36 『泥棒の意味』

 クリフが暗殺者アサシンの顔に戻っているすぐそばで。

 アリは初めて魔法で作った宝石を拾い、ほっとしたように笑顔を見せる。


「よかったあ。無事だよ、おいらの宝石」

「よかったな、アリ」


 ぽんとアリの肩に手をやって、シャハルバードはクリフの横に並ぶ。すると、アジタとサーミヤは大慌てで謝った。


「あ、謝ります! すみませんでした!」

「すみませんでした! 許してください!」


 アキとエミはその様子をぽかんとした顔で見ていて、ナディラザードがそっと二人にささやく。


「あの二人が悪戯したのよ。ちょっと黙って見ててね」


 こくりと素直にうなずき、アキとエミは律儀に両手で口を覆った。ナディラザードは「そこまでしなくても……」とつぶやくが、二人に騒がれるよりはいいのでまた口を閉じる。

 クリフが鋭い目つきでアジタとサーミヤを刺すようににらむ。


「本当に、反省してるのか?」

「してますしてます!」

「もうあなた方からは盗みはしません!」


 シャハルバードは腕組みしながら言う。


「キミたち、金持ちや悪人から泥棒して、困ってる人や貧しい人たちに配ってると言ったね」

「はい。そうです」

「あたしたち、昔貧しくて苦しかったから、そんな人たちを幸せにしたいと思ってて」


 アジタとサーミヤは、ガンダス共和国の南方の小さな村に生まれた。

 二人は幼なじみだった。

 家ばかりでなく、村そのものが貧しかった。一部の富裕層があるのみで、ほとんどの住民は貧乏というありさまである。

 食事も物足りない。子供の頃は常にお腹が減った状態で、石炭や木の枝など、物を拾っては生活費を稼ぐ手伝いをしていた。

 村が転機を迎えたのは、アジタとサーミヤが十三歳のとき。

 近くの大きな都市に、晴和王国やアルブレア王国ほどの立派さではないが、鉄道が走るようになるというのだ。

 すると、村を訪れる人も増える可能性が高まる。

 そこで、一部の富裕層は商売の計画を練る。

 レストラン、宿、土産物屋、観光名所の設置など、村の経済を潤すために準備していった。

 鉄道が通ったのは、アジタとサーミヤが十五歳の頃であった。

 村を訪れる人も増えて、村に活気が出てきたように見えた。それをアジタとサーミヤは喜んだ。


「これでみんな美味しいものを食べられるね、アジタ」

「まずはなんでもいいから腹いっぱい食いたい!」

「ふふ。アジタったら」


 へへっと、アジタは頭をかく。

 しかし、現実は違った。

 経済の活性化が生んだのはさらなる経済格差でしかない。富裕層はさらに豊かな生活を送り、金のあるところにしか金は流れない。

 貧しい村人の中で、富裕層から仕事をもらった者だって何人もいる。それでも、約束された固定分しかお金はもらえない。その賃金で懸命に働いても、裕福と呼ぶにはほど遠いのだ。一方で、これを執り行う富裕層にはもっと大きな利益が入る。


