35 『世界の中心』

「レッツダンス!」


 アジタとサーミヤが声をそろえて叫んだ。

 ラナージャの町の一角で。

 リラとキミヨシとトオルは、変わった二人組に遭遇した。シャハルバードの馬車も停まって、一同はアジタとサーミヤに注目する。

 踊り出す二人。

 まず、アジタの踊りで音楽が奏でられる。

 そして、サーミヤの踊りでそれにつられて周りにいる人たちが踊り出してしまった。


「《ダンスミュージックスタイル》で心が躍り出せば!」

「《ダンスイミテーションスタイル》で身体も踊り出すのよー!」


 二人が激しく踊り出すと、周囲にいる人たちがみんな笑顔でまったく同じ動きで踊る。

 もちろん、馬車から顔を出して外に降りてきたシャハルバードたちもみんなが踊ってしまう。

 キミヨシは、左右にいるトオルとリラに言った。


「なんで踊ってしまうだなも!?」

「やつらの魔法っぽいな」

「なんだか自然と笑顔になってしまいます」

「そうだなもね! なんか楽しくなってきただなもー!」


 三人が踊っている横では、シャハルバードたち四人も踊る。


「嫌だわ、恥ずかしい」

「なに言ってんの、姐さん! 笑顔じゃないか」

「好きで笑ってるんじゃないわよ」


 アリは楽しそうだが、ナディラザードは笑顔が作られていても恥ずかしそうだった。

 クリフが聞く。


「シャハルバードさん、大丈夫ですか?」

「ああ。問題ないさ。いやあ、でも、みんなで踊ると楽しいね!」

「しゃ、シャハルバードさん……!」


 目を見開くクリフだが、すぐに納得したように言う。


「さすがはシャハルバードさんだよ。どんなことでも楽しんでしまう」


 アジタとサーミヤはシャハルバードたちが楽しそうに踊るのを見て、近づいてきてはいっしょにステップを踏んで、九人で腕組みして首を動かしたり、左右に分かれてユニークなステップで近寄ってみたり、


「さー楽しくなってきたぞー!」

「ノリに乗っちゃってちょうだい!」


 とアジタとサーミヤが叫び、歌い出した。

 肩まで組んで左右に揺れてみたりと、九人でとにかく楽しんだようなかっこうである。


「よし、サーミヤ。そろそろ大商人シャハルバードさんからお宝をいただくとしようか」

「そうね、アジタ」


 踊りながら近寄って手を取り合い、顔を見合わせ、うなずき合う。

 アジタとサーミヤは踊るようなステップのまま、幌馬車に入り込み、宝石やらお金を持ち出した。


「なにをするんだ。それはワタシたちのものだぞ」

「悪いね、シャハルバードさん。おれたちは泥棒さ。金持ちや悪人から泥棒して、困ってる人や貧しい人たちに配ってるんだ」

「『ガンダスの歌って踊る大泥棒ムービースター』って聞いたことない?」

「それが、おれたちの異名さ」

「そう! 人呼んで、アジタとサーミヤ!」

「そのままだなも!」


 横からキミヨシがつっこむ。「異名はどうしただなも」などとキミヨシはつっこみを重ねる。

 トオルは「くだらねえ」とつぶやき、リラは「まあ!」と驚いていた。

 アリが困ったようにクリフに聞いた。


「どうすればいいの? クリフ」

「さあ。こればっかりは……踊るのをやめられない……」

「でも、おいらの作った宝石が……」


 街明かりがスポットライトのように光り、ダンスステージと化した大通りで、音楽もダンスも盛り上がってくる。


「ハッハー」

「フゥー」


 電車ごっこのようにアジタを先頭に後ろのサーミヤが肩に両手を置いてステップを鳴らす。


「みんなもいっしょにぃー?」

「だなも?」


 キミヨシがサーミヤの肩に両手を置き、その後ろにはトオルやリラ、シャハルバードたちが付き従った。

 だれにも止められない。アジタとサーミヤを除いては。

 しかし、そこへ。

 おかしな二人組がやってきた。

 若い男女という点ではアジタとサーミヤに似ているが、それは晴和人だった。

 満面の笑顔を振りまいて、二人は周囲にいる人たちとは違った別のステップを踏んでやってくる。


「また楽しいダンスがやってるよ!」

「わーい! 踊ろーう!」


 そう言ってくるっとターンしたのは、エミだった。

 相方のアキはビッと親指を立てて、リラに言った。


「やってるね! ボクらも混ぜてよ、リラちゃん!」

「あの……これは、ちょっと困ったことになっていまして」

「嫌なことも踊ればすっきりするさ! だから踊ってるんだろう? あ、キミたち! キミたちじゃないか!」

「やっぱりキミたちだったんだね! 踊ろうよ!」


 アジタとサーミヤは、アキとエミという二人組を見て目をしばたたかせる。


「まただ。また勝手な踊りを踊ってる!」

「なんなのこいつら!」


 どうしたわけか、アキとエミには魔法が通じず、二人は自由に阿波踊りのような動きではしゃいでいる。

 だが……。


「ちょい、ちょっと待て」

「あ、宝石がっ」


 アキとエミがそれぞれアジタとサーミヤの手を取り、踊り出した。宝石を持っていたサーミヤの手からは、せっかく盗んだ宝石がポロッと落ちる。気づいてもいないアキとエミは楽しげにアジタとサーミヤを振り回しながら踊っていた。


「おいらの宝石!」


 本当は手を伸ばして飛んででも拾いたいアリだが、踊りの中にあるため拾うことはできない。

 完全にアキとエミのペースでダンスを踊らされるアジタとサーミヤ。


「キミたちのダンス、もっと見せてよ!」

「いっくよー!」


 アキとエミに声をかけられたアジタとサーミヤは、独楽のようにその場でぐるぐる回されてしまった。


「ぬおおおおお」

「なあああああ」


 回転に耐えられなくなり、ついにアジタが根を上げた。


「わかった、わかったから一旦ストップしよう」

「宝石は返すから、ちょっと休ませて」


 サーミヤも降参を申し出る。

 しかし、アキとエミは止まらない。


「踊れ踊れー!」

「踊るラナージャだねー!」


 踊る人がどんどん増えて行く。

 アジタとサーミヤにもわからないことだが、普段の効果の範囲外にまで、《ダンスイミテーションスタイル》は人々を誘い出す。しかも、サーミヤはもう踊っていないのである。つられて踊る魔法の効果がなぜか広範囲に及び、踊りに強制力もない。同じ踊りである必要もない。踊りにやってくる人もいっそう集まってきた。


「おいおい、今夜のラナージャはどうなってんだ!?」

「こんな賑やかな夜は初めてだぜ!」

「いやーん、楽しい~!」

「花火だ、花火を打ち上げろ~」

「光のフェスティバルじゃないけど花火を打ち上げるっきゃないだろ!」

「中のやつだれか頼むぜ」


 誰が持っていたのかも分からない打ち上げ花火まで上がり、アジタとサーミヤにお構いなしで盛り上がりが増していく。


「お? 建物の中にいるやつらも踊ってら」

「こんなに楽しいのに踊らないなんて話はないわよ!」

「騒げ騒げー!」

「世界の中心はここだー!」

「いえーい!」

「わふぅー!」


 建物の中にいる人も窓から通りを見下ろして踊り、建物の上にいる人も踊る。

 この瞬間、『せんきゃくばんらいこうわん』ラナージャは世界中のどこよりも賑やかな場所になっていた。


 三十分以上に渡るダンスのステージが終わり、アジタとサーミヤはぐったりと倒れてしまった。

 アキとエミは爽やかに汗を拭う。


「いやー踊った!」

「つい張り切っちゃったよ!」


 やり切った顔からきょとんとした顔になり、アキが聞いた。


「で、今日ってなにかのお祭り?」


 ズコッと、アジタとサーミヤがこけてしまう。アキにつっこもうと立ち上がって口を開こうとしたとき、今度はエミが言った。


「違うよ、アキ。パーティーだよ」


 アジタとサーミヤはまたズコッとこける。


「そうじゃなーい! 魔法!」

「あたしらの魔法よ! ま・ほ・う!」


 二人のつっこみを聞いても、アキとエミはあっけらかんと笑う。


「なーんだ、やっぱりお祭りかぁ」

「魔法のお祭りって不思議ー」

「盛り上がるわけだ」

「アタシたちもはしゃいじゃったもんね」


 うんうん、と二人は勝手に納得してうなずく。それもそのはずで、ダンスが終わったあとも、この辺りの人たちは楽しそうに賑わっていた。今度はみんなが同じダンスでもなく、それぞれが好きに踊っている。踊らず酒を飲み料理を食べる人もいる。アキとエミはまたはしゃぎ出す。

 アジタとサーミヤはぐったりと背中を合わせて座り込んだ。


「ふいー、疲れた……」

「あたしらが踊らされちゃ、立場ないわよ……」

「でも、みんな楽しそうだな」

「そうね」


 ぼんやりしている二人の元に、クリフが歩み寄る。手に短剣を持って、アジタとサーミヤを問い詰める。


「それで、どういうつもりだ? シャハルバードさんから泥棒しようだなんて、良い度胸だな」

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