84 『ソードマンシップ』
コロッセオでは、ミナトとアモーゾの試合が始まった。
その頃……。
ロマンスジーノ城の一室では。
グラートがコーヒーを淹れて、レオーネとロメオに振る舞っていた。
「またすぐにお出かけですか?」
「ええ。ほかにも仕事がありましてね」
とレオーネが答える。
「戻ってきたばかりなのですから、もう少しゆっくりしていけばよいのに」
「そうもいきません。『
「コーヒーをいただいてひと息ついたら、また出かけます」
レオーネとロメオがそう言うと、グラートは不意に窓の外を見た。
「そういえば、今朝、ミナトさんは子供たちに囲まれて遊んでいました。お優しい方で、アキさんやエミさんといっしょに子供たちの人気者です。そんなミナトさんが、コロッセオで戦っているのが想像しにくい。今頃コロッセオで戦っているかもしれませんが、あの方は大丈夫でしょうか」
レオーネが小さく微笑む。
「心配いりませんよ、グラートさん」
「そうです。ミナトさんは強い」
ロメオもそう言うので、グラートは驚いた。
「これは意外なものですね」
「先日、オレとロメオは、玄内さんの《
「ほう」
「驚きました。まさかあれほどとは。オレの魔法との相性もありますけど、正直な話、彼に本気で殺す気で来られたら、オレは魔法を使うヒマさえないでしょう。しかも、その魔法がなくても強い。生粋の剣士だ」
「まさか……」
レオーネの下した評価を聞いてグラートは目を丸くする。
「もしオレが剣士だとして、あの境地にたどり着くのにどれだけの時間がかかるか。いや、たどり着くことができるのか」
「今のミナトさんの次元には、たどり着けないことはないとは思う。でも、彼の秘めた力はもっとすごい」
ロメオは、レオーネより肉体を使った接近戦も得意だから、見る目も変わってくる。同時に、それゆえに、ミナトの潜在能力にも可能性を感じていた。
「なるほど。お二人とは違った、剣の道における天賦の才。そして、魔法の特質。ご友人方の頼みもあったとはいえ、ヴァレンさんが気に入るわけですね」
グラートも納得する。
「運命のイタズラってやつが導いてくれた縁、大事にしたいものですね。いや、導いてくれたのは、あの二人か」
そう言って微笑み、レオーネはひとりごつ。
「キミの神秘に魅せられて、ヴァレンさんはキミのいる壱番隊を選んだ。そしてキミを支えることにした。我々はサツキくんに特別な価値を感じているが、ミナトくんにもまた、その価値を感じてるよ」
コロッセオの舞台上。
アモーゾの剣が、ミナトに伸びる。
しかし、剣がミナトに当たる寸前、その剣が受けられてしまう。ミナトにうまいこといなされて、気持ちよく攻撃が入らない。
「剣の腕もたいしたもんだ。すげえよ、認めてやる」
「どうも」
そこから、アモーゾは打ち明け話をしゃべり出した。
「オレはなあ、この鋼の肉体を手に入れるまで、相手との力の差を埋めるために魔法を使ってきた」
魔法、《シーソーゲーム》は自分と相手の筋力を同等にする能力だ。二人分を同じく配分すれば、あとは肉体以外の勝負に持ち込める。
「だが、オレは強くなるために肉体を鍛えることを怠らなかった。いつしか、オレは強くたくましい筋肉を育てていた」
だれが見ても、アモーゾの筋肉はかなり仕上がっている。
「こうなると、オレの魔法は用なしだ。普通ならな」
「普通じゃありませんでしたか」
「ああ。オレはどこまでも強くならなきゃならねえ。肉体を鍛えることにも際限はねえが、剣の強さにも際限はねえ」
「ええ。それには同意します」
「剣ってのは厄介なもんだ。肉体が強くなれば剣の腕が未熟でも勝てちまう。オレはあるとき、そんな試合をしちまった」
北部地方の闘技場で戦ったとある試合のあと、宿への道の途中、観客の声が聞こえてきた。三人の青年がしゃべっていた。
「あのアモーゾってやつ、剣はひでえな」
「だな。力任せだもんよ。勝ったっていっても、伸びしろは感じねえや」
「おまえもそう思うだろ? ……っておまえ、ずっと黙ってどうしたんだよ?」
二人の仲間に聞かれて、黙っていた青年は答えた。
「……昔さ、南部の闘技場であの選手を見たことがあるんだ。ポパニだったかな。そこでは、もっといい剣士だったんだよ。だから名前見て期待したんだけど、とんだ期待外れ。おれも見る目ねえよな」
失望と寂しさ。
アモーゾは、この青年からそれを感じ取った。
その言葉が胸に残り、何時間も考え続けて、アモーゾは答えを出す。ただ勝つことを目標としなくなった。
――オレが手に入れたかったのはこんな強さじゃねえ。こんなんじゃ、いくら勝っても強くなれねえ。あの頃の弱い自分にいつか戻っちまう気がする。オレはだれよりも強くならなきゃなんねえんだ!
