4 『宝来瑠香は赤い橋を渡る』

 ロープウェイを降りて、夜桜の美しい境内を通り抜け、再び温泉街を歩く。

 茜色に滲んだ街は、サツキには夢のようにも思えた。

 異世界だとはわかっていても、サツキのいた時代にもどこかにはありそうなノスタルジーさと、人々が生活している匂いがある。


「すっかり夕闇も深くなってきましたね」


 紫色に世界が変わってゆく。


「この村にいるんだよな。その医者の娘は」

「名前を、宝来瑠香たからぎるかさんといいます。ルカさんは、着物が似合う美人で、長い黒髪が素敵な方です。性格は、もの静かでクール。だけど、やさしいです」


 大和撫子を体現したような女性だろうか、とサツキは考える。


「聞いた印象としては、ちょうどあんな感じか?」


 と、サツキは橋の上を指差した。

 赤漆の和風な橋の上を、赤い和傘を差した着物姿の少女が歩いていた。メイドのようなエプロンを腰に巻き、一部フリルがある。年の頃も、十六から十八くらい。クコから聞いていたより大人っぽいが、イメージに合う。長い黒髪は紫色のリボンでハーフアップに結わえられ、その大きなリボンが垂れた犬の耳のようにも見える。左にかんざしを差し、花が風に揺れるような粛々とした歩みであった。カタ、カタ、と静かに鳴る下駄の音が風流である。

 和傘の少女は、不意に立ち止まった。こちらを見る。

 クコは驚いて口に手を当てた。


「ルカさん……!?」


 噂をすれば、本人だった。

 ルカは静かに立ち尽くす。

 サツキとクコが歩み寄ると、ルカは表情も変えずに抑揚なく言った。


「久しぶり。クコ」

「お久しぶりです。ルカさん」


 それから、ルカは無表情にサツキに目を向ける。彼女の切れ長の瞳を見返し、サツキは名乗った。


「サツキです。よろしくお願いします」

「敬語敬称は不要よ。よろしく。サツキ」


 ルカにそう言われて、サツキはやや照れくさそうにうなずく。


「……うむ」


 うなずき返し、ルカは名乗った。


「わたしはルカ。あなたたちは、どうしてここにいるのかしら?」


 興味なさそうなトーンだが、これが彼女の通常トーンなのだとサツキは理解する。それはクコの反応を見てもわかることだった。つまり、迷惑だから低いテンションなわけではない、ということである。


「私たちは旅をしているんです。この旅に、ルカさんの力を貸していただきたいと思っています」

「そう」

「少し長い話になりますが、聞いてくれますか?」

「構わないわ。まずはうちに来て」

「ありがとうございます!」


 お礼を述べて、クコはルカに続いて歩き出した。

 移動中、サツキはルカを観察する。

 優雅に歩く様は花が揺れるようだが、なんというか、この少年の目にはルカがカッコイイお姉さんという印象に映る。どんな魔法を使うのかもまだわからない。しかし、頼りになりそうだとサツキは思った。



 ルカの家は、橋からそれほど離れていない場所にあった。

 たからしんりようじよ。それがルカの自宅である。

 医家であるため一般的な家とは構造が異なり、玄関が二つある。表は診療所に来た客向けの玄関で、裏手に回ったところにあるのが家の者や患者ではない客用の玄関になる。

 サツキとクコは、裏の玄関に案内された。

 横開きの戸を開けて、ルカがサツキとクコを家に招く。


「どうぞ」

「ありがとうございます。お邪魔します」


 クコに続けてサツキも、


「お邪魔します」


 と家に上がると、ルカの父が出迎えてくれた。


「おかえり、ルカ。お客さんとはめずらしい。お友だちかい? いらっしゃい」


 聞いて、ルカの父は目をしばたたかせる。


「もしかして、クコちゃん……?」

「はい。お久しぶりです。クコです」


 丁寧なお辞儀をするクコ。


「大きくなったね、クコちゃん」


 遅れて、サツキもルカの父に自己紹介した。


「はじめまして。サツキです。訳あって、クコと旅をしています」


 挨拶を済ませると、居間に行く。


「あら。お客さんかしら」


 居間にはルカの母がいた。

 ルカの母は、たかららん

 ルカの父が、たから

 この診療所は夫婦で営んでおり、リクが医者でランが看護師、ルカは両親の手伝いをしている。また、リクは医者のかたわら、細菌の研究をしている。ルカが手伝いをするのは、研究のほうがメインである。

