85 『スマーフィング』
ミナトは試合が終わり、観客席に戻ってきた。
「やあ。ただいま」
「おかえり」
「おかえりなさい。おめでとう、ミナトくん」
クールなサツキと笑顔のアシュリーに対して、シンジはテンションが上がった様子でミナトを迎える。
「すごかったよ! あのアモーゾさんを圧倒するなんてさ! 強いことはわかってたけど、まさかあんなに強いなんて!」
「いやあ。それほどでもありませんよ」
「なんといっても、あの剣の動き!」
「剣っていうのは奥が深いですね。勉強になりました。サツキ、僕ちょっと鈍くさくなかった?」
「ミナトくんもアモーゾさんもキレキレだったじゃないか」
「そうだよ。二人共すごくてびっくりしちゃった」
シンジとアシュリーはそう言ってくれるが、サツキは冗談交じりに、
「普段ぼーっとしてるやつがなにを気にしてるんだよ」
「あはは。それもそうだ。一本取られた」
と、ミナトは笑っている。
――ミナトにとっては、相手の筋力と足して二で割った状態で剣を振ると鈍くさいと感じてしまうんだろう。それでもシンジさんにとっては充分過ぎるほどのキレがあるように見える。シンジさんはまだ本当のミナトの速さを知らない。かくいう、俺も……。
普段修業をする際、もうかなりのところまで、サツキはミナトの力を引き出させて戦っている。だが、サツキにはミナトの持つ底知れない強さがどこまでも不透明で、可視化してみたいと思っていた。
「ああ、そうだ。ミナト、おまんじゅう」
「いやあ、ありがとう。サツキ」
おまんじゅうを受け取ると、ミナトは「いただきます」とおいしそうに食べ始めた。
さっきの試合、ミナトはあえて《
また、おまんじゅうにしろヨウカンにしろ、ちゃんと包みに入っているから手で汚さずに食べられるので食べやすいのがいい。
「甘くて最高だなァ」
「ミナトは本当、いつもおいしそうに食べるよな」
と、サツキは苦笑した。
「僕は甘党だからね」
「そうだな。あ、ミナト。第四試合も終わるぞ」
「シングルバトル部門も終わりかあ」
「次はダブルバトル部門だね。サツキくんとミナトくんの出番はいつかな?」
アシュリーの疑問に、シンジが予想を述べる。
「たぶん、後半のほうだと思うよ」
「さっきシングルバトル部門にも出場してたから?」
「それもあるけど、二人は注目の選手だからさ。サツキくんとミナトくんは、あのバトルマスター・ロメオさんとレオーネさんの友人ってことでも知られているし、実力もこの数日で知られるところとなった。まだ『ゴールデンバディーズ杯』への出場切符を手に入れてないけど、今一番のダークホースだからね。その出場をかけた試合、今日の
「なるほど。それはありそうだね」
シンジの予想にアシュリーが納得している中、ミナトは穏やかに笑っている。
「そんなに注目されていたのかあ」
喜んでいるのか、不思議に思っておもしろがっているのか、サツキには判断しかねる。だが、のんきなことだけはわかる。
「ミナト。注目される中負けるなんて格好がつかない。次は大事な試合なんだ、集中していくぞ」
「あら。サツキ、まだいろいろ考えて調子戻ってなかった?」
サツキは、昨日ヒヨクとツキヒに負けてから、考え過ぎていろんなことに足を絡め取られていた。ミナトにはそれがわかっていたのだが、さっきの試合を通してサツキは自力で振り払い、いつもの自分を取り戻したとも思っていたのだ。。しかし、まだ周りを気にしたり肩に力が入っているようなことを言っている。
「なんの話だ?」
「いや、別に」
いつもの顔のサツキを見て、ミナトはにこりと笑った。
――なあんだ。やっぱり調子は戻っていたか。
注目されていることも、負けると格好がつかないって気にしていることも、次が大事な試合だって気張っていることも、全部織り込み済みでやる気満々なようだ。
「うん。大丈夫みたいだね。さあ、ダブルバトルの試合を見ようじゃないか。勉強になるしさ」
「そうだな」
ダブルバトル部門の試合は、シンジの予想通りとなった。
サツキとミナトの試合はなかなか始まらない。
『ゴールデンバディーズ杯』に駆け込み参加するために、三勝目をギリギリで獲得しようとしているバディーも何組かいたし、そんなたった三勝目をうろついている参加者相手に勝利数を稼ごうとするバディーもいた。
「初心者狩りのいいタイミングってことか」
ぽつりとつぶやくサツキに、アシュリーが聞いた。
「どういうこと? 初心者を狙っているの?」
「たぶん。今紹介されていた九勝七敗のコンビ、相手が二勝一敗だからって余裕そうな顔してますよね。まだ三勝目に満たないバディーの出場が多い今日、ここでまだダブルバトル初心者のコンビを相手に勝利数を稼ぎたいんだと思うんです」
「そっか。『ゴールデンバディーズ杯』に出なくても、そういう目的で参加する人たちもいるんだね」
そんなサツキとアシュリーの会話に、シンジも教えてくれた。
「大会前はよくあるんだ。特に、『ゴールデンバディーズ杯』は参加資格が三勝ってハードルの低さもあって、目をつけられてるんだよ。まあ、ほかの大会前も同じように勝利数を稼ごうとする人はいるし、コロッセオの運営側も参加者の意図まで絶対にわかる訳じゃないから注意できないし、しょうがないんだけどね」
「ですねえ。気にしてもしょうがないね、サツキ」
「うむ」
サツキはふと、昨日のシンジの言葉を思い出す。
それというのは、
「サツキくんとミナトくんならきっと大丈夫だよ。駆け込み参加者のほかにも強いバディーもいるけど、必要勝利数の三勝に届かないバディーも多いしね」
といったものだった。
――シンジさんは優しいな。駆け込み参加者のほかにも強いバディーもいる。それって、そういうことだったんだ。あえてその手の初心者狩りする人たちの話をしなかったのは、俺とミナトに余計な不安を与えないため、か。
ミナトはサツキがまたいろいろ考え込んでいるその横顔を見て、いつもの透明な笑顔で言った。
「初心者狩りなんかして喜んでいる相手に負けてなんかいられないぜ? サツキ。僕たちは、『ゴールデンバディーズ杯』で優勝するんだからね」
そこまで言われて、サツキは我に返る。
「そうだな。そうだよな」
「さあ。プログラムも半分が終わった。僕たちの試合はもうすぐだ」
「うむ」
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