83 『シーソーゲーム』
舞台上では、『司会者』クロノが司会進行する。
「この二十勝目でさらに勢いをつけたいアモーゾ選手、それに対してミナト選手は悠々自適な微笑みで雲を眺めている。確かに今日の雲はふわふわしてておいしそうだ! しかーし! 今からは本気の戦いだから、気をつけてくれよー!」
サツキは頭を抱えたくなった。
――クロノさんに注意されてる。あいつ、ちゃんとやる気あるんだろうな……。
賞金の話を聞いて、サツキのほうが緊張してきたくらいだったのに、当のミナトはのんびりしていて緊張感がまるでない。
アモーゾは苛立ったように剣を抜いた。
「コロッセオにおける魔法戦士の決闘は、エゴとエゴのぶつかり合いだってこと、まさか知らないわけじゃねーよな?」
「ああ、あなたは剣を使うんですかぁ。僕も刀を使うんですよ」
「ふざけたやつだぜ」
ミナトの曖昧な返事に、会話する無意味さを理解する。
――オレは、ステップアップしたいんだ。剣士として高みを目指すために。やってやるぜ。この試合、秒で片づけてやるよ!
パッとクロノを見て、アモーゾは冷徹に告げた。
「さっさと試合を始めてください。オレ、うずうずしてるんですよ。こいつを倒してやりたいってね!」
「わかりました! アモーゾ選手の血潮が熱くたぎっているようです! クールな瞳が燃えているー! ミナト選手はそれに対して……」
ミナトを見て、クロノは言葉を失う。
――穏やかさの中に、闘志がみなぎった。レオーネさんがたまに、こんな表情を見せてくれる。ミナトさん、やる気だな! アモーゾさんの気迫がミナトさんにも伝わってる証拠。これは楽しみだぞ!
クロノは期待を持ってミナトに聞いた。
「どうでしょうか、ミナト選手。意気込みは?」
落ち着いた空気をまとったまま、ミナトは薄い微笑で答える。
「お相手がたぎってると聞くと、僕もたまらなくなる。剣士ってのは、不思議なくらい業の深い生き物みたいでしてね、うずうずも共鳴してしまうんですよ。本気で来てくれたら、僕も斬り伏せてみせましょう」
ミナトの勝利宣言を聞いて、クロノはうれしそうに言った。
「出たー! ミナト選手、堂々たる下克上だー! お互い準備は万端! ならば始めましょう! 魔法戦士の決闘、シングルバトル部門本日の第一試合! ミナト選手対アモーゾ選手の試合を開始します! レディ、ファイト!」
クロノの合図を受けて、アモーゾは即、魔法を発動させた。
「照準を絞って、《シーソーゲーム》!」
ミナトに向かって剣先を向けた。まるで銃や弓で狙いを定めるみたいに片目でミナトに狙いをつけている。それによって魔法が発動されるのだ。
「開幕直後の《シーソーゲーム》です! 剣先を向けた相手に照準を絞ることで、その相手と自分、双方の能力を互角にする魔法です! 能力といっても、筋力を足して2で割るだけなので、剣の腕や技術には影響しないぞー! また、ミナト選手が魔法を使おうと思えば使うこともできるから、作戦はよく考えてくれよー!」
アモーゾは冷笑して、
「オレは剣の腕だけで勝負をしてきた。だが、おまえが魔法を使いたいなら使っても構わない。オレは先に魔法を使っているわけだしな。おまえの魔法はハンデだと思ってやる。筋力もあえておまえと同じにすることでハンデを課し……」
剣を握る手に力を込めた瞬間、アモーゾは圧倒的な違和感を覚えた。
――……ん? な、なんだ? どんどん力があふれてくるような……どういうことだ。なにかの間違いか? これじゃあ、このガキがオレ以上の肉体を持っていることになっちまう。いや、まさか。あり得ない。剣を合わせればすべてわかることだ。
目の前の少年には、それほどのパワーがあるわけがない。自分の思い違いに決まっている、とアモーゾは思って早々に剣を構えた。
「いいぜ! 来いよ! 早くやろうじゃねえか!」
ミナトは少し楽しげに口を開く。
「おもしろい魔法ですね。剣の腕だけで勝負してきたってのも気に入った。僕も剣だけでやらせてもらいます。魔法は使わない。最近いろいろもらい過ぎて、自分で階段を上がりたかったところなんで」
キラっと、ミナトが刀の鯉口を切る。
現在、ミナトが保有している魔法は二つ。
一つ目は、《
二つ目は、《すり
《瞬間移動》は、障害物を通り抜けることはできないが、一瞬で移動することができる。これはミナトが努力によって得られた魔法だ。
だが、《すり抜け》は玄内にもらった魔法である。これによって障害物があっても人間以外の物体ならばすり抜けて通ることができるし、武器で斬られたり刺されたりしても、すり抜けることでノーダメージで済む。ミナトは真後ろから襲ってきた敵を、自分の身体ごと剣で突き刺して相手を刺したこともある。
レオーネにも潜在能力を解放してもらっているし、玄内にはこんな魔法ももらった。だからこそ、ミナトは魔法も使わず、自分の力で階段を上がりたいと思ったのだ。
それに、剣士相手に《すり抜け》を使って負けることはないし、自分の修業のためにも魔法を使わないのはミナトにとって自然な選択だった。
「オレを踏み台にするつもりかよ! やってやるぜ!」
アモーゾがダンっと強く石畳を蹴った。
距離を詰める。
あっという間にミナトとの距離がほとんどなくなり、思い切り振りかぶった。
「ぞおおおりゃあああ!」
「よっと」
剣は速い。
しかし、ミナトはそれを避けてみせた。
「今のを避けられるとはな! このキレを相手に、身軽なやつめ!」
次の攻撃を繰り出すが、斬り上げた剣尖も軽やかにミナトはかわしてくる。
――いい動きするじゃねえかよ、こいつ! オレの全力をかわせるやつなんざ、そうそういねえってのによ! 今日はいつにも増してオレの剣は……。
そこで、アモーゾは思い出す。
――そうだ。今オレは、《シーソーゲーム》でこいつにハンデを与えてやってるはずじゃねえか。なんでいつにも増してキレがよくなってんだよ!