 一家がクコの青葉家と交流を持っていたのはあまみやに住んでいた頃のことで、元々の住まいはこちらだった。仕事の都合で一時的に天都ノ宮に移った頃に出会ったわけだが、また三年程前にここに戻ってきた。ルカが十二歳の時である。

 青葉家との交流というのも、クコの母ヒナギクとルカの母ランが懇意であったためであり、クコの家族が晴和王国を訪れた際にはよく顔を合わせた。家族ぐるみで仲がよく、クコの妹のリラは少し身体が弱いため度々お世話になった、とはクコから聞いた話である。


 ――どおりで、リクさんが一国の王女をクコちゃんなどと親しく呼べるわけだ。


 とサツキは思った。

 すぐにお茶を用意してくれたランが、


「夕食も食べていきなさいな。その前に、お菓子でも」


 と言って桐箱を引き寄せる。

 桐箱は引き出しが一つだけついているもので、幅が70センチ、奥行きが50センチ、高さ10センチほどである。


「もなかでもいいかしら」


 言いつつランは紙に『かえる屋のもなか2コ』と書いて、引き出しに紙を入れ、お金も入れる。

 サツキがなにをしているのだろうかと思って見守っていると、ランは引き出しを閉めて一秒とせずに引き出しを開けた。

 すると、中にはもなかが二つ入っていた。


「どうぞ」

「すみません。ありがとうございます」


 クコが驚くでもなくお礼を述べ、


「相変わらず、便利ですごい魔法です」


 と笑顔だった。


 ――やはり魔法だったのか。


 サツキもこれが魔法だと言われれば納得できる。手品だと思うほど鮮やかなランの魔法について、サツキの視線を感じ取ったラン本人が説明する。


「《え》という魔法よ。紙に欲しい物を書いて、それがどれほどの価値の物がいいのか金額を任意で添えるの」

「そうすると、引き出しを閉めて開ければ、金額に見合った品が桐箱の中に現れる。おつりが欲しいときは、商品名といっしょに商品の合計金額を紙に書けばいい」


 と、ルカの父リクが続きを引き取った。


「こういうお菓子を買うには重宝しますね」


 サツキが納得を示すと、ランは品よく笑う。


「あら。小さな物しか買えないと思った? 実はね、引き出しに入らないほど大きな物でも、取り出すときに大きさが調整されるから問題ないの。ただし、入れたお金があまりに価値に見合わないと、《引き換え》が成立しないわ。例えば、おむすび一つ分のお金しか入れないのに金塊が欲しいと書いたところで、魔法は不発に終わるということね」

「なんでも買えるのか。通販みたいで便利ですね」


 ――到着するまで著しく早いし商品を選ぶ工程が省かれるが、そんな感覚の魔法だろう。この世界では確かに便利だ。


 相槌を打ったつもりが、クコ含めだれもサツキの言葉の意味が解せない様子だった。


 ――そうだった。通販などこの世界にはないものな。


 サツキはうまい言葉が出ず、


「いいえ。なんでもありません」


 と濁した。


 ――だが、さすがにクコが強い魔法を使うと言ったルカの母。おもしろい魔法を持っている。


 いそいそともなかを口に含む。はらりとほどけるように皮が崩れ、ほどよい甘さのあんが溶ける。

 おお、とサツキは心の中でうなる。


「このもなか、おいしいです」

「懐かしいお味です。とてもおいしいですね」


 サツキとクコが感想を述べると、ランが楽しげに言った。


「そういえば、昔はクコちゃんも食べたっけね。今では売ってないものなの。前は好きでよく食べていたんだけれど、これを作れた職人さんがもう引退してしまって」

「そうでしたか」


 残念そうなクコの言葉に続けて、サツキが言う。


「つまり、現在では生産されなくなった商品も……」

「ええ、そうよ。この《引き換え》の魔法では、販売が終了してしまったものでも買えるわ」

「ますます便利な魔法ですね」


 もう食べられなくなってしまった物、もう手に入らなくなってしまった期間限定品、もう読めなくなってしまった絶版の書籍など、なんでも引き換えられるのである。


「通販以上だ……」


 またつぶやくと。

 クコがにこりと微笑み、


「サツキ様についてもこれから説明させてください。すぐに理解していただけるかはわかりませんが、サツキ様はこの世界の方ではないのです」


 と前置きして、本題に入った。

 クコは、アルブレア王国の現状と、自分がしてきた旅を語った。サツキについても、藤馬川博士から教わった魔法陣によって別の世界からび寄せたのだと話した。

 ルカもリクも寡黙に耳をかたむけ、ランはうんうんとうなずき、ついにクコの話が終わるまで一切口を挟まなかった。

 最初に、橋の上で「力を貸していただけたら」とルカには言ってある。だから、


「よく旅をしてきたね。ここでは語りきれない苦労も、山とあったろう」


 とリクが言ったときも、自分の身の振り方を考えるかのようにルカは口を開かない。続けて、ランが言った。


「それに、サツキくんが異世界人だなんて驚いたわ」

「俺も、こっちの世界に来て、驚いてます」


 答えながら、サツキはクコがどう切り出すか様子を見ていた。


「それより驚いたのは、クコのお父さん」


 と、ルカはクコに水を向ける。


「そうね。心配だわ……」


 ランからも言われて、クコは気丈に振る舞う。


「父ならきっと大丈夫です」


 リクは察しがよい人で、クコから共に旅をして欲しいと切り出そうとする前に、ルカにそっと言った。


「父さんと母さんにはこの村と診療所がある。しかし、ルカは自由だ。もし構わないというなら、力を貸してやりなさい。王国奪還のため、そして、ローズさんの健康を診てやるため、ついて行ってあげなさい」

「でも……」


 ルカの危惧も、なるほど仕方なかった。診療所を両親だけでやるのは大変だ。父の研究の時間を割くことにもなるだろう。ルカは両親を尊敬していたし、両親の力になりたいと常に考えていた。それになにより、


 ――医者でもない私が、診られるかしら……。


 自分の医療の腕に、自信がなかった。父からの頼みであっても、すぐに答えが出せそうもない。

 だが、その父は微笑を浮かべる。


「それから、あまみやへ、研究結果をまとめた論文を持っていってほしい。他人に預けるのは不安だし、できるなら身内に持って行ってもらいたい。大変なおつかいだが、やれそうなら、頼まれてくれないか」

「診療所は、私がいなくて大変にならないの?」


 不安げなまなざしを向ける。それを受けて、リクは照れたように笑った。


「ルカには、いろいろと助けてもらっていたからな。母さんと二人だと、大変なこともあるだろう」

「だったら――」

「が、研究の発表はもっとも大事なことなんだ。もしほんの少しでも父さんの研究の発表が遅くなって、別のだれかが同じ研究を先に発表したら、それは父さんの研究ではなくなってしまう。おそらく、今晩中に研究がまとまる。これを持っていくなら、早いほうがいい」

「お父さんの努力が水の泡となる可能性だってあるってことね」


 と、ランが言った。

 それでもルカは即答できなかった。


「ひと晩、考えさせて」




 サツキとクコは、ルカの家に泊めてもらうことになった。診療所のほうは営業が終わったが、リクは寝る間も惜しんで研究に没頭している。

 それに対して。

 この晩も、サツキはクコと外で修業をした。

 食後、サツキとクコはそれぞれの修業から開始する。

 サツキは空手の基礎をやり、型をやる。クコは剣を振って、型まで終わったサツキと打ち込みの練習に移る。

 魔力コントロールの練習は朝昼晩一回ずつやるが、それを剣術の修業にも応用させた。


「拳のほうが魔力が伝わりやすいとは話しました。そして、剣にうまく力を伝えるにはコツが必要です」

「魔力をどのバランスで配分するか、というようなものか」

「はい。まず、剣を持つ手に魔力を込めます。支えとなる足にも。それでゆっくり打ち込みますので、サツキ様は受けてみてください」

「わかった」


 魔力コントロールの大切さを知っているサツキだから、結果は予想通りであった。


「おっと。じんじんくるな」


 剣を受けると、手がしびれて足がよろめく。


「ゆっくりでも、効きますよね?」

「ああ。つまり、これを俺もやるってわけだな」

「はい。そうです。サツキ様の瞳の魔法はダメージ源ではありませんから、やはり魔力コントロールでの地道なトレーニングが大事になります。また、拳だけでは戦えない相手も出てくると思いますので、剣も鍛えたいところです」

