39 『次への出発』

 夜。

 食後、サツキとミナトは剣の修業をしていた。

 サツキは、レオーネとロメオという二人組に会って、この世界にはまだこんなにもすごい人たちがいるのかと感激し、やる気が刺激されていた。

 だから修業にも力が入る。


「すごい人と会ったってことだけどさ。よほどの人だったんだねえ」


 ミナトの瞳が、キラリと光る。


 ――たった一晩でまた腕を上げたな。これは尋常じゃない成長だよ。なんて速度で進化するんだろう。やっぱりサツキはおもしろい。


 やる気とか精神状態が影響しただけとも思えないが、それでもミナトはサツキの成長がうれしくて仕方ない。


「うむ。また会いたいものだ」

「いいねえ」

「あと、もっと強くなりと思った」

「そうこなくちゃ。楽しいよ、サツキ」

「俺もだ、ミナト」


 ふふ、とミナトは微笑む。

 レオーネに潜在能力を発掘してもらったことで、サツキはさらに一段階成長を遂げていた。ばかりではなく、精神的にも向上心が刺激され、ミナトと合わせる剣も一瞬ごとに磨かれて鋭さを増すように、ミナトには感じられた。


 ――今の僕ならキミの剣も進化も可視化できる。でも、この加速度についていくのはちょっと怖くなるくらい楽しいや。


 ミナトの剣が消えるように伸びて、剣を握るサツキの手がしびれる。

 手のしびれのあと、一瞬遅れて剣と剣がぶつかる音が鳴る。


 ――このしびれ……。どれだけ速くて強いんだ、ミナト。


 今までならば、サツキの瞳でも追えなかった神速。それを、かすかに軌道まで見えた。潜在能力が一段階解放されたおかげであろう。

 しかし、まだまだミナトには追いつけない。

 この差は歴然たるものであり、その剣筋をハッキリとは視認できぬし、《パワーグリップ》を発動しているがこれほど明確に手がしびれたのである。銃弾を斬るときでさえしびれを伴うこともなかったのに、ミナトの剣には速さばかりでなく重さもある。

 そのせいで、サツキにはミナトに近づいている実感が湧かない。

 むしろ、逆だった。


 ――俺は強くなった。レオーネさんのおかげで。それなのに、なんでミナトとの実力差をもっと感じるんだ。


 焦り、悔しさ、不安、高揚感、負けん気、それらどの感情なのか自分でもわからなかった。一つだけハッキリしているのは、動揺しているということだった。


「もっと、おいで」


 にこり微笑むミナトを見て、サツキは不敵に笑い返す。


「当然。とらえてやる」


 到底、ミナトに追いすがることもできない実力差。形容できぬこの動揺も隠せているかどうか。だが、サツキは少しでもミナトに近づきたかった。


 ――不思議だった。俺はミナトに出会って、ミナトに近づきたかった。ミナトみたいに強くなりたかった。それは今も変わらない。でも、わずかでもミナトに近づき、ミナトの強さを知ってわかった。俺は、ミナトの友だちとして側にいたい。それが、俺がミナトの剣を目指す理由かもしれない。


 アルブレア王国奪還だけが目的ならば、ミナトの異次元な強さに追いつく必要もない。


 ――友だちとしていっしょにいる。そのためにも、ミナトの剣に近づくことが大事な気がするんだ。


 そして、今日一つ課題もできた。


 ――あとは、殺さず殺されずに相手を下す力を手に入れる。


 この二つの気持ちを胸に、サツキはミナトと剣を磨く。

 そのあと。

 剣の修業にクコが参加して、一時間も剣を振るったのだった。




 入浴を済ませたあと。

 サツキは、クコとルカの二人と今後のえいぐみについて話し合っていた。場所はサツキの部屋になる。


「ケイトさんを除けば、組織図はほとんど完成したと言っていい。ケイトさんと合流したその翌日に、役職と各隊の発表ということでよろしく頼む」

「わかったわ。では、その形で士衛組の役職を考えておきましょう」

「はい。ケイトさん次第です」


 サツキの言葉にルカとクコがうなずき、それからクコがルカに言った。


「ルカさん、サツキ様とお話があるので席を外してもらってもよろしいですか?」

「構わないわ」


 サツキを一瞥したが、もう表情もいつも通りだし問題はないだろう、とルカは思った。昼間あんな戦いをしたとはいえ、レオーネとロメオとの出会いやアイスなど、サツキも充分に気分転換できたとみえる。それどころか、レオーネとロメオがサツキに与えたプラスの影響はとても大きい。


