37 『一件落着の乾杯』

 そんな昔のことを思い出して。

 アジタとサーミヤは述懐する。


「あるとき、おれたちは気づいたんです。金持ちは楽して稼いでる人ばっかりだって」

「一度お金が入る地位を手に入れたら、余裕そうな顔して一般人を無視してお金を集めて」

「だから、そんな金持ちから泥棒して貧しい人たちに還元したかったんです」

「だって、楽して儲けてる人がさらに偉ぶって、おかしいじゃないですか」


 腕組みしながらうんうんとうなずき話を聞いていたシャハルバードだが、二人の言葉が途切れたところで、ようやく口を開いた。


「キミたちの言いたいことはわかった。確かに、金持ちで楽して稼いでる人は多い。ワタシも昔は貧しくてね、商人修業をしていたときの親方みたいな人は、いくら儲けてもワタシが頑張っても、固定分しか与えてくれなかった。自分ばっかり儲けて……と思って悔しかった。地位を手に入れるための努力は讃えられるべきものがあるかもしれないけど、不公平があることもしばしばだよね。だが、金持ちがすべて楽してるわけじゃない。そこのアリは、毎日汗水流して働いて、その宝石を手に入れたんだ。キミたちはその努力も知らず、知ろうともせず、アリから大事な物を奪おうとした。その意味がわかるかい?」


 アジタとサーミヤはアリの顔とその手に握られた宝石を見て、涙をこぼした。風でもさらい切れないほどに泣き濡れる。


「そうだったんだね。おれたちはなんて愚かだったんだ……」

「ごめんなさい、ごめんなさい」


 小さな少年が、毎日せっせと働き、少しずつ集めて積み重ねた汗。その雫の重みに、アジタとサーミヤは初めて気がついたのである。

 反省する二人を見おろし、シャハルバードは小さく微笑んだ。


「どうだい? アリ、彼らを許してあげられるかな」

「え? おいらが決めるの? そりゃあ、いいけど。宝石も返ってきたしさ。だから、許すよ」


 ニッと笑顔で答えるアリ。

 シャハルバードはアジタとサーミヤに告げる。


「だ、そうだ」

「ありがとう。ありがとうございます」

「ありがとうございます。あたしたち、心を入れ替えます」


 二人は顔を見合わせてうなずく。


「心を入れ替えて、ちゃんと人を見て、悪い人やズルい金持ちから盗むようにします!」

「ちゃんと人のことを考えられるようになります!」


 そんな二人の決意表明を聞いて、キミヨシとトオルとリラは呆気に取られる。


「なに言ってるだなも……?」

「こいつら、反省してんのか?」

「泥棒は、やめないんですね……」


 しかし、シャハルバードはアジタとサーミヤの肩に手を置いて笑顔を浮かべた。


「ああ。大いにやるといい。今のキミたちならきっと大丈夫だ。徳を積み、ちゃんと、人を見る目を養うんだぞ」

「はい!」とアジタとサーミヤは返事をした。


 キミヨシとトオルとリラは、シャハルバードまでそんなことを言うので、やはり不思議そうにしていた。

 ナディラザードはくすりと笑って、アキとエミに言った。


「もうしゃべっていいわよ」


 肩で息して深呼吸するアキとエミが、やっと言葉を発する。


「ふー。疲れたー」

「息止めてたからお話聞けなかったよー」


 それを横目に、ナディラザードはおかしくなって噴き出してしまった。


「なんで息まで止めてるのよ」

「で、なんの話だったの?」


 アキに聞かれて、ナディラザードは片目を閉じる。


「なんでもないわ」

「そっかあ。なんでもなくみんな笑顔になってるなら、まあいっか」


 と、エミが笑った。

 そんな二人を見て、アジタとサーミヤはぽかんとした顔になる。


「なんて人たちだ」

「ほんと、これはあたしたちの完全なる敗北ね」


 よーし、とアキがカメラからパシャリと飲み物を取り出す。アキとエミのカメラは物を収納することもできる。出現させた飲み物をアジタとサーミヤ、シャハルバードたち、リラやキミヨシやトオルにも渡してくれる。


