34 『怪我の功名』

 ミナトが夕闇の町を駆けていると、直感が働いた。


「こっち……匂うなァ」


 移動するのは屋根の上。

 忍者のように飛び移り宿への道を駆けていたのだが、さっきは騎士を見かけてちょっと剣を抜いた。

 今はまた、なにか予感があった。

 走る方角を変える。


 ――変に寄り道ばかりしてるから、サツキより帰りが遅くなっちゃうかなあ?


 しかし、それでもよかった。


 ――危険な騎士がサツキに近寄らなければ、僕の寄り道などただの道草と同じだしねえ。


 自然と反応した嗅覚の通りに走れば、騎士たちが見えた。


 ――いた。


 まだ、やや遠い。

 あれが騎士だとはちゃんと見なくてもわかった。


 ――騎士、発見。しかも、まずそうな騎士だ。


 路地裏の行き止まりに、十人ちょっとがたむろしている。

 彼らは、さっきの騎士たちが町を練り歩くことで士衛組を探していたのと異なり、定点から動かずなにかを待っているようだった。

 待っているのは、決まっている。

 仲間が探して連れてくる敵。

 細かな分析さえ不要、ミナトは一気に彼らの頭上へ駆けて行くと、空から槍でも降ってくるように飛び降りた。

 ミナトは膝を折って静かに着地。

 そして、カチンと刀の鍔と鞘を合わせる。刀を納めた直後の動作であった。剣を抜いた動作は、周囲の者たちには視認さえできていなかった。

 その証拠に……

 バタバタバタバタ、と。

 十人ほどいた騎士たちが倒れてゆく。

 みなが綺麗に血を流し、斬り方の美しさから致命傷を避けられているのもわかる。


いざなみなと、見参」


 立ち上がって、ミナトはにこりと微笑む。


「どうも。ちょっとご挨拶に参りました」

「とんだご挨拶じゃねえか」


 騎士たちが倒れている一帯で、一人だけ刀に手をかけミナトをにらむ騎士がいた。その騎士の言葉に、ミナトは朗らかに答えた。


「あはは。いやあ、僕シャイなんですよ。挨拶するにも、人は少ないほうがいい」

「おまえ、さては士衛組か? しろさつきの仲間か?」

「はい。そうですよ。今日、士衛組に加入させていただきました」

「こんな舐めくさったやつを仲間にするとは、イカれてやがるぜ。城那皐」

「いやだなァ。僕は変わってるとか言われること多いけど、サツキは好人物ですよ。まあ、あんまり普通じゃァないが」

「なるほど。わかったぜ」

「おわかりいただけたようで」

「ああ。おまえら全員、イカれてやがるってな」


 ふふっとミナトは笑った。


「まいったなァ。この様子では僕らが話し合いをしても実りはなさそうですし、さっさとやりましょうか」

「だな。おれは環図情荷選ワット・ナサニエル


 ナサニエルは名乗って、右手を差し出す。


「決闘くらいはフェアにやろうぜ。剣士として、正々堂々とな」

「はい」


 ミナトも歩み寄り、握手した。

 互いに手を離して、ミナトは軽やかに距離を取った。


「では、いきますね」


 神速の居合い。

 これを、ナサニエルは受けた。

 刀と剣がぶつかり合い、ミナトはまた距離を取る。


「やるなァ」

「それはこっちのセリフだ。今の、本気じゃなかったな? イライラするぜ。おれの実力に怖じ気づいてガンダス共和国なんて遠国に左遷したやつらと同じくらい腹が立つ。おれの本当の強さを見てない、見えちゃいない。そんなやつらのせいで、おれはこんなところにいるってのによ」


 ナサニエルはそう言うと、右手に握っていた剣を左手に持ち替え、砂をつかんでさらさらと地面にこぼしていった。


「――ッ!」


 ふと、ナサニエルの手が止まる。


 ――なんだ、こいつの能力の地形は。いや、なにかの間違いだ。おれやバスタークより数段強いなんて、あり得ねえ。こんなの、大人と子供のケンカにもならない圧倒的な差だ。


「?」


 小首をひねるミナトを見て、ナサニエルは自問自答を続ける。


 ――そ、そうだ。よく見ろ。こいつのこのとぼけたづらを。おれの能力をうまく発動させられない条件が、この場所のどっかにあったんだ。だってよ? この力の差が冗談でも間違いでもなかったら、文字通り赤子の手をひねるレベルの勝負になるんだぜ? このおれを、こいつが? あり得ねえ。おれがこれまでどれほどの努力を積んできたと思ってる。


