37 『トリックダメージ』

 サツキはつぶやく。


「届かなかったか」


 あと何点くらいだったろうか。ミナトが与えたマドレーヌの500点とバージニーの190点を合わせて690点だから、1000点までにはあと310点を与える必要がある。


 ――だが、俺がバージニーさんから受けたのは85点であり、ほとんど互角の攻防をしていたことを考えると、同じ点数を引いて225点。


 しかし、本当に同じとも思えない。


 ――バージニーさんは、両者の痛みの感覚がなくなっているのをいいことに、ある手品をしていた可能性がある。そのトリックとは、トランプによる攻撃だ。トランプで無数の切り傷をつける攻撃を、相手に感じさせもせずにしていたら? 俺はバージニーさんに、85点も与えられていなかったかもしれない。最後の掌底を合わせても、やっぱり500点には届かなかった。まだまだだな。


 あの《ポーカーチャンス》がなければ、《波動》の力を使ってもっとダメージを重ねられたことだろう。だが、10点以内にダメージを抑えながら相手から500点を取るのは難しかった。

 修業にはよい試合だったが、実力不足も感じたのだった。

 バージニーを見上げているサツキを見て、


「……。……。ああ」


 ミナトはやっと、サツキが考えていることがわかった。

 まだ放物線を描くように飛ばされているバージニー。ちょうど最高到達点に達したところだ。


「任せて」

「?」


 サツキがミナトを振り返ったときには、もうミナトの姿はなかった。

 ミナトは一瞬だけ、バージニーの真上に現れ、地面に向かって斬りつけた。


「ひぃ」


 残像しか残らないたったの一瞬で、ミナトはまた舞台に戻ってくる。

 一方のバージニーは、短い悲鳴をあげるだけで、あとは気を失ったまま場外へと落ちていった。


「決まったー! バージニー選手も墜落ー! サツキ選手とミナト選手の勝利だー! だが、なにか、なにかがおかしかったぞ!? バージニー選手の落下が、一瞬加速したような気がするが、みんなはどうだろう? 頂点に来たところで、地面に叩きつけられたような……」


 会場でも、それを感じている人たちはいるようだった。

 しかしほとんどの人にはなにも見えていないし、ましてやみんながバージニーに注目していた中ミナトが消えて戻ってきたことに気づいた者などほぼ皆無。サツキとミナトの勝利に声援を送っていた。

 あやふやな言い方をしたクロノだが、実は彼にはわかっていた。


 ――一瞬、ミナトくんが上空に見えた。やっぱり間違いない。ミナトくんは消えるのか高速で移動できるのか、そういった魔法を持っている。最後、バージニーさんが気絶しながら落ちて行ったのはそのせいだ。彼女もまた、500点を取られた。最後のミナトくんの一撃で。なんて速い。なんて恐ろしい剣だ。まさに、神速……。


 試合が終わって。

 本日、勝利者インタビューもしないでどんどん次の試合にいくクロノの司会進行だが、クロノは場外に落ちたバージニーに目をやった。


「ん? 医療班のみなさん、バージニー選手を見てもらえますか? 彼女、動いていないような……気絶しているかもしれません! マドレーヌ選手もでしょうか?」


 次の試合に行く前に、バージニーの確認もさせた。

 マドレーヌとバージニーの様子を確認した医療班の人間は三人、その中でもっとも若い青年が舞台まで駆けてきて、クロノに報告する。


「マドレーヌ選手、バージニー選手。お二人共気絶しているようです」

「そうですか。わかりました。ご対応お願いします」


 クロノはまた胸をそらして会場に報告する。


「今医療班に聞いたところ、マドレーヌ選手とバージニー選手は共に気絶しているようです! サツキ選手とミナト選手の攻撃が、二人合わせて1000点を超えたということになります! マドレーヌ選手とバージニー選手がここまで完璧に敗北したのはいつぶりでしょうか! サツキ選手とミナト選手のバディーは、この試合でも魅せてくれたぞー!」

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