余裕が焦燥感に変わったとき、ミナトの剣がアモーゾの剣を弾き返した。
「油断はいけないなァ」
「ちっ! 案外隙のねえやつだぜ!」
そう言って一度距離を取り、アモーゾは自分への怒りが湧いてきた。
――クソが! なんでだ! オレがあいつとの距離を詰めたとき、いつもより数段オレの動きはよかった! それはつまり、そういうことなのかよ! 嘘だろ! あんな小せえ
アモーゾは幼い頃、イストリア王国のスラム街で育った。
捨てられた子だったのだ。
そこで大人に拾われたはいいが、奴隷のように使われるだけで、父親代わりのその大人はアモーゾを暴力で従わせた。
子供だったから力もなく、幼少時は同い年くらいの子と比べても特に小さかったので、将来の自分への期待も持てない。こんな環境にいたら、人並みの体格でも期待など持てなかっただろう。それほどひどい幼少期だった。
――オレに力があれば、あんなやつぶっ殺してやるのに! せめて、同じくらいの力があれば、オレのほうが戦える! こっそりコロッセオに忍び込んで見た剣の試合で、剣の使い方も知ってるんだ!
何度そう思ったことだろうか。
毎晩毎晩……いや、四六時中そんなことばかり考えていた。
そんな想像だけで、あの大人に支配される現実は変わらないのに。
しかし、変わる時は突如としてきた。
彼はあるとき、魔法を発現させたのである。
創造力が魔法を生み出すこの世界において、アモーゾの創造力は不思議な魔法を彼に与えた。
それは《シーソーゲーム》。
自分と相手の肉体の強さを同じにするのだ。
この不思議な魔法によって、近所で自分をいじめていた子供たちを相手が動けなくなるまで殴り飛ばし、自分の魔法でできることを把握すると、ついにアモーゾは行動を起こした。
親を騙って自分を奴隷として扱ってきたあの大人に、復讐をしたのである。
魔法を発動させたあと、盗んだ剣で相手の片腕を斬り落とすと、
「ま、待て! 悪かった! 悪かったよ! これもおまえのためを思ってやってきたことなんだ! おまえをここまで生活させてやったのはだれだ? わかってくれるよな? な?」
命乞いをするばかりか、まだ自分のほうが立場が上だと思っているこの大人を、アモーゾは殺した。
断末魔を無感情に聞いた。
晴れて自由になって外に出て、初めて気持ちがすっきりした。
それからは、自分の力だけで生きていくために、強さを磨いていった。自分より筋力があって勝てない相手にも、《シーソーゲーム》の魔法でひっくり返した。
剣さえあればどんな相手にも勝てると信じて、肉体も鍛えたし、なにより剣の腕を磨いた。
方々を旅して、気がつくと、またイストリア王国に戻ってきて、コロッセオを志すようになっていた。南部地方の闘技場でも戦ったし、北部にも行った。そして一年前、ついにこのマノーラのコロッセオに来たのだ。
アモーゾの剣はすべてミナトに避けられてしまう。
――弱いやつは、だれかの言いなりになるだけだ。またあの頃に戻ってたまるかよ! オレはだれよりも強くならなきゃなんねえんだ! 認めてやる! おまえの実力は認めてやるよ
コロッセオにきて、戦ってきて、ここまで自分の剣が通用しない相手は初めてだった。
しかも、相手は剣の腕だけが優れているわけではない。筋力を足して二で割って、ハンデを与えてやったと思ったら、自分がハンデをもらっているかもしれないと思えるほど、身体のキレがいいのだ。
ミナトは平気な顔でアモーゾの剣を避けると、穏やかに微笑んだ。
「もっと心を研ぎ澄ませてくださいな。そうじゃないと、剣と剣の戦いは始まらない」
「始まら……? な、なるほど。
一度認めた相手には、挑発と思える言葉にも聞く耳が持てた。実際にも、この少年は挑発で言っているわけじゃない。剣士として言っているからだ。
少し距離を取り、アモーゾは呼吸を整えた。
すると、筋肉はふくらんで力が湧いてきた。
「オレを本気にさせたこと、感謝するが、後悔させてやるぜ」
「へえ」
ミナトは楽しそうに口元に薄い笑みを浮かべた。
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