 心の中で笑い飛ばして、ナサニエルは冷静になる。


 ――まあいい。なにかの誤作動があったとして、それでもこいつがおれより強いことなんて万に一つもあるわけがねえ。ただ、実力はある。それだけは認める。


 周囲で倒れている味方をサッと見回し、ミナトを見つめる。


 ――この人数を一瞬で斬った腕は確かなんだからな。だが、念には念を入れる。おれがおまえを弱体化させれば済む話さ。


 ナサニエルは語り出す。


「人間の能力は砂と同じだ」

「どういうことです?」

「積み重ねるのが大変で、時間がかかる。人によって、作り上げた地形も違う。元の地形も違う。だから、同じ高さにするために積み重ねる砂の量も違うってことだ」

「なるほど。おもしろいですね」

「これを、おれは『能力の地形』と呼ぶ。人間は能力を積み重ねて、成長する。今はちょっと誤作動を起こしている可能性があるが、仮におまえの地形がこれだとしたら……おまえは随分と才能があって、その才能以上に努力を重ねてきたことになる。普通じゃねえ」

「いやあ、目指すところも普通じゃいけない場所なんです」

「そうかよ。おれは努力するやつは嫌いじゃねえ。ただ、悪いがおまえの地形はあり得ねえ。誤作動だ。なにかの間違いだ。おまえの本当の強さは測れてない。それでも、おれは念には念を入れる」

「またちょっと意味がわからないなァ」

「この砂ってのは簡単に崩れちまうものってことだよ」

「そうでしょうか」

「ああ。砂を積み重ねるとき、隣合った場所にある能力にも砂はこぼれ、近い性質の分野も能力が上昇してることってよくあるよな。剣だけを必死に磨いたがゆえに、武道全般の筋がいいやつっているだろ」

「サツキにも似たようなこと言われたなァ」


 船の上で、サツキに空手を習ったときに、そんなことを言われた覚えがある。


「砂がこぼれると、別のところに流れる。ただ、まれに、完全に砂の山を崩されることってのもあるのさ」


 ナサニエルは地面にあった砂の山から一握りの砂を取って、別の山にさらさらとこぼしてゆく。

 ニヤリと頬をゆがませ、ナサニエルは宣言した。


「自然現象じゃない。妨害が入ることで、崩れる。それを崩せるのはほんの一握りの人間だけ。おれみたいにな」

「あなたの魔法ってことはわかりました。僕の能力の地形とやらをいじった様子なのも、実感こそないがわかった。魔法を使うのも、正々堂々に反しないと言ってもいいと僕は思う」

「物わかりがいいじゃねえか」

「でも、戻す方法ってのはあるんですかい?」

「まあ、これだけおれのペースでやらせてもらったんだ。教えてやってもいいか」


 人差し指と中指を立て、ナサニエルはまくし立てた。


「方法は二つ。①おれを倒して意識を失わせること。及び魔法を使えない・コントロールできない状態にさせること。②おれがもう一度その砂を元の場所に戻すこと」

「へえ」

「いずれかを成せば、能力は戻る。ただし、実は③の方法もあるが、それは教えられない」


 そっかあ、とミナトはつぶやく。

 ナサニエルは勝利を確信していた。


 ――悪いが、③の方法だけで本来は完結する。さっきのジャストンと同じで、この魔法は時間制だからだ。恒久的に《りょくすな》の配分を変えられるのは、自分自身にだけ。それも一日に一握り。おまえの剣士としての能力が下がっている今から一時間で、決着をつけてやるよ。


 フッと、ナサニエルはほくそ笑む。


 ――いや、一撃で仕留める。


 ミナトはさらりと刀を抜き、宙を斬ってみる。


「確かに、これはまずいなァ」

「士衛組に入ったこと、後悔させてやる。おまえらがバスタークに勝つのはおかしな話じゃない。だが、このおれに勝つことは不可能。他の騎士どもをいくら倒しても構わないが、むしろ倒してくれて結構だが、それらすべてはおれの糧にしかならねえんだよ! ヌアァアアアア!」


 斬りかかってきたナサニエルの剣、それをミナトは打ち合って払う。

 弱体化されたミナトの剣は苦戦を強いられるが、連続する攻撃にもミナトの目だけは余裕を持って観察を可能としていた。


 ――目は、今の能力崩しとは関係ないらしい。落ちたのは、剣の腕だけだ。


 やや息が上がってきて、ミナトは身を引いた。


 ――すごいなァ。結構、嫌な感じに苦戦してる。見るだけだったらそれほどでもない剣だけど、僕が弱くなってるってのもわかる。


 普段の自分なら、この相手に苦戦はしないはずだった。それは目で見るだけでわかった。


 ――こういうのを怪我の功名っていうのかな。僕のなにが足りないのか、よくわかるよ。剣士として、磨くべきことは実に多い。剣を振ること以外の力も必要なんだなァ。おもしろい。そして、他にも気づいたことがある。


 ミナト自身、苦戦しているつもりでいたが、ナサニエルもまた攻めきれずにいた。


「ちぃっ」


 舌打ちして、ミナトをにらみ、剣を持つ手に力を込める。太刀を交えながらナサニエルはぼやいた。


「ったく。本気でイライラするぜ。おれの実力ならもう勝負を決められるはずなのに……どんなトリック使ってやがるんだ」

「トリックなんてありやしませんよ。僕はただ、普通に剣を振ってるだけです。あなたは自分の実力を周りに認めてもらえないとおっしゃったが、相手の力を見ていないのはあなたのほうだと思いますぜ」

「黙れっ! おまえに! なにがわかる!」


 ナサニエルの力強い連撃に、ミナトは押されて後ろへ飛ばされた。

 一度、ミナトは刀を鞘に戻す。


 ――フン。やはり、おれのほうが力は上だな。フルパワーの一振りで、やつを仕留める。


 ナサニエルは自身の圧倒的に有利な状況を理解した上で、ミナトに呼びかけた。


「おまえは本気で強い。マジでやる。だからこそ、弱ってるって実感すると、キツいだろ。剣も納めて、諦めたか?」

「まさか」


 ゆっくりとナサニエルを見上げ、ミナトは言った。


「そろそろ終わろうかなって思ってたんですよ。じゃあ、返してもらいますぜ。僕の積み重ねてきたものを」

「今のおまえにどうやって勝てる! いくぞ!」


 ナサニエル、抜刀。

 ミナトも柄を握り、呼吸を整える。


「参ります」

「ヌアァアアアア!」


 剣を手に斬りかかるナサニエル。

 ミナトは刀を舞わせた。


「《そら》」


 ブオッっと竜巻が上空に向けて発生した。

 間合いに入ったナサニエルは、空に巻き上げられてしまう。砂も同時に吹き上げられて、砂嵐が起こる。


「グェアァアァアァアァアッ!」


 ナサニエルは、身体が横回転しながら斬られて、ボロボロになって地上に落下してくる。いくつもの刃物といっしょに竜巻に巻き上げられたかのような傷つき方だった。

 薄れゆく意識の中で、ナサニエルはぼんやり考えていた。


 ――おれが弱体化してやったってのに、これほどの力がやつに眠ってたなんて。あの能力の地形は、本物だったってのかよ。もし本物なら、やつはあの砂の量と同じだけの努力をしてたことになるじゃねえか。それに比べておれは、努力したつもりになってたが、全然足りてなかった。ったく、なにをやってたんだろうな、おれは。


 ミナトはそれを見るでもなく空をにらみ、視線を落とした。倒れ伏したナサニエルを横目に見おろす。


「人の積み重ねてきたものを奪うのは、見下げ果てる行為だ。剣士の風上にも置けない」


 すでにナサニエルは気絶しており、ミナトがサッと刀を振ると、力が戻ってきたのがわかった。


「返してもらいましたよ。でも、剣の砂を割り振られたのが魔法でよかった。おかげで、新たな可能性にも気づきました。礼を言います」


 ミナトはその場から消えた。

しゅんかんどう》で屋根の上に出て、また宿へと向かった。

 ただ、めずらしく自分の魔法の成長について考えていたため、足取りは散歩でもするようにゆったりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る