心配して聞く。
「それだけでこの険しい山を駆け回るなんて、大丈夫なんですか?」
アキとエミは、得意そうに腰に両手を当て、トンとかかとを鳴らして靴を見せる。右足のかかとだけを地面につけ、つま先を上げるかっこうである。
「大丈夫! ボクらにはこの《キックストロング》があるからね!」
「キック力がアップするスニーカーなんだよ! 地面を蹴る力も上がるから、速く走れるし高く飛べるし、どんな崖だってのぼっちゃうよ!」
「見つけて写真撮ったら、クコちゃんとサツキくんにも見せてあげるよ!」
「幸せのおすそ分けだよ!」
「《ブイサイン》」
「《ピースサイン》」
二人がポーズを取って、サツキとクコに勝利祈願の魔法と安全祈願の魔法をしてくれた。
アキがエミを見る。
「エミ」
「うん!」とうなずき、エミが小槌を取り出してサツキとクコに振った。
「《
「そういうことだから!」
「またどこかで会えるといいね!」
「牛乳もおいしいから、悪くなる前にちゃんと飲むんだよ!」
「ごきげんよーう!」
大きく手を振って、アキとエミの二人は嵐のように走り去る。
レストハウスを飛び出した二人は、数メートル先にある、自分たちの背の高さほどもある柵を軽々飛び越えていった。地図にもない道なき道を駆けてゆく。
「すごいジャンプ力だ……」
毎度の二人の勢いに呆気に取られるサツキだが、クコが隣で手を振って、
「ありがとうございましたー」
と言ったので、サツキもお礼を言った。
「ありがとうございました。さようなら」
それから、サツキはクコに言う。
「また帽子のこと、一つしか聞けなかったな」
「そうでしたね。でもサツキ様、なにか思いついたみたいな顔で真剣に考えてました。収穫はありましたか?」
「うむ」
クコがサツキに微笑みかける。
「では、かき氷を食べたら、わたしたちも出発しましょう!」
「東へ進めば次の町だったな」
「その前に、
三つの峡谷が連なった龍星峡。
サツキとクコの向かう先に、待ち受ける者は……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます