38 『風の船』

 幌馬車が港に着く。

 そこに、シャハルバードの船がある。

 しかし船は海賊に占拠されていた。

 今にも出航しようとしている。


「来たか! 『ふなり』シャハルバード! 悪いがこの船はいただくぜ!」

「おれたち海賊を相手にタダでは済まねえってことだ!」


 船が奪われようとしているのを見て、キミヨシが言った。


「あいつら、なんか逆恨みしてるみたいだなもよ!」

「そんなものかな。海で襲われたところを、我々が返り討ちにしたんだ。それが気に食わなかったらしい」


 シャハルバードは落ち着いたものだが、アリは憤っている。


「くそう、なんてやつらだよ!」

「シャハルバードさん、どうしましょう?」


 リラは心配するが、クリフが冷静に言った。


「心配はいらない。シャハルバードさんは強いんだ」

「そういうこと。兄さんに任せておいたらいいのよ」


 ナディラザードがそう言うと、シャハルバードはつかつかと前に進む。


「いい風だ。これなら乗れる」

「なに言ってやがるんだ」


 海賊が悪態をつく。

 穏やかに微笑み、『ガンダスのかぜ』シャハルバードは軽くジャンプした。


「《風船カザフネ》」


 すると、風に乗ったように宙に浮いた。足下にはなにも見えないが、まるで絨毯でも敷いてあって、それが浮いているように見える。


「我が輩の《きんとんうん》みたいだなもね……」


 ぽつりとつぶやき、キミヨシはニヤニヤしながらシャハルバードを観察する。


「いくぞ!」


 途端に、風が吹いて、ひと息に海賊の元まで飛んで行く。

 腰の剣を抜き、シャハルバードは斬りかかった。


「やろうってのか!」

「三対一だ!」


 三人がかりでシャハルバードに剣を向ける海賊たち。だが、シャハルバードはそれらを軽々と捌き、三人を斬ってしまった。


「甘いな」

「くああ!」

「やられたァ!」

「痛っ……くねえ」


 三人は苦しそうな顔をしてみるが、すぐに真顔に戻る。


「な、なんだ。斬れてなかったのかよ」

「確かに斬られたと思ったんだがな」

「ラ、ラッキー」


 安心する三人だが、シャハルバードはビシッと指を差した。


「油断大敵! キミたちはもう斬られている。斬られた場所からは空気が入り、膨らんでゆく! そして飛んでゆく!」


 シャハルバードのセリフが終わるや、三人の海賊の身体がぷくぅーっと膨れて、宙に浮かんでしまった。

 その様子に見とれる仲間十人ほどを、シャハルバードは空を飛んで移動して、さらりと斬ってのけた。

 残る十人も風船のように身体が膨れて宙に浮いてしまう。


「うわあ!」

「どうなってやがる!」

「おろせー!」

「助けてくれー!」

「おまえは飛びすぎだー」

「ひやああああ」

「さすがはシャハルバードさんだよ。あの程度の連中なんか楽勝だ」


 最後にクリフが満足そうに言った。

 トオルがナディラザードに問う。


「今のはいったいなんですか?」

「あれは兄さんのもう一つの魔法よ。兄さんはデュアルで、《風船カザフネ》が戦闘用って感じかしら。アタシたちには見えない風の船を魔力で作り出し、それに乗って空中を移動できるわ。また、斬ったら裂けてそこから空気が入り込み、身体が風船バルーンみたいに膨らんでしまうの」

「時間が経ったら戻るよ」


 と、アリが笑顔で言った。

 クリフは海賊たちに背を向けてひとりごちる。


「次に空から降りてくるとき、連中が無事地上に足をつけられるかはわからないがな。もしかしたら、風に流されて海の上で魔法の効果が切れるかもしれない」

「確かに。大丈夫かな? クリフ」


 アリもそれほど心配しているわけではないとみえる。だが、気にはなるらしい。クリフはあっさりと言い捨てた。


「オレたちには関係ない」

「それもそっか」


 軽い調子で納得するアリを見て、キミヨシは笑った。


「やあやあやあ。おもしろい魔法だなもね。空を飛べるのは希少だなもよ」

「そうですね。剣もかなりの腕のようです」


 キミヨシとリラが感心していると、シャハルバードがにこやかに戻ってきた。


「まあ、たいしたことない相手だったからね。さあ、ワタシたちは船に乗ろう。この『船乗り』シャハルバードの船にようこそ」

「はい。よろしくお願いします」

「お世話になります」


 リラとトオルが改めて挨拶する。


「楽しい旅になりそうだなもね」


 ウキウキとキミヨシが言って、一行は幌馬車と共に船に乗った。

 船の中で、リラの吐息が舞い上がる。


 ――キミヨシさんとトオルさんに出会えたばかりか、シャハルバードさんたちにも出会えるなんて、リラはなんて幸運なんだろう。でも、本当に出会いたい人は未来にいて、まだ見えない。サツキ様、お姉様。この波を超えた、水平線の向こうでお会いしましょう。