「なんなんだよ、あいつら」

「楽して儲けてばかりじゃない。働いてるのは、あたしたちなのに」


 それが労働の仕組みであり経済の仕組みである。


「どうしたらいいの……?」

「このままじゃあ、いくら働いても豊かにはなれないじゃないか……」


 絶望の中で、二人は考えていた。

 別の日、ついこの前まで同じ境遇だった人間が、アジタとサーミヤを見て、あざけるように笑って言った。


「よう。おまえら、まだ物拾いなんかやってんのか。そうだ、川から砂鉄をうまいこと集めてこられたら買ってやるよ。悪くない仕事だぜ?」

「砂鉄……」

「じゃあな」


 言われるままに、川に入って全身びしょびしょになりながら砂鉄を集めて、昔の友人に砂鉄を持っていった。


「早いな。ちゃんと砂鉄は集まったか?」

「これだろ」

「どうぞ」


 友人は砂鉄を見て、何度かうなずいた。


「よし。これが報酬だ」

「あ、ありがとう」

「ありがとう。いただくわ」


 アジタとサーミヤがテーブルに置かれたお金を受け取ると、友人は椅子に座ったまま言った。


「また頼むよ。割はいいだろ? 木の枝なんか、そのうちまったく売れなくなる。石炭拾いはともかく、今のままじゃもっと貧しくなっちまうよ」

「そうだな。そうかもしれない」

「うちで砂鉄集めてりゃあちょっとは楽になるってもんさ」

「ああ。サンキュー」


 外に出て、それからしばらく石炭拾いの代わりに砂鉄を集めた。今までよりは少しは儲かる。


「アジタ。これまでが満腹度で四〇パーセントだったら、今なら六〇パーセントくらい?」

「だな。でもまあ、川で体温も奪われるし疲労もあるから、満腹度五〇パーセントくらいかもな」

「あたしらも運が向いてきた?」

「かもしれないぜ。さっそく換金に行こう」


 二人がまた友人の元へ行くと、友人は前よりもっと立派な服を着ていた。入れ違いに、薄汚れた服の夫婦が出て行った。彼らも川に入っていたのだろうか。

 友人は優雅な笑顔でアジタとサーミヤを迎えてくれた。


「お。来たか。砂鉄は集まったか?」

「おう」

「これよ」


 また二人が砂鉄を差し出すと、友人は朗らかにお金をテーブルに置いた。


「よし。まずまずだったな。報酬だ。また頼むぜ」


 それだけ言われて、お金を受け取って外に出る。

 アジタとサーミヤは浮かない顔だった。


「なあ、あいつ。前より金持ちになってたな」

「他にも砂鉄を集める人がいて、それでうまいことやってるのね」

「おれたちがこんな大変な思いをして働いてるのに、あいつは……」

「……そうね。綺麗なかっこうで、余裕な顔して、もっとお金持ちになってるわ」

「もし、おれたちがこのまま仕事続けてもさ、満腹度は八〇パーセントまで行くはずもないんだよな。あいつみたいに、余裕の顔して、服も汚さないでいられるわけ、ないんだよな」

「仕方ないじゃない。いい仕事ないんだもの」

「いい仕事か……」


 アジタは悩んだ。


 ――この世の中、不公平だ。頑張ってるやつより、楽してるやつが儲けてる。どうなってんだよ。どうやったら、この不公平がなくなるんだ。おれは、自分があの金持ちみたいになりたいんじゃない。自分だけ楽したいんじゃない。この不公平が嫌なんだ。みんなも幸せになって欲しいんだ……!


 数日後。

 考えて考えた末に、アジタは愚かな答えを導き出した。


「サーミヤ。おれたちは、金持ちを相手に商売しよう」

「そんなことできるの? アジタ」


 商売などやったこともない。どんな商売をやるのかとサーミヤがアジタの目を瞠る。

 アジタは言った。


「泥棒だよ。金持ちからガッポリ盗むんだ。あいつらがズルいやり方で楽して儲けた分、盗んでやるのさ。それを貧しい人たちに配ろう。そうすれば、ちょっとはこの世界を変えられる。みんなが幸せになれる!」

「……うん。あたしも、この世界を変えたい。それだけで変わるかはわからないけど、これは、あたしとアジタの革命よ」


 サーミヤは、じっとアジタを見つめる。


 ――間違ったもがき方かもしれない。たいした効果なんてないかもしれない。でも、あたしとアジタで引き起こす、せめてもの悪あがき。みんなで幸せになるためのサプライズ。


 ニカッと、アジタは笑った。


「革命か。いいな、それ。やろう、おれたちだけの革命を」

「ええ。みんなを幸せの笑顔にするのよ」


 それから、二人は泥棒になった。

 最初の泥棒は、村で働いた。

 砂鉄商のようになった旧友から盗み、村人に配った。昔の友人の驚く顔や悔しがる顔など、あえて見なかった。憎しみからやったわけではないから。貧しい人や困っている人を幸せにしたいだけだから。

 続いて、村の富裕層からも盗んだ。

 そのあと、村を出た。

 いろんな土地を旅して、いろんな人たちを見て、いろんな金持ちから泥棒してきた。

 その華やかさと賑やかさ、二人の陽気さ、そして貧しい人たちに還元する義賊のような振る舞いから、いつしか二人は『ガンダスの歌って踊る大泥棒ムービースター』と呼ばれるようになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る