36 『カレッジオアテクニック』
サツキの作戦は単純なものだった。
「ミナト。マドレーヌさんを先に倒してくれ」
「バージニーさんは?」
「俺がやる」
「わかった」
ミナトはうなずく。詳細は聞かなかった。聞かずとも、意図までわからずとも、元よりミナトはすべてサツキに預けるつもりだからだ。目の前の相手を倒す。それだけでいい。
マドレーヌがいちはやくミナトの呼吸の静寂さに気づく。
ほとんど時間を置かずに、バージニーも空気のわずかな変化に気づき、マドレーヌに注意喚起した。
「来るよ。そろそろまた本気が飛び出すかもね」
「ああ。だね」
バージニーには、
――またあのヤバイ神速が出せる条件が整ったかも。
という予感があった。
予想では、ミナトの目に見えないおかしなほどのスピードには、次を使うためのインターバルが必要であった。それが整ったものと思ったのだ。
「さあて」
ミナトが目を閉じた。
そこで、クロノが実況を挟む。
「おーっと! なにかが始まるようだぞ! サツキ選手とミナト選手は、本格的に攻め込む態勢が整ったのか!? ミナト選手がマドレーヌ選手を倒すのが先か、マドレーヌ選手とバージニー選手が残る10点を取るのか先か! 勝負の分かれ目です!」
クロノが言い終えたとき、ミナトは地面を蹴った。
二秒とせずにマドレーヌとの距離を詰める。
――速い!
とは思ったが、
――最初ほどの速さじゃない。
そうも思った。
マドレーヌは剣を構え、魔法を発動させて斬りつける余裕はあったのだ。
「《オォンデフランベ》!」
「遅い」
ミナトはマドレーヌを逆刃で打ち、衝撃で態勢が崩れたところに、突きを繰り出した。
――そうか! そのためのスピード感! 剣を払って態勢を崩し、突き飛ばすことが狙いだったか!
だから、あえてマドレーヌに攻撃するための一瞬の隙を与えたのだ。
「《
同じ箇所を三段に突いて、マドレーヌを場外に突き飛ばした。
本来ならば串刺しにされるところだが、この試合はバージニーの《ダメージチップ》によって肉体の損傷が起こらない。しかも、マドレーヌは一人で500点を取られているため、これ以上のダメージは加算されることもない「無敵状態」でもあるわけだから、場外にする以外の方法で倒すことはできないのだ。
上空を舞いながら、マドレーヌはクワッと目を見開き、叫んだ。
「バージニー! 来てるよ!」
「え」
場外へと飛ばされてしまった仲間につい見入っていたバージニーが、正面に向き直る。
目の前には、サツキが来ていた。
その距離、7メートル。
バージニーはトランプを手に、足技を使う準備をする。
「おいでよ。あと10点を与えてあげるから。そしたら、アタシたち二人だけの時間の始まりだよ」
「……」
まだマドレーヌは中空にいる。あと三秒とせず場外に墜落するだろう。マドレーヌの場外が確定になった今、サツキは10点分のダメージを受ければ、それをミナトに換金され、ミナトが戦闘不能状態にされてしまう。そして、ミナトは気絶して丸一日起きなくなってしまうのだ。
これはあくまでサツキが聞いている情報通りならそうなるという話で、実際には、あと40点取られて初めてサツキとミナトの合計ダメージが500点になる。つまり、10点取られたところであと30点の猶予があるのだった。
――ここからはアタシの技とサツキくんの度胸の勝負だね。
バージニーがこうした嘘をついた狙いは、サツキが残り10点を気にして縮こまったその隙にダメージを稼ぐためだ。
――サツキくんがアタシの懐に飛び込んで攻める度胸がなく、防御に回ったら……そこからはもう後手後手になっていっちゃうんだよ。
そうなると、舞台に残るのはサツキとバージニーの二人きり。
ここまでの攻防でも、バージニーにはサツキ相手なら勝てる可能性を充分に感じていた。
「たあああ!」
連続での蹴りに、サツキはそれらをかわして10点のダメージを受けないように立ち回り、緋色に輝く瞳で隙を見つけた。
バージニーが回し蹴りを放つ。
そのとき、サツキは深く低く飛び込み、上段に払うような左腕の動きで回し蹴りを完全に受けきり、
「《
掌底をバージニーに打ち込んだ。
――な、なに!? 脚がビリッてくる感じ。《ダメージチップ》で痛みなんて感じないはずなのに……なにか、特殊なことした? それより、アタシの蹴りを受けても、サツキくんに10点も入っていない!? むしろ、アタシの脚に5点のダメージが入っている! しかもこれって、飛ばされてる? 場外に!
バージニーは自分も宙に飛ばされているのがわかった。
サツキの掌底によるインパクトで、吹き飛ばされてしまっているらしい。サツキに10点を与えてミナトを早々に始末するはずが、自分とサツキの戦いを続けるまでもなく場外に飛ばされてゆく。
「マドレーヌ選手、場外~! そしてそして! サツキ選手がバージニー選手の回し蹴りを受けつつも、掌底を打ち込んで場外へと吹き飛ばしたー! 果たして、バージニー選手は戻ってこられるか!?」
会場は、飛ばされたバージニーを息を呑んで見守る人とマドレーヌの場外に沸く人とで、波打つような不思議などよめきと歓声に煽られていた。
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