 シャハルバードの商船が、ガンダス共和国ラナージャの港町を出港した。

 ラナージャの夜景が少しずつ遠ざかる。

 船は西へ向かう。




 一方、ガンダス共和国。

 ラナージャの宿では。

 えいぐみ全員そろっての食事になるはずであったが、玄内は研究があるということで別荘にいるので、残りのメンバーで食卓を囲んでいた。

 最後にやって来たミナトに、ヒナが口先をとがらせて聞いた。


「なにやってたのよ?」

「いやあ。お散歩してたから遅くなってね」

「サツキは強敵と戦ってたし、あたしたちだってアルブレア王国騎士と戦ってたってのに、のんきなもんよね」


 ヒナに続けてルカも付け加える。


「サツキはアルブレア王国騎士と戦ったのだけど、弱点を探るにもサツキの瞳と洞察力あってこそだったわ」

「へえ。そんな強いお方がいるならぜひお手合わせ願いたい。今日はほんの戯れ程度しか動いてないからなあ」

「もう片方はマフィアで、こちらは同行した人がほとんど二人で倒してしまったから、ほどよい見学だったわね」

「見学はつまらないなァ」


 ミナトの風の吹くような微笑をするが、クコはふと思い出す。


 ――そういえば、リュウシーさんが別れ際、気になることを言ってましたね。


 リュウシーはなにかを思い出したように振り返って、


「あ。そうだ。クコ王女」

「なんでしょう?」


 こんなことをクコに話した。


「この町には、ヤバイやつ。さっきすれ違っただけだったんだけど、死が頭をかすめた。そいつ、アタシを攻撃する素振りもなかったのに、怖くて仕方なかった。今まで出会った、だれもよりもヤバかった」

「そのような方が……」

「あれはもしかしたら、グランフォード総騎士団長クラスかも。いや、総騎士団長には会ったこともないんだけどさ」

「そうでしたか。わかりました。気をつけます」

「うん。王女の旅が無事であるよう、祈ってる」


 会話はそれで終わった。

 クコはミナトが遅くなった原因に、その人物が関わっているような気がして問いかけた。


「ミナトさん。小耳に挟んだことなんですが、この町にはヤバイ方がいるらしいです。どんなヤバイ方なのかはわかりませんが、かなり強いという意味だと思います。大丈夫でしたか?」

「いやあ、そんなのはいなかったなァ」


 にこにこ平然と答えてくれたので、クコはホッとした。


 ――よかった。リュウシーさんのおっしゃっていたヤバイ方に遭遇する前に、この町を発ちたいところですね。


 いずれにしても、出発は明日の朝、ケイトと合流してからになる。それまでは迂闊な行動は避け、なるべく宿にいようとクコは思った。

 ただし、リュウシーの忠告したそのヤバイやつがミナト自身であることを、クコもミナトも知ることはなかった。

 サツキは無表情に言った。


「やはり、強い相手とも戦い抜く力をつけないといけないな。ミナト、このあと少し組み打ちでもするか」

「そいつはありがたい。身体がなまってしょうがなかったんだ」

「じゃあ決まりだな」

「うん」

「さて。クコ。それでは、報告を聞かせてもらっていいかね?」

「はい!」


 クコが元気に返事をした。




 食事の席にて、サツキとルカとミナトは、クコからリラの手紙の話を聞いた。

 先に話を聞いていたヒナたちは口を挟むことなくクコにしゃべってもらい、最後にバンジョーが質問した。


「で、結局どういうことなんだ?」

「ん?」


 サツキには、バンジョーがなにを聞いているのかわからない。


「だからよ、リラはガンダス共和国に来たのか来てねえのかって話だ」

「バンジョー、あんたちゃんと話聞いてた?」


 ヒナが呆れてジト目になるが、バンジョーはそんなの知ったことではない。


「おう。聞いてたぜ」

「はあ」


 と、ヒナはため息をつく。

 ちゃんと話を聞いていたことは聞いていたらしい。誇らしそうに胸を張っている。ただ、内容が理解できなかっただけなのである。

 ミナトはおかしそうにクスッと笑った。


「まいったなあ。バンジョーの旦那、料理のしすぎで疲れてるんですね」

「オレは疲れ知らずだ! へへ」


 からりと笑うバンジョーに、さすがのミナトも言葉がない。笑顔のまま固まっていた。

 サツキは自分の頭を整理するように、そしてえいぐみのみんなに状況を確認してもらう意味も込めて、バンジョーに説明する。


「リラは、アルブレア王国からシャルーヌ王国へと移動したあと、ワープする魔法の使い手と知り合い、一気にせいおうこくの王都まで送ってもらった。王都ではすれ違い、そして、うらはまではおそらく俺たちの一本前の船に乗ったのだ。船は嵐に遭ってれいくにに流されたが、そこから大陸を旅して、リラは二日前にこのラナージャに到着したことになる。そうなると、もうリラはここを出ている可能性が高い。手紙もうまくやり取りできず行き違ってしまったと思っているだろうしな」


 この続きをルカが引き取る。


「今後、リラはどのルートをたどって進むか明確ではない。大きめの都市を必ず通るとも限らない。だから、メイルパルト王国で待ち合わせる。その碑文を読むのが、リラが博士から課せられた役目でもあるわ。したがって、私たち士衛組はリラとの合流のためには時間と労力を割くことなく、メイルパルト王国を目指すのがいい。そういうことになるわね」

「うむ。わかったかね?」


 二人がまとめ、サツキが聞くと、


「なーんだ! そういうことか! そうならそうと言ってくれりゃよかったのによ。なっはっは」


 バンジョーはおかしそうに笑った。

 今一度、クコはリラからの手紙に目を落とす。


『お姉様、ナズナちゃん、ルカさん、玄内さん、そしてサツキ様。また、共に旅をしてくださっているみなさん。船での長旅、お疲れ様です。

 わたくしは、アルブレア王国を出発したのち、シャルーヌ王国で素敵な出会いがありました。

 その出会いは、わたくしをせいおうこくの王都までひとっ飛びにワープしてくださるものでもありました。

 王都では、ナズナちゃんのおうちへ行こうと足を伸ばしましたが、その途中で歌劇団の方々と出会い、そこで頼まれて二日過ごしました。それがなければみなさんに合流できたのだと、ナズナちゃんのおうちを訪ねてから知りました。

 しかし、そのおかげで、わたくしはまた素敵な出会いに巡り会いました。

 二人の晴和人です。彼らとうらはまへ向かい、そこで別れました。仲良くなれたのでまた会いたいです。

 そして、浦浜でも出会いが待っていました。

 浦浜で出会ったお二人のおかげもあり、その日のうちに浦浜を発つ幸運がありました。

 浦浜を発ったのが、四月十三日。

 すぐに嵐に遭ってれいくにに流されましたが、そこで助けてくださった法師さんと旅をして、その旅での仲間もできて、蓮竺れんじくに到着しました。

 そこで見せていただいた経典は異世界人が記したものらしく、異世界人が元の世界へ戻る方法についても、参考になる部分があると思います。

 わたくしは、ラナージャには七月十五日に到着しました。

 みなさんはいつ到着するのでしょうか。もし先に到着していて、わたくしの到着と一日か二日の違いであったなら、待っていただけると幸いです。

 しかし、ふじがわはかからのお手紙にもあったと思いますが、わたくしはメイルパルト王国で碑文を読むお役目があります。

 このあとのお手紙のやり取りはうまくできるかわかりません。どの都市に寄るのか、わたくしにもわかっていません。ラナージャで出会った方が船乗りなので、船での移動になるからです。ですから、メイルパルト王国を目指してくださると助かります。

 もしこのガンダス共和国で出会えなかったから、メイルパルト王国でお会いしましょう。

 わたくしもメイルパルト王国を目指します。

 みなさんの幸運を祈って。あお


 隣にいるナズナも手紙を見つめ、それからクコを見上げる。


「メイルパルト王国、だね。クコちゃん」

「はい。この街では会えませんでしたが、リラが元気に旅をしていて、様々な素敵な出会いと巡り会っていることがうれしいです」

「うん。……あ」


 と、ナズナは手紙の続きを発見する。


「あら」


 クコも手紙を読む。

 手紙にはこうあった。


『追伸 サツキ様がどんなお方なのか、今から楽しみで仕方ありません。サツキ様によろしくお伝えください。経典について他にもご報告したいことがありますので、早い会いたいです』

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