「そうだな。俺が目を使うとき、魔力は目に集中する。それをすばやく手足に移動する練習は不可欠だ。もっと言えば、瞳の魔法を発動した状態で魔力コントロールを行いながら戦えるようになるのが理想か」

「その通りです。目の魔法に割く魔力を最小限にとどめ、拳や剣などに魔力を配分できるといいですね」

「うむ」


 修業後、二人はランのすすめで外に出た。


「せっかく温泉街に来たんだから、温泉に入ってらっしゃい。これを使ってくれたらタダで入れるわ」


 券をもらった。という温泉旅館で、この近くにある。

 さっそく旅館に移動した。

 旅館を見上げて、


「大きな旅館だな」

「立派な外観ですね。中も気になります」


 大きな扉を開けて、旅館に入った。

 中は、ロビーが吹き抜けになっていた。はるか上空まで突き抜ける高いロビーで、横には動力はわからないがエレベーターも三つある。全部で十三階まである。橙色の灯りが幻のように輝き、派手な装飾ではないのに絢爛、かつ神秘的な世界に入り込んだみたいな気分になった。

 雅な空間に酔いしれる客たちが目の前を通り過ぎる。


「すごいな」

「はい……」


 もらった券をカウンターに渡して、温泉だけ入ることを告げる。


「では、ワタクシがご案内いたします」


 係の女性を先頭に廊下を歩いていると、宴会をしている大部屋があった。開かれた襖から中が見える。何十畳あるだろうか。

 案内人に会話を聞かれるのがはばかれるのか、クコはサツキの手をそっと握って「(八十畳はありそうですね)」と《精神感応ハンド・コネクト》で言った。それほどに壮大で、賑やかに盛り上がる人たちの姿が見える。赤い足つきの盆と赤い座椅子が四列ずらっと並ぶこと三十席ずつはあるだろう。であれば、百はくだらない人が入る。


「(さすがは『おうおくしき』だな)」

「(ええ)」

「(まるで映画の中だ)」

「(映画とはなんでしょう? そのお話、聞かせてください)」

「(あとでな)」

「(はい)」


 やっと案内が終わり、男湯と女湯の前で二人は別れる。


「出るときは声をかけるか合図をするかしましょうか?」

「いや。目立ちそうだ」

「では、一時間後に」

「うむ」


 温泉は広く開放的で、情緒もあって気持ちがよかった。


「ふう」


 長く息をつくと、隣ではぐーっと腕を伸ばす青年がいた。


「気持ちいいー!」


 ――声の大きな人だ。


 そう思ったが、「ん?」とサツキは固まる。聞いたことのある声だった。


「あれーっ? サツキくん!」

「アキさん」

「偶然!」

「そうですね」


 隣の女湯では、クコが入ったときに、すぐに手を振る姿を見つけた。


「あー! クコちゃん! おーい」

「あら、エミさん!」


 クコとエミも仲良く湯船に浸かる。

 奇遇なことに温泉で再会したサツキとクコの知り合い――アキとエミ。

 めいぜんあきふく寿じゅえみは、クコがアルブレア王国から世界樹を目指す旅の中で出会った二人組で、共に二十歳。今度二十一になるから、学年制でいけば、クコよりも七つ上になる。だが、そろって若作りなせいで十代後半にしか見えない。

 普段はサンバイザーが特徴の二人だが、今は当然つけていない。

 女湯ではクコとエミがいっしょに盛り上がっているのに比べ、男湯ではアキの話をサツキが一方的に聞かされていた。人の話を聞くのが好きなサツキだから楽しかったのだが、気になって質問を投げた。


