82 『プライズマネー』

 ほんの少し前――ミナトは、暗い通路の出入口前でシンジの試合を観ていた。


「やるねえ」


 試合が決まり、シンジのインタビューも終わって、ミナトは通路から会場に出ていった。

 シンジが反対側から戻っていくから、シンジとすれ違うことはない。

 ミナトが光の下に現れると、観客席から声援が送られてきた。


「お! 出てきたな! 頑張れよ!」

「今日も期待してるね、ミナトくーん」

「昨日不戦勝だった分、今日は見せてくれよー!」

「やっちまえー!」


 ミナトはにこにこと手を振って声援に応える。


 ――賑やかだなァ。


 さっきの通路とは打って変わって、声がダイレクトに聞こえてくる。騒がしいほどだ。

 優雅なほどの足取りで階段をのぼり、舞台上にやってくる。


 ――相手は、まだ来ていないみたいだね。どんな相手でもいい。早く戦いたいなあ。


 『司会者』クロノがミナトの登場に合わせて、さっそく選手紹介をする。


「続く第三試合、先に舞台に上がってきたのは、『しんそくけんいざなみなと選手だー! 最強のルーキーの呼び声も高いミナト選手は、先程のサツキ選手とは共に『ゴールデンバディーズ杯』を目指すバディーでもあります! サツキ選手は四戦全勝、ミナト選手も三連勝中と、シングルバトルでは負けなしです! 昨日のダブルバトル部門では一敗を喫したが、その実力はまだまだ底が見えない。要注目、いや、最注目の選手だぞー!」


 会場の熱気を受けても、ミナトは涼しい顔で穏やかに微笑む。


 ――さあて、サツキもいつもの調子が戻ってきたようだし、僕はいつでも本気のバトルができるって、サツキに教えてやらないとね。


 身じろぎ一つなく目を閉じて待っていると、クロノがまた実況を再開した。

 どうやら、相手選手が舞台に上がってきたらしい。


「対戦相手もやってきました! こちらは最近のコロッセオを盛り上げてくれている魔法戦士の一人、堪序玲編沿コラッジョーレ・アモーゾ選手です! まだ二十歳になったばかりの新進気鋭! ここまで十九戦してすべて勝利! 一度も負けたことがない期待の星だー! これは、とんでもない試合になりそうだぞー!」


 アモーゾは、身長一八〇センチを超える。腕力もありそうだし、なによりその手に握られた大きな剣が目を引く。あれほどの剣を扱えるのならば、それだけでも相当の剣士だと思われる。

 一階の観客席では、クロノの司会を聞きながら、アシュリーがサツキに言った。


「なんだか、強い人が相手みたいだね」

「まだ負けたことがない。それも十回以上戦って。強敵であることは間違いなさそうです」


 すると、シンジがサツキに教えてくれる。


「『ソードマスター決定戦』では決勝まで進んだほどの選手なんだ。剣の腕は折紙つきさ」

「あ。シンジさん、おかえりなさい」

「シンジくん、おめでとう」

「おめでとうございます」


 サツキとアシュリーに迎えられ、シンジは「ありがとう」と腰を下ろし、言葉を続けた。


「なんとか勝てたよ」

「あと、これ。よかったどうぞ」

「《りょく》! ありがとう、サツキくん。おいしいんだよね、このおまんじゅう。バンジョーさんにもお礼言っておいてね」

「はい」


 士衛組の料理人・バンジョーが作った魔力の回復のお菓子、《りょく》である。

 シンジには二日目から試合後に補給食としてあげていた。バンジョーが持たせてくれたのだ。

 おまんじゅうをおいしそうに食べていたシンジだが、思い出してサツキとアシュリーに向き直った。


「あ、そうだ。それよりアモーゾ選手の話だったよね」

「『ソードマスター決定戦』で決勝に進んだって言ってましたね」

「そんな大会もあるんだね」


 うん、とシンジはうなずく。


「このコロッセオで無敗の選手も何人かいるけど、アモーゾさんは飛ぶ鳥を落とす勢いで駆け上がってる。『ソードマスター決定戦』で決勝に進んだのが躍進のきっかけって話だよ」

「決勝進出……でも、優勝じゃないってことは、準優勝ですか?」

「決勝はトーナメントで勝ち上がった四人でリーグ戦をするから、最終順位は三位だったかな」

「三位。それでもすごいですね」

「もちろんだよ。中途半端な実力じゃあトーナメントは勝ち上がれないし、大会後からはシングルバトル部門の試合でも調子を上げてきてる」


 サツキも少し不安がよぎる。


 ――ミナトなら大丈夫だとは思うけど、それほどに調子づいてる相手は油断ならないぞ。波に乗ってる人は強い。それに、なんでもありの魔法の戦い、ミナトと相性が悪い相手だっていくらでもいるだろう。


 シンジは解説を続ける。


「昨日、サツキくんとミナトくんが対戦したコンビもほとんど負けなしだった。でも、さすがに無敗じゃない。相性が悪い相手と当たることもあるし、ダブルバトル部門は舞台に四人が立つから、なにが起こるかわからない。でも、コンビネーションなどの要素もないシングルバトル部門で無敗なのは、個人の強さの証明でもある。魔法も厄介だ。そして、ここからは賞金額が跳ね上がる」

「賞金額……」

「だから、気合が入ってるだろうね」

「そういえば、賞金ってどうなってるんですか?」


 考えてみると、サツキは自分の賞金帯のことしか知らなかった。


「コロッセオの賞金額は、勝利数に応じて増えるのはいいよね?」

「はい」

「最高額はバトルマスターマッチ。ここで勝つと、シングルバトル部門では一千万両、ダブルバトル部門では三千万両」

「レオーネさんとロメオさんがもらってましたね」

「まず、シングルバトル部門では、一勝するごとに賞金が入る。一勝から五勝までが一万両、六勝から九勝までが五万両、十勝で十万両。ここで一度大きく跳ね上がる。十一勝から十九勝までが二十万両。次に、二十勝から二十九勝で五十万両と大幅アップ。さらに、三十勝から三十九勝で百万両にもなる。四十勝から四十九勝で百五十万両なのは、同じ感じの推移だけど、五十勝ピッタリで三百万両さ。ダブルバトル部門ではシングルバトル部門の三倍の額になるよ」

「なるほど。じゃあ、この試合でアモーゾさんが勝てば、二十万両から五十万両になって賞金的にも弾みがつくということですね」

「そう。だから、ミナトくんには厳しい戦いになると思う」

「……」


 ふと、サツキはアシュリーの兄のことを思い出す。


 ――アシュリーさんのお兄さんも、この賞金が目当てでコロッセオにきたんだ。額が大きくなるのは聞いていたけど、確かにこれだけもらえるようになるなら、挑戦しようって思うよな。


ASTRAアストラ情報局』のラファエルとリディオからの情報では、アシュリーの兄がコロッセオに挑戦するのは生活費を稼ぐのが目的らしい。アシュリーの話でも、兄がアシュリーを生活させるために学者になる夢を諦めて、学院を辞めてマノーラにやってきたそうだ。

 アシュリーはサツキに顔を向けて、


「ミナトの対戦相手も勝負所みたいだし、頑張って応援しようね。サツキくん」

「はい。そうですね」


 とサツキはうなずく。

 観客席から見るアモーゾは強そうだった。

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