81 『ヒーリングスイーツ』

 サツキが一階席に戻ってくる。

 座っていたのはアシュリーだけで、ミナトはもう試合の準備に向かったようだった。


「おかえり。サツキくん」

「ただいま戻りました」


 アシュリーが心配して聞く。


「お腹大丈夫だった? 怪我とかない?」

「大丈夫です。思い切りやられましたけど、もうなんとも」


 と、サツキは苦笑を返す。


「それならいいけど……あ、四連勝なんだってね。おめでとう」

「ありがとうございます」


 お礼を言って、サツキは会場の舞台上を観る。


「シンジさんの試合はまだ続いてますね」

「うん。でも、シンジくんのほうが優勢みたい」


 戦況を見るに、シンジの試合は安心して観られそうだ。ただ、相手がタフだから試合が長引いている感じるだろうか。

 サツキは帽子からおまんじゅうを取り出した。


「え、その帽子って……」


 驚いているアシュリーに、サツキはそういえば初めて見せるなと思いながら説明した。


「《どうぼうざくら》っていう魔法道具です」

「昨日、試合では投げてたよね」


 アシュリーはよく覚えている。

 仮面の騎士を相手にしているとき、サツキは帽子を投げて、それを足場にしてジャンプし、加速したのだ。


「いくつかの効果があって、投げたら手元に戻ってきたり、膨らんでそれに乗ると跳べたりするんです」

「へえ。おもしろいな」

「あと、帽子の中が四次元空間みたいな特殊な空間になって、物を出し入れしたりとか」

「すごい。魔法の帽子だね」

「はい」


 また、アシュリーはまじまじとサツキの手元のおまんじゅうを見つめる。


「これって、せいおうこくのお菓子、だよね?」

「おまんじゅうっていいます。中にはあんこが入ってるんです」

「サツキくんは、これが好きなの?」


 アシュリーがおずおずと聞いた。自分が作ってきたサンドイッチよりも別のお菓子を食べるのが気になる心の動きなのだが、サツキは素直にうなずいた。


「はい。晴和王国のお菓子って甘さも控えめで食べやすいものが多いんですけど、仲間の料理人が作ってくれたこのおまんじゅうは特においしいです」

「それなら、わたしも、作れるようになりたいな。おまんじゅう」


 つぶやくような声でアシュリーが言うと、サツキは真面目な顔で、


「仲間の料理人はバンジョーっていって、世界中の料理の勉強をしてるんです。それで、晴和王国に行ったときに覚えたって言ってました。ただ、バンジョーのおまんじゅうはちょっと違うんです」

「違うって、晴和王国のおまんじゅうとは別物なの?」

「ええと、魔法で作っていて、魔力回復の効果があるんです。だから、試合のあとには食べるようにって言われていて」


 そっか、とアシュリーは笑った。アシュリーの表情が柔らかくなる。


「そういうことだったんだね」

「はい。おまんじゅう以外にも、ヨウカンにもできたり、和菓子で作ってくれるんです」

「ヨウカンって、聞いたことあるけど見たことないなあ」

「これですよ」


 と、サツキは帽子からもらってきたヨウカンを見せる。


「黒いね。こういう感じなんだぁ」

「食べてみますか?」

「悪いよ。サツキくんの魔力の回復に使って」


 アシュリーが慌てて断る。サツキも無理には勧めない。


「はい。でも、バンジョーなら普通のおまんじゅうも作れると思いますし、あとで作り方を教えてもらえないか聞いてみましょうか?」

「ううん。大丈夫。あとでまた勉強したくなったときにするね」

「わかりました」


 話していると、クロノの声が聞こえてきた。


「決まったー! シンジ選手、なんとかこの試合、勝ち切ったー!」


 アシュリーが舞台に視線を移す。


「あ。サツキくん、試合が終わったよ。シンジくん、勝ったみたいだね」

「本当ですね。最後ちゃんと見てなかったです」

「わたしも」


 あはは、とアシュリーは苦笑した。


「良いところ見てなかったって言ったらシンジくん可哀想だし、ナイショにしておこうね」

「はい。そうですね」


 クロノがシンジへのインタビューを早々に済ませると、今度は舞台にミナトがやってきた。

 第三試合はミナトが出場するのだ。


「次はミナトくんの試合だね」

「はい」

「勝てるかな?」

「ミナトなら大丈夫だと思います。強いので」

「信頼してるんだね」

「まあ、相棒ですから」


 ふふとアシュリーが微笑んで、二人はミナトと対戦相手が舞台に上がってくるのを待つ。

 先に舞台に上がったミナトについて、さっそく『司会者』クロノが紹介してゆくのだった。

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