「アキさんとエミさんは、これからどうするんですか?」

「また王都にでも行こうと思ってるよ!」

「そうですか。俺とクコもまずは王都を目指します」

「じゃあまた会えるといいね!」

「はい」

「そうしたら、その前にこうほくみやだ。あそこではギョウザを食べないといけないんだぞ。あと、しょうくにの名産がいちごだって言うのは知っているだろう? その中でも、光北ノ宮は『いちご王国』って呼ばれるくらいにいちごをよく作ってるところだから、食べるのを忘れちゃダメだよ」

「はあ」

「そっちに行くならニラ蕎麦もおすすめなんだ。他にもなんでも聞いてよ」


 このあとサツキが質問せずとも、アキは親切にいろんなことを教えてくれた。この世界のことをあまり知らないサツキにはありがたく楽しい時間になった。

 サツキとアキが温泉を出てのれんをくぐると、女湯のほうでものれんをあげたクコとエミが出てきたところだった。


「ぴったりですね」

「だな」

「じゃあ部屋に戻ろう」

「だね! クコちゃんとサツキくんはどこのお部屋?」


 エミに聞かれて、クコは笑顔で答える。


「わたしたちは温泉だけ入りに来ましたので、外に出ます」

「大丈夫? 泊まるところある?」


 心配するエミにクコはにこにこと首を縦に振る。


「もちろんです。以前から親しくさせていただいているお宅に泊めてもらうことになっています」

「よかったー」

「驚かせないでよー」


 アキとエミがほっとしたように言って、サツキとクコは笑った。


「じゃあまたねー」

「ごきげんよーう」

「おやすみなさい」

「失礼します」


 廊下を少し歩いたところでアキとエミの二人とは別れた。広くて迷いそうな館内だが、中心の吹き抜けに目を落とせばロビーがあり、目印にも困らない。


「またおいでください」


 入口で従業員によるお見送りがあって、旅館をあとにする。映画に出てきておかしくない夢幻のような旅館は、外に出ると本当にここで温泉に入ったのかと疑いたくなるほど、不思議な気分になる。

 ルカの家への道すがら、クコはサツキに言った。


「また来ましょうね」

「いつか、な」


 家に戻ったあとは、魔力コントロールの練習をした。

 額を合わせ、クコの魔法《感覚共有シェア・フィーリング》で魔力の流れをサツキも感じ取り、自分でもその精度と速さでコントロールできるよう記憶する。


「だいぶ身体も慣れてきましたね」


 クコがにこりと微笑む。

 感覚を共有していてサツキのコントロールをクコも体感しているため、サツキの成長がよくわかる。


「慣れてはきたけど、俺のコントロールじゃこのスピードがまだ限界だ」

「すぐにもっと速くなります」


 毎日、朝と晩はこのトレーニングをしている。だから、クコは確信を持ってそう言うことができた。


 ――サツキ様は本当に成長が早いですね。剣の修業もめきめきと上達していますし、なんて偉いんでしょう。


 頭をなでてあげたくなる。

 たった数日だが、サツキの理解の早さには感心するばかりだった。出来のよい教え子を持つ教師の気分である。その子がまじめでがんばり屋なら、気に入ってしまうのが人情だ。

 自分の導きで一人の男の子が成長する様は、クコに快感や達成感を与えた。


「さあ、今日はもう眠りましょう?」

「うむ。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 サツキはすぐに寝てしまう。きっと疲れているのだろう。

 一日の頑張りのあとに眠るサツキの寝顔を見ると、なんだか頬をなでてやりたくなる。そっとサツキの頬に手を当てた。

 時折、クコに無防備な寝顔をさらす姿が妹のリラと重なり、クコはいろんな面からサツキに対して姉のような気持ちが湧くのである。

 元来の世話好きな性格と合わさって、サツキに対しては特別な感情が働く。それが恋かどうかはまだわからないし考えてすらいない。

 そして、サツキはたったの数日でクコが目を瞠るほど急成長していた。クコはサツキの成長ばかりを喜んでいたが、自分も成長していることにもまだ、気づいていなかった。

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