19 『観照スペアタイム』

 トウリとウメノは、リラという同行者と共にあった。

 シーバスを降りて、美術館に到着した。


「ここが浦浜美術館ですね」

「おっきいです」


 リラとウメノが感心している横から、トウリが説明する。


「蔵書がたくさんあるからね。あらゆる分野の知識を引き出せる。リラさんは、なにか知りたいことはあるかな?」

「いいえ。絵が見たいですわ」

「じゃあゆっくり見て回ろう」

「はい」

「はーい」


 と、リラとウメノが返事をして、三人は浦浜美術館に入館した。

 館内は落ち着いた雰囲気で、絵もたくさんあってリラは飽きない。絵描きとしての想像力が刺激された。

 ウメノが一つの絵の前で立ち止まり、じぃっと見つめる。


「トウリさま? 姫は、この絵を王都で見たことがあります。二つあったんですね」

「似ているけれど、似て非なるものもある。が、これはまったく同じものだね。絵は巡るものだ。多くの絵は巡り、一部の絵は揺るがず同じ場所にあり続ける。巡った絵が戻ってくることもある。それは人間もそうだったりする」

「似てるけどちがう……あ! トウリさまとお兄さまのことですか?」


 トウリは苦笑した。


「それもしかり、なのかな」

「この絵は、次にどこへ行くんでしょうね」

「どこへ。それを考えるのもおもしろいものだ。たとえば……」


 と、トウリは別の絵の前に立った。二つの異なる絵の中間地点で、トウリは二つを見比べる。


「作者も違う。画風も違う。生み出された年代も国も違う。一方はユニークで、一方は厳かだ。異なるものが並ぶのもおもしろいと思わないかい?」

「姫は、絵を一つ一つ見てました。でも、そうやって並べて見るのもおもしろいですね」


 そんな二人の会話を聞いて、別の場所の絵を見ていたリラが戻ってくる。


「素敵な楽しみ方ですね。わたくしも」


 リラも真似して、二つのすべてが異なる絵を見比べ、小さく微笑む。


「いろんな世界が、この美術館にはあるんだって気づかされます」

「一つ一つを見るのは大切だよね。でも、美術館を一つの作品として創造した館長さんの芸術を見ると、気づかなかったことに気づいたりする。絵にも物語があるように、美術館にも物語があるしね。同じ作者の絵を年代ごとに並べれば作者の歩みを垣間見ることができることもある。反対に、異なる作者による異なる時代の絵を年代ごとに並べると、絵画史を見られる」


 トウリはだれにともなく言った。


「兄者のほうは、どんな歩みを刻むだろう……。さて、この物語群をまとめるために、おれもリラさんを無事に船の案内所まで送ってやらないとね。なんだか、騒がしい人たちがいるみたいだ」




 シーバスを降りて、町の中を歩いていたサツキとルカは、途中で変な声を聞いたが、そのあとは何事もなく、水族館前にたどり着いた。


「ナズナとチナミはもう来てるかもしれないな」


 サツキが館内に入ろうとするのに反し、ルカは足を止めた。


「ルカ?」

「私は遠慮しておくわ」

「そうなのか」

「ええ。ちょっとカフェで休んでるわね」

「わかった」

「楽しんできなさい」

「うむ」


 合流する場所も決めて、サツキは水族館へ、ルカはカフェへ分かれた。

 ルカは数十秒歩いて、振り返る。サツキはもう水族館へと入って行ったところだった。


 ――ほんと、なんで「私もいっしょに連れてって」のひと言が出ないのかしら。


 不意に都会の雑音が耳にさわる。


 ――あの子たち二人がいると、サツキの隣にいられない。後ろで見守るようにして、大人ぶらないといけない自分が嫌……。もっと可愛い性格に生まれたかったわ。いまさらだけれど。




 サツキが水族館に入ると。

 館内の受付の脇では、ナズナとチナミが待っていた。


「待たせたかな?」

「い、いいえ」


 ナズナはふんわりと微笑み首を横に振る。

 チナミは時計を見て、


「五分前です」


 と答えた。


「あの……ルカさん、は?」

「ルカはカフェで休んでるそうだ」

「そう、ですか」


 特別ナズナもルカが来るかどうかで感情の色を見せたわけではなかった。しかし、ルカとはまだあまり話したこともないから、表に出ないだけで苦手かもしれない。その点には触れず、サツキは言った。


