18 『三度目の戦い』

 幌馬車が走る音が、遠く聞こえる。

 その音はこことは一つ隣の通りで発生している。

鋼鉄の野人アイアンマン』ジャストンは、サツキの瞳を見て、わざとらしくうれしそうに相好を崩した。


「やはりオマエだったか、『いろがん』」

「なぜ、わかったのかね」

「オレはオマエを探してたんだ。そりゃあ目に入ればわかるだろ」


 論理に裏づけされた洞察ではなく、サツキを探し当てた。これ以上聞いても理屈はわからぬとサツキは悟った。

 ジャストンは数的不利な状況でもひるむことなく言う。


「二対一でも構わないが、一対一サシでの決闘をしないか?」

あまみやでは二対一で襲ってきたくせに、よく言うものだ」


 と、サツキの口に苦笑が浮かぶ。


「あのときは決闘をするほどの相手とは思わなかった」


 今でもサツキの実力を認めているわけではないだろう。

 単純に、サツキを倒したいのだ。

 そのためには、ルカの介入は邪魔でしかないのだ。


「決闘、お受けしましょう。でも、ルールなんてありませんよね?」

「死んだら負け、ってことでどうだ?」

「了解」


 元々、アルブレア王国騎士たちはサツキを殺そうとしていた。方針が変わらないだけで、形式美は求めていない。決闘だろうが強襲だろうが構わない。それだけの話だ。ならば、サツキも迎え撃つだけである。

 サツキは愛刀『さくらまるかめよし』を抜いた。


「ルカ。決闘の邪魔はなしで頼む」

「わかったわ」


 この言葉の意味を、ルカはこう受け取った。


 ――つまり、邪魔が入らないようしてくれ。入ったら排除するように。


 と。


 ――そういうことよね。もちろん、私も邪魔はしないわ。


 また、当然フウサイも聞こえており、ルカと同じ意味として受け取った。

 しれっと他人のように前を歩いていたフウサイは、いつの間にか《ふうじん》の魔法によって姿を消していた。風に溶け込み、風の中を渡り、いつでもサツキの補助ができる状態にある。


 ――さすがにフウサイさん、《風神》でどこにいるのかもわからない。ここは港町、海風がある。私の出る幕はなさそうだけれど、もしかしたらギリギリまでサツキの成長のために、サツキの司令を重視して手を出さないかもしれない。


 ルカは、周囲に気をつける。いくら決闘だろうと、サツキが死にかけたら助けるつもりでいる。


 ――決闘の美学など知ったことではない。約束したのは、あくまでサツキとあの騎士。私は私で判断し行動する。サツキが一番。サツキを死なせない。むしろ、死闘になる前に割り込む。けれど、決闘の邪魔も許さない。


 ルカには話してないから、サツキが王都でのあの晩ルカに手当されることになった要因が今目の前にいる騎士だとは、ゆめにも思わない。

 サツキは、疼いていた。天都ノ宮では敗走もままならず、チナミに助けてもらってやっと生き延び、浦浜ではアサリが注意を惹きつけてくれたおかげで戦闘を避けられたが、


 ――今なら勝てる気がする。


 相手のことをまだあまり知らなくても、玄内に学び船でも三ヶ月近くみっちり修業を続けたことで、サツキは自信を持っていた。


 ――この瞬間を見据え、さらに先を、そしてそのもっと向こう側をにらんで、虎視眈々と積んできたのだ。


「んじゃ、やるか!」


 ジャストンはうれしさに力が湧き上がってくる。


 ――やっとぶっ飛ばせる! 力がにじみ出てくる。いや、この力はあのナサニエルってやつの魔法の効果もあるんだったな。負ける気がしねえ。


 それに比べて、サツキはなんの感情も表に出さず、極めて冷静にこの場に臨んでいた。

 まず、《透過フィルター》によって観察するが、ジャストンは特になにも仕込んでいないらしいとわかる。

 もう我慢できないのか、ジャストンは拳を固めてファイティングポーズを取ったままである。


 ――今回も拳で戦うのか。拳で戦える自信は、身体が剣のような鋼と変わらぬ強度であるとの自負ゆえだろう。だから他に仕込んだ物もないんだ。今度こそ真っ向勝負で勝つ!


 サツキも剣を構える。

 互いに見合う。

 先に動き出したのは、ジャストンだった。

 駆けてくる。

 スピードは速くない。


 ――やや遅い? 身体が重たいように見える。


 冷静に、サツキはジャストンの動きを観察しつつ、


「オラアアァ! 《ハードアッパー》!」


 下から顎へと突き上げるような拳にも反応し、下がって避けつつ切り返しの剣を放つ。

 横に払うような剣尖を、ジャストンは腕で受け止めた。

 キンと高く響く音がした。


 ――硬い。


 やはり、身体が硬化していることは間違いない。

 腕で攻撃を受けたジャストンは、すぐに拳を伸ばした。


「《ハードストレート》! オラアアァ!」


 切り裂くように突き出された拳は、技の名前の通りボクシングのストレートのようだった。

 サツキは下がって避ける。


 ――どんどん距離を詰めて撃ち合いをしようとしてくる……。切断性とリーチが剣を使う利点だ。それを打ち消す魔法と戦法を使うジャストンは、やはりやりにくくはある。


 剣と拳では、本来は剣のほうが有利だ。

 しかし、剣を生身で受けられる相手に、距離を詰められた場合、その限りではない。

 距離感が悪いと剣をうまく振れない。そうなると、剣で斬ろうにも力が充分に伝わらないし、余計に相手のペースになってしまう。


 ――だが、前よりパワーが弱くないか?


 浦浜で戦ったときは、もっとパワーで押してこられて、苦戦した記憶がある。


 ――この硬度でさえ、剣を握る手はあまり反動を受けないように思う。前は打ち込むたびに小さなしびれがあった気がした。これも、クコに《パワーグリップ》を追体験させてもらった成果か。グリップ力がまるで違う。


 しかし油断もできない。


 ――拳が軽いだけで、この人は、自分の身体の硬度に自信がある。硬度があれば、身体の動きはより自由になり、シンプルな体術も活かせれば複雑な技も狙える。今の俺に大事なのは、距離感と観察だ。


いろがん》が、開眼されている。

 緋色に染まった瞳が、ジャストンの魔力の流れを読み取る。また、相手の筋肉や重心の動きもよく見える。魔眼の力もあるが、ミナトの速い剣に鍛えられたおかげもある。

 ジャストンの動きにも対応して、剣を舞わせて攻撃を捌く。


 ――この間にも……。《せいおうれん》。


 サツキは、魔力を練り込む。魔力を圧縮して、大きな一撃を放つために力を溜めるのである。

《静桜練魔》をしつつ、サツキはまた数太刀をジャストンに浴びせ、それから下がって距離を取った。


 ――やっぱりジャストンは遅い。ミナトと戦っているからか、余計に遅く感じる。《静桜練魔》する余裕がある。しかも、クコの《パワーグリップ》の感