20 『灰色エンカウンター』

 ルカはカフェに入った。

 音楽が耳に入る。

 ジャズだった。


 ――店内では、音楽が流れているのね。ゆったりとして素敵なジャズ。音は……。


 音の発生源を探ると、巻き貝からだった。


 ――あれは、王都の喫茶店で見た。『喫茶あいの』だったかしら。《なみおく》という魔法によって、音の波が記録されている。でも、なぜここに……?


 店内には王都少年少女歌劇団のポスターが貼ってあり、その運営者が関わっているのかと思われるほどである。


「いらっしゃいませ」


 席に案内され、座ったところで。

 外からやかましい声が聞こえてくる。


「見つけた! 見つけたアル!」


 小さくため息をついた。


 ――騒がしい日。


 通り過ぎたはずのパンダのおもちゃみたいな自転車がまた戻ってきて、キキィーっと止まった。


「やっぱりそうアル!」


 窓越しにチャイナ服の女騎士が言った。


「うざい黒兎を見失ったと思ったら、『はなぞのまとなでしたからを発見アル!」


 ルカは席を立つ。


 ――注文さえしてないけど、このお店に迷惑はかけられないものね。


 すみません、と店員に声をかけて「用事があって」と謝り、店を出た。

 外では、女騎士が待っていた。

 彼女の乗る自転車は白黒でパンダを模しているが、ルカには厄介な気分が混ざって灰色に見えるようだった。


「爆速のアタシからは、逃げられないアルよ?」

「なにを言ってるのかわからないけど、相手してあげる。あなたが聞き分けなさそうで、この勝負が避けられないことは……ハッキリわかるから」


 女騎士は名乗る。


「アタシは『モノクロのぼうそうれっしゃ浦町矢春ホチョウ・ヤーバル。聞き分けのいいやつは、嫌いじゃないアルよ」


 ヤーバルは自転車にまたがったまま、叫んだ。


「ちゃあああああ! 《大熊猫加速パンダッシュ》!」




 ミナトは、王都で出会った友人二人とその連れの少女と歩いていた。

 ぺんぎんぼうやミュージアムを出て、船の案内所へ向かっている。


「クコさんは偉いなあ。強くなりたんだ」

「はい。今も修業の一環としてお二人のあとについて回っています」

「へえ」


 楽しそうにおしゃべりするアキとエミの背中を見て、ミナトは内心でおかしがる。


 ――このお二人は、修業しているようには見えないがなァ。


 ミナトはクコに聞いた。


「クコさんの仲間って、そんなに強いんですかい?」

「はい。みなさん、とっても頼りになります」

「これは船旅が楽しみだなァ」


 あのフウサイという忍者とその主人の少年のみならず、クコの仲間も強いときた。これは退屈しない旅になると、ミナトは確信した。

 アキとエミが振り返ってしゃべりかけてきた。


「このあとさ、船の予約したら『こども森林公園』と『こども王国』、どっちに行きたい?」

「『こども王国』のほうがちょっと遠いけど、どっちもいっぱい運動できて楽しいよ」


 クコがやる気満々の表情で聞いた。


「よりハードなのはどちらでしょうか」

「そりゃあ『こども森林公園』かな! 浦浜最大級の面積だし、ちびっ子動物広場なんてボクでも疲れちゃう」

「まあ、アキは動物たちに好かれやすいからね」

「では、わたしは『こども森林公園』に行きたいです! ミナトさんは?」


 そう聞かれても、ミナトはそのあとも行動を共にするかさえ決めていなかった。同行するにしてもどちらでもよかった。


「まいったなあ。僕は……」


 言いかけて、ミナトは立ち止まる。にこっと微笑む。


「用事を思い出しました。お先に行っていてください。僕は気が向いたらその『こども森林公園』に向かいます」

「そっか!」

「了解!」

「わかりました」

「待ってるよー!」

「ごきげんよーう!」

「では、お先に失礼します」


 三人が歩いて行ったのを見やり、ミナトは背後を振り返った。

 声をかける。


「いやだなあ。あの三人は僕の友人なんです。なにか因縁でもありましたか」

「もちろんだ」

「オイオイ、気づいてやがったのか?」

「おまえには関係ないってことだな」


 答えたのは、騎士らしい三人組だった。

 その後ろから、さらにもう一人出てくる。

 マリンルックで、パイプを口にくわえた、腕が丸太のように太い、金髪のメラキア人風。腰には刀がある。


「なんてこった! 鋭いやつめ! ワオ! で! オレが『ていとく華浜選原ケフィン・エルゲンだ! ワオ! メラキア出身! 腰の刀は良業物五十振りの一つ『ふなさきでいもん』! 狙いは『純白の姫宮ピュアプリンセス』ただ一人! が! 貴様の刀はもらってやってもいい! いいもん持ってんじゃねえの! ワオ!」


 身長は一七一センチほどの小男で腕の太さ以外強そうに見えないが、慕われているらしい。


「兄貴!」

「オイオイオイ、兄貴が戦う気だぜ?」

「戦う気がなかったらなにしに来たんだよ」


 三人組から信頼されている『ていとく』エルゲンは、ビシッと親指を立て、それを今度は下に向ける。


「貴様はバイバイだ! ワオ!」


 挑発をさらりと受け流すように、ミナトは肩越しにアキとエミとクコのほうをチェックする。姿が見えなくなったのを確認すると、刀の柄に手をかけた。


「実戦で試してみたかったんだ。新しい刀、『わのあんねい』。さっきは真剣勝負だったからそんな余裕もなかったもので」


 しゃべりながら抜刀、軽く三回素振りして、鞘に戻す。


「うん、思ったより扱えるじゃないか」


 すると、数メートル以上も離れた場所にいる三人組の騎士の持っていた剣が三本とも弾き飛ばされ、彼らの鎧にも切り傷がついていた。

 一拍遅れて気づいた三人組は、あわてふためく。


「ま、まずいぞ! あいつ、なにをどうやったのか分からねえが、離れた場所からオレたちの剣を弾きやがった! 逃げるぞ!」

「オイオイオイオイ、どこに逃げればいんだよぉー」

「いいからこっちだ!」


 蜘蛛の子を散らすようにこの場から逃げてしまった三人組を止めることもなく、それに怒ることもなく、エルゲンはミナトを見続けている。


「なんてこった! みんな逃げたぞ! 想定内だが! ワオ! で! オレが欲しかったのはそっちの刀! が! それもいい! くれ! ワオ!」

「困ったなあ。話し合いができなそうな人だけ残っちゃった」

「なんてこった! 困ったのなら! 笑うな! ワオ!」

「あはは。おかしいときは笑います。でも、せっかくの楽しい時間を邪魔されると気分が下がる。さっさと戦いましょうか」

「なんてこった! 戦闘好きに見えるのに! このオレを相手にして! 今は楽しくないって? 貴様の目は節穴ってことだオーケー? ワオ! おお!?」


 エルゲンは『ふなさきでいもん』を抜いて構えた。


「行くぞ! ワオ!」


 ミナトは澄ました顔でさらりと答える。


「どうぞ」


 埠頭地帯で、ミナトとエルゲンの戦いが始まった。




 その頃。

 エルゲンとミナトのバトルから逃げた三人組の騎士たちは通りを走っていた。

 前を走る二人に、後ろの一人が呼びかける。


「オイオイ、どこまで逃げればいいんだよぉ?」

「せっかくだ、あの剣士は情報もないしエルゲンさんに任せて、おれらで『純白の姫宮ピュアプリンセス』を捕まえるぞ」

「本来なら、クコ王女を捕らえられれば、それでいいんだからよ」


 後ろを振り返って答えた二人は、足を止めていなかった。

 そのため、人にぶつかってしまった。


「いてっ」

「んだよ」


 二人が前を向くと、そこには青と白のボーダーのノースリーブを着た金髪の青年が立っていた。

 青年は陽気な顔のまま声をかけた。


「なあ、おまえら」

「は?」

「邪魔だぞ、どけよ」

「オイオイオイ、ケンカはダメだよぉ」


 そして、前の二人の顔を見比べて、拳を握った。


「クコを追い回してる騎士だろ?」

「てめえ、士衛組の――」

「料理人か!」

「そうだよッ!」


 ぶんっと拳を振るって、騎士二人を殴り飛ばした。


「《スーパーデリシャスパンチ》!」

「うおおおおおおおお!」

「いてえええええええ!」


 吹っ飛んでいった仲間二人を見て、残った騎士はオロオロしていた。


「オイオイオイオイ、ヤバイだろ、これ。なんてパワーだよこいつ! 料理人じゃなかったのか? おれはどうすればいんだよぉ?」

「おまえはあいつら二人を連れて国に帰れ! まだやるってんなら、このだいもんばんじょうが容赦しねえぞ!」


 ビシッと指差すバンジョーに気圧されて、騎士は逃げるように二人の元へ駆けていった。


「オイオイオイオイオイ、わかったからやめてくれえ! 失礼しましたー!」


 騎士の背中を見送り、バンジョーは息をついた。


「ふう。やれやれ、困ったやつらがいるみてえだな。クコのやつ、大丈夫か? いや、大丈夫だろ。アキとエミがいるしな。あいつら強いし。あとは、サツキのやつも無事だといいが」


 ――こんなこと、オレから頼むまでもないだろうが……。


 バンジョーはどこへともなく、しゃべりかけた。


「サツキのこと、頼んだぜ。フウサイ」

「言われるまでもなく」


 それだけ言葉が返ってくれば、姿が見えずとも、バンジョーはもう安心だった。


「うし。オレはオレがやるべきことをやるか。あいつらが飯食いたくなったら作ってやれる準備はしておくからよ。思いっきりやってこい、サツキ」

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