「じゃあ行こうか」

「は、はい」

「御意」


 三人はさっそく水族館を回った。

 いろいろな魚を見る。エビやカニなどの水中生物もいた。天井がガラス張りになっているトンネルは、下から魚を見られる。


「魚のおなか……」

「おいしそう」

「え……」

「冗談」


 ナズナとチナミの会話に、サツキはくすっと笑った。


「綺麗だな。いろんな色の魚がいて」

「はい」

「光も、きれいです……」


 トンネルを抜けると、白いイルカの水槽があるエリアだった。丸い窓からシロイルカが顔を見せてくれる。

 シロイルカは可愛らしくてサツキも気に入った。


「イルカは超音波でコミュニケーションを取ってるんだ」

「す、すごい……です」

「かっこいい」


 サツキはイルカに関する記憶を引っ張り出す。


「確か、イルカは聞こえる音域が人間の七倍くらいはあったと思う」

「超……音波って、高い音……ですよね?」

「うむ。そういうことになるかな。人間には聞こえないほど高い音だ」


 そんな会話をして、シロイルカを眺める。すると、シロイルカが手を振ってくれたように見えた。


「手……振って、くれました」

「やったな」

「はい。イルカさん、かわいい……」


 ナズナが胸の前で両手の指を組んで高揚にしたように見て、チナミもこくっとうなずいた。


「うん。かわいい」

「チナミはなにか見たいものあるか?」


 こくりとチナミはうなずく。チナミにはお目当てがあった。提案する。


「ぺんぎんショーがあります。行きませんか」


 サツキを見上げる顔は、普段通りの無表情。しかし、期待に胸をふくらませた瞳だった。


「うむ。それがいい」

「楽しみ……」

「こっちです」


 パンフレットを片手にチナミはサツキとナズナを連れて進む。

 ぺんぎんショーは、結果からいえば大人も子供も楽しめるもので、三人は大いに楽しんだ。


 ――クコやルカやバンジョーにも見せてやりたかったな。


 とサツキが思うほどだった。

 よちよち歩く姿は愛らしくて、ずっと見ていられる。


「ぺんぎん、かわいいね」

「うん。最高」


 ナズナとチナミもぺんぎんにたっぷり癒やされたようで、三人は水族館を満喫したのだった。

 最後にお土産コーナーに立ち寄る。チナミはここでもぺんぎんのグッズを購入していた。サツキとナズナも記念に一つずつチナミにすすめられたぺんぎんグッズを買って、シロイルカのグッズも一つずつ買った。

 水族館を出たところで、サツキは二人に言う。


「土産物は俺が預かっておこうか? 帽子に入れればいいし。二人が持ってる《召玄袋しょうげんぶくろ》にも入るだろうけど、確か重さはなくならないって話だったろう?」

「はい。ではお言葉に甘えて。預かってください」

「お、おねがい、します」

「うむ」


 二人からお土産を受け取り、帽子に収納した。《どうぼうざくら》の『ぼう』の効果で四次元空間として収納することができる。

 ここで、二人とは一度分かれる。


「じゃあ、二人共気をつけて」

「大丈夫です」

「は、はい」

「付き合ってくれて、ありがとうございました」

「ありがとう……ございましたっ」

「こちらこそありがとう。楽しかった」


 そして、サツキは二人とは反対方向に歩き出した。

 ルカとの約束の場所へ行く。

 だが、ルカの姿はなかった。


 ――そろそろ時間になるが、なにかあったんじゃないだろうか……?


 今日は、『りくじょうのアリゲーター』を自称するローマンという騎士に遭遇しているし、水族館で聞いた話だと、ナズナとチナミの二人も騎士と戦ったらしい。あの『くじらかん』での戦いは二人によるものだったという。


「まさか、騎士と戦ってるんじゃ……」

「いや。これから、戦うのさ!」


 背後からしゃべりかけられる。野太い声だった。

 サツキは冷然と振り向いた。

 帽子のつばを指でつまみ、言葉を返す。


「お久しぶりです。ジャストンさん、でしたか」

「王都ぶり、だな。『いろがんしろさつきッ!」


 ジャストンは、アルブレア王国騎士であり、最初に世界樹ノ森でサツキとクコを追いかけてきた五人の内の一人でもある。


 ――何度も戦う日だな、今日は。


 首に鎖を巻いたスキンヘッドの騎士、『鋼鉄の野人アイアンマン張質鉛砂簾惇バルチェーン・ジャストンは、鎖を食いちぎってニヤリとする。


「んじゃ、戦うか! なあ?」

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