「みんな、行き渡ったー?」


 エミが問いかけ、アキが「せーの」とエミに合図を送って、


「かんぱーい!」


 二人がそろえて音頭を取り、泡立った飲み物を飲む。


「終わったあとは乾杯だよ!」

「これで一件落着だね!」


 完全にまたアキとエミのペースになってしまい、アジタとサーミヤも気持ちよさそうに飲んでいる。


「くぅ~! これだね、乾杯と言えば」

「反省したあとの乾杯ってサイコー」


 キミヨシは一杯飲むと、顔が赤くなる。


「おいしいだなもね!」

「やめとけ、キミヨシ。おまえは酒弱いんだからよ」


 トオルにたしなめられるが、キミヨシは「たまにはいいだなも」と笑っている。

 リラは苦笑して、


「わたくしはまだ飲める年齢ではない物みたいですね」


 と口をつけずにいる。

 シャハルバードはアリの頭に手を置いた。


「よく許してやった。彼らはちゃんと心を入れ替えたからもう大丈夫だ。ワタシの目が確かならね」

「そうだね。シャハルバードさんが言うなら、おいらもそう思えてくるよ」

「トオルはどう思うだなも?」

「まあ、オレも不思議と大丈夫な気はしてる」

「そうだといいですね」


 キミヨシとトオルとリラがそれだけ話して、三人はアキとエミに絡まれてキミヨシはさらに飲まされる。

 そんな彼らを横目に見てから、クリフはシャハルバードに問うた。


「オレにはよくわかりませんでした。彼らの心も。もっと目を養わなければならないって思ってます。でも、シャハルバードさん。彼らは結局、泥棒を続けるんでしょうか」

「続けるだろうね。世の中、キレイなことばかりじゃない。宝石と呼ばれる石が、世にある石の一握りであるように。美しい物のほうが少ないかもしれない。でも、原石もまた多い。彼らは原石だ。クリフ、ワタシ風に言うとね、アジタくんとサーミヤくんには、五千万両出せると思ってるんだよ」

「え、そんなに……」


 驚くのも無理はない。五千万両以上を出すことは滅多にないからである。心の中で、キミヨシには過去最高額の三億両をつけたことを知らないクリフとしては、久しぶりに聞いた高額だった。


「まあ、彼らのこれからに期待しようじゃないか。アキくんとエミくんに関われば、彼らはきっと良くなる」




 それからしばらく、リラたちは賑やかに染まった街でアキやエミたちと楽しく過ごした。

 幌馬車に一行が乗り込む。

 そのとき、リラが改めてアキとエミにお礼を述べた。


「今回はありがとうございました」

「なんのこと?」


 アキにはわかってないらしく、リラは「いいえ」と微笑む。この二人がいたから、今回アリの宝石は守られ、アジタとサーミヤは改心したのだ。どれほどの改心かはリラにはわからないが……。

 エミが聞いた。


「ところで、リラちゃんはお姉さんに会えた?」

「いいえ。まだです」


 たったの数時間で会えるものでもない。それはエミも半分わかっていたのか、「そっか」とつぶやき、小槌を取り出した。

 リラにも覚えのあるデザインだが、特別変わったデザインというわけでもないはずである。


「たぶん、ううん、絶対、リラちゃんはお姉さんに会えるよ」

「おまじないに、お姉さんへと続く、目には見えない秘密の架け橋を創ってあげる。《うちづち》を振っておくね。これをひとつ振ると、ひとついいことが起こるんだ」

「あ、ありがとうございます。でも、どうしてわたくしにそこまで……」

「アタシたちがリラちゃんのこと好きになったから。幸せの種を育てて、笑顔の花を咲かせたい。それだけだよ」


 エミがウインクすると、アキが親指を立ててニッと笑う。


「そういうこと。きっと、うまくいく」

「うまーくいく!」

「はい。ありがとうございます!」


 アキとエミにそう言われると、自然とうまくいく気がしてくるから不思議だった。


 ――なんだか、やっぱり不思議な人たち……。でも、この小槌……。せんしょうほうさんが作ったものとそっくり……。


 しかしアキとエミはすぐにキミヨシたちと談笑しているので、リラは言い出せずに口をつぐむ。晴和王国では縁起物として有名だし、リラが知らないだけで、よくあるデザインなのかもしれないと思い直した。




 幌馬車が走り出す。

 それを見送り、アキとエミは、『ガンダスの歌って踊る大泥棒ムービースター』アジタとサーミヤといっしょに大きく手を振る。


「ばいばーい!」

「またねー! ごきげんよーう!」


 幌馬車が小さな粒に見えるほど遠ざかり、アキとエミは言った。


「お姉さんに会うために旅をしてるなんて偉いね」

「妹を探してるクコちゃんと似てるね」

「……」

「……」


 数秒の沈黙のあと、二人は声をそろえて、


「あー!」


 と大声で叫んだ。


「リラちゃんの顔、だれかに似てると思ったら」

「うん、クコちゃんだったんだ!」


 やっと気づいた事実に、二人は驚き合う。

 だが、すぐに、


「世の中似てる人もいるもんだねえ」

「そっくりさんってやつだね」


 と笑って流したのだった。

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