このまま力任せの戦い方をしていたら、それが身体に染み込んでしまう。そうなったらお仕舞いだとアモーゾは思った。決して戻りたくはない時代へと逆行するような感覚がアモーゾにはあった。
そんな劣等感を振り払うために、そして肉体だけじゃない強さを身につけるために、剣の高みを目指すことを選んだ。
「最悪な試合だったぜ。あんな試合は二度としねえ! オレは剣を高みを目指すと誓った! だから、オレは剣の腕を磨くために、相手にハンデを課すようになったんだ。それで勝てりゃあ、どんな相手にも負けねえだろ?」
筋肉では勝っているのだから、剣が勝ればあらゆる相手を制することができる。アモーゾはそう考えた。
「それからは、オレの剣には妥協がなくなった。どんな相手にも剣を雑に振ったりしなくなった。だが、今日のオレはどうかしてるかもしれねえ」
「ええ。そんな感じはありますねえ。でも、剣と剣の戦いは始まった。もっと、その剣は冴えるのでしょうか」
聞かれて、アモーゾは答えられなかった。
この少年の期待に添える冴えを見せられるだろうか。
――冴えだと……? これ以上が出せるかってんなら、出せる気がする。今のこの肉体なら、いつも以上の力が! ……が、そいつはオレの力じゃねえ。オレの制御が及ばない、未知の力だ。クソッ! こんな小せえ晴和人に、オレはオレの力を見せられてもいねえのかよ!
アモーゾは自分への苛立ちから攻撃を重ねる。
「これならどうだッ!」
「……」
またひらりとした身のこなしで、ミナトはアモーゾの剣を捌いた。
――ノーリアクションかよ。これくらいどうってことないって言いたいわけだな。なら、おまえのリアクションを引き出してやるよ。
また剣は雑になっているかもしれない。力んでいるせいであり、精神が乱れているせいだと、アモーゾにはわかっていた。しかしこの苛立ちをパワーに変える以外のやり方がわからない。
アモーゾは、持てる力がただぶつけるように、ミナトに連続攻撃を繰り出していった。
「ぶつかり合う剣と剣! 激しく乱れる白刃のきらめき! どちらもすごい! だが、ミナト選手の剣の美しさはどうだろうか! 何者も触れることができないような、流れるような剣捌きです!」
クロノの実況で言われるように、アモーゾの剣はすべて軽々といなされてしまっていた。
「ちょっと力が抜ける感じがするけど、こんな身体も剣の修業の一つにはなった。あなたはいつもこうやって戦っていたんですね。尊敬します。そして、あなたも剣も、呼吸の乱れがあれど鋭く鮮やかでした」
「な、なんだと!?」
「でも。次で決めましょう」
「図に乗りやがって!」
ミナトへの苛立ちではなかった。自分への怒りでどうしようもないほど、アモーゾは叫びたかった。
――そこまでかよ! そこまで差があるって言いてえのかよ! そこまで差があるって言えちまうのかよ!
アモーゾは言った。
「ああ、わかった! お望み通り、決めてやるぜ! おまえは勇敢な剣士だったよ! だが、オレは勝ってやるッ!」
大きく振りかぶり、アモーゾが斬りかかる。
――いくら《シーソーゲーム》でパワーが互角になったところで、おまえの体格でオレの大剣は受けられまい! くらえ! そんで、おまえの剣ってやつ、見せてくれッ!
全力の一撃を振り落とした。
が。
キーンと高い音が鳴り、アモーゾの剣は弾かれてくるくる飛んでいってしまった。あれだけ大きい剣がまるで木の枝みたいにくるくる回っているのは、目の錯覚に感じるほど不思議な光景だった。
大剣は場外に落ちる。
ミナトはスッとアモーゾに剣先を向ける。そよ風のような柔らかい微笑みで言った。
「降参しますか?」
このとき、アモーゾはミナトが遥か高みから自分を見下ろしているように感じられた。
――そうか。こいつは、オレなんかよりずっと上の……雲の上にいるんだ。本当の剣の高みを目指している。オレは……ただ、自分を守るために強くなろうとしていただけだったんだな。志が違う。勝てるわけがなかった。
アモーゾの強さは自分を守るための強さだった。一方で、ミナトの強さは真に剣の高みを目指す強さなのである。
それがわかったことで、もうアモーゾは戦う気力もなくなっていた。
「う……」
かくん、とアモーゾは首を垂れた。
「アモーゾ選手、降参しました! よって、ミナト選手の勝利だー!」
クロノが叫ぶと、会場もミナトの勝利を称えるように歓声に包まれる。
「剣士同士の真剣勝負! 見る者が息するのも忘れる剣の応酬でした! しかし、圧倒的な差で、この勝敗はミナト選手に軍配が上がりました! アモーゾ選手の無傷の二十連勝を阻止し、ミナト選手は四勝目を獲得、これからの活躍を期待させる剣を見せてくれたー!」
ミナトへの喝采にも、本人は泰然自若としており、微笑で柳に風と流すようにぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました」
そんなミナトの元にクロノが駆け寄り、インタビューする。
「ミナト選手、おめでとうございます」
「どうもありがとうございます」
「ミナト選手の剣、しびれました! アモーゾ選手の魔法は、実際に受けてどうでしたか?」
「剣術の腕だけで勝負するってのもいいですねえ」
「さすが、剣士ですね! もっとうかがいたいこともあるんですが、ミナト選手はこのあとの試合も控えています。ダブルバトル部門の意気込みを聞いてもよろしいですか?」
「さっきサツキも言ってましたが、僕たちは勝つだけです。応援よろしくお願いします」
「ありがとうございました! ミナト選手のインタビューでした!」
ミナトはひらりと身をひるがして舞台を下り、観客席へと戻っていった。
クロノは高らかに会場へと呼びかけた。
「ワタシはミナト選手の未来を想うと、胸が躍らずにはいられません! 本日もありがとうございました! ミナト選手はこのあとダブルバトル部門の試合も控えています。みんなも応援よろしく頼むぞー!」
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