 ――サツキの横にいてあげたかったけれど、大丈夫かしらね。


 一旦はクコに預けることにして、ルカは自室で医学の勉強にいそしむことにした。


「おやすみなさい。サツキ、クコ」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ。ルカ」


 ルカが部屋を出る。

 部屋には、サツキとクコだけになった。


「話ってなんだ?」

「少し、記憶を見せておこうと思いまして。メイルパルト王国の場所など、わたしの知っていることをお話しします」


 そういうことか、とサツキは理解する。

 記憶を見せてもらうとき、サツキはクコに膝枕をしてもらう。しかしそれはみんなの前では恥ずかしいから、二人きりのときだけにしてくれと言ってあるのだ。


「さあ、サツキ様。どうぞ」


 ぽん、とやわらかい音を鳴らしてクコは自身のももをたたく。

 サツキは言われるがままに横になって頭を乗せた。


「ふふ。サツキ様。今日はずっと船を待っていて、お疲れでしょう。戦闘もあったみたいですし、さっきの修業はいつも以上に気合が入っていました。今日はもう、甘えてもいいんですよ?」


 クコはサツキの頭をなでる。

 さきほど、クコはサツキとルカからジャストンとの決闘については聞いていた。そのことも関係しているのかもしれないが、どこかサツキの様子が少し違う気がしたのである。


 ――強い意思もありますけど、それさえ振り払おうとするようななにかを感じます。そう……なんだかサツキ様、また儚げなお顔に見える……。


 そんなとき、クコはサツキをぎゅっと抱きしめてやりたくなる。

 理由や実際になにかあったのかはよくわからないが、クコには肌でそのなにかを感じられて、サツキを癒やしてあげたくなった。

 サツキは照れてクコに背中を向けるように身体をひねった。


「船旅で疲れているのはクコもだろう?」

「はい。では、手をつなぎましょうね」


 クコはサツキの手に自分の手を乗せて、包み込むように覆った。そこで、サツキはやっと少しだけ身体の緊張が取れたようだった。


「(サツキ様? 眠たくなったら、そのまま寝ていいですからね)」

「(寝ないから平気だ)」


 ふふ、とクコは笑う。なんとなく、今日は疲れもあって寝てしまう気がしてならないのである。長い船旅がようやく終わって、久しぶりの陸地での夜。できれば、クコとしては自分の膝の上で心穏やかに眠ってほしかった。

 クコはおとぎ話でもするように話した。


「(メイルパルト王国は、ルーンマギア大陸の南西にある大陸に位置し……)」


 話によると、メイルパルト王国はサツキの住んでいた世界でいうエジプトに位置する国であるらしい。ピラミッドが有名で、その点も一致していた。

 そのメイルパルト王国首都ファラナベルで、リラと合流するとのことである。

こうがくしゃしゃこう』と呼ばれる碑文と石板と壁画の宝庫で、それらは旧市街に多いという。

 砂漠の民の生活なんかについても聞いているうち、サツキは眠くなってしまい、ついに寝てしまった。


 ――うとうとしながら頑張ってお話を聞こうとしていてかわいかったですね。ふふふ。このまま寝かせてあげますからね。


 サツキのかわいらしい寝顔に、クコのほうが癒やされる気分である。


 ――いえ、こんな寝顔を見られて、安心したのかもしれませんね。


 指先で、サツキの前髪をちょこっと直してやる。


「いつもありがとうございます。おやすみなさい」



 そのあと。

 サツキは、一時間も眠ってしまってからようやく目を覚ました。

 自分を膝枕しながらクコまで寝ていたものだから、寝ないと言っておいて寝たことの恥ずかしさやらクコも眠かっただろうにずっと膝枕で寝てしまっていた申し訳なさで、なんだか気まずかった。


「寝てしまった。ごめん」

「いいえ。もうお風呂には入ってますから寝るだけですし、もう少しこうしていたかったらいいんですよ」

「一時間も頭をのせたままではつらいだろう」


 むしろクコとしては安心と癒やしを得られた気分だった。


「なにもつらいことはありません。それより、サツキ様が安心できるのなら、わたしが添い寝して差し上げましょうか?」


 クコも寝起きなのにニコッとまぶしい笑顔を見せるのが、サツキにはなんともいえない気持ちにさせた。


「いや、自分の部屋に戻るよ。クコ、ありがとう」

「こちらこそです。おやすみなさい」


 おやすみ、とサツキは自室に戻って眠った。




 翌日。

 玄内は早朝から宿に戻ってきた。

 朝は、サツキとクコとミナトの三人で剣術の修業をして過ごす。

 九時を過ぎて、サツキは昨日と同じくルカとミナトと三人で船着場へと向かった。

 サツキたちが昨日ここへ到着したときと同じく、午前十時を回った頃。

 一隻の船が到着した。


「あれかしら」

「かもしれませんねえ」


 ルカもミナトもケイトを探すが、ミナトはそもそもケイトを知らなかった。サツキはケイトがあの中にはいないことを確認する。

 船からは、ケイトは降りてこなかった。

 最後の一人も街中へと消えてゆく。

 それを見送って、サツキはつぶやく。


「あれじゃなかったのか。じゃあ、さらに次だろうか」

「あるいは、もう到着しているかだねえ」


 ミナトがゆったり空を見上げながら小さく笑う。

 すると、三人に近寄ってくる人があった。

 サツキとルカはすぐにそちらへ顔を向ける。そして立ち上がった。ミナトは穏やかな面持ちで、目を閉じて微笑む。

 まずはサツキから挨拶した。


「お久しぶりです。ケイトさん」


 やって来たのは、『げんじゅつこうれんどうけいだった。

 ケイトは、紳士然としたスマートな振る舞いで、サツキの前に来て西洋風のお辞儀をした。


「お久しぶりです。サツキさん、ルカさん。お待たせいたしました。実は、昨日の日暮れに到着したんですけど、夜にみなさんを探すのは難しいと思い、こうして今ここを訪れた次第です」


 いつの間にか立ち上がっていたミナトも合わせて、三人がお辞儀を返した。


「そうでしたか。無事、合流できてよかったです」


 サツキに続けて、ルカも、


「お久しぶりです。これからよろしくお願いします」


 と挨拶する。

 そこで、ケイトの目線はミナトに注がれる。二人は顔を合わせるのが今が初めてだから、サツキは隣にいるミナトを手で示して、


「紹介します。船で出会って新しく仲間になってくれた、ミナトです」


 それを受け、ミナトはさわやかに挨拶した。


「はじめまして。僕はいざなみなと。旅の剣士です。お話は聞いてますよ、ケイトさん」


 みずみずしい笑みを向けられて、常に気取ったケイトも一瞬だけ我を忘れていた。すぐにいつものジェントルマンの顔を取り繕う。


「はじめまして。連堂計人です。年は十七になります。ミナトさんはおもしろそうな方ですね」

「僕をおもしろがっても、なにもできやしませんよ。ただの剣士ですからな」


 くすりと笑うミナトの純真な顔を見て、ケイトはすっかり肩の力が抜けている。だがそれは、嫌な脱力ではない。この不思議な若者を気に入ってしまっただけである。


「ミナトさんは、なぜこの旅に? なにか思想でもおありですか」

「いやあ、僕は単なる流浪人なんです。ただ、サツキと友人になれた。たぶん、ほかのみんなとも。僕は、サツキがいればそれでいいんです」

「友のために、協力を?」


 ミナトはくすぐったそうに髪をかきあげ、


「そう言われると恥ずかしいなあ。なんだかサツキといると、僕の旅路に色が映えるような気がするんです。僕のためでもあるのかな」

「ミナトさん。あなたは、ほかの人間とは違うように見えます。清らかな川のようです」

「あはは。そんな綺麗なものではありませんよ。いやだなあ」


 照れたように笑って、ミナトはサツキを見る。


「ケイトさんとも、仲良くなれそうだな」

「そうだね。いい人でよかった」


 と、ミナトは薄く微笑んでみせた。

 ケイトが手を差し出す。


「これから、よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 ミナトが手を取り、二人は握手した。




 ケイトを連れて宿に戻った。

 ふじがわはかとリラへの手紙を出しに出かけたクコたちも戻ってきており、それぞれ再会の挨拶をして、宿を出る。

 サツキがみんなに呼びかける。


「さあ。準備はいいですか」

「次はメイルパルト王国ですね!」


 クコが気合を入れると、ケイトがにこやかに言う。


「その前に、ソクラナ共和国など通るべき国もあります。気をつけて参りましょう」

「ええ。そうですね」


 ミナトが微笑み、サツキがうなずいた。


「うむ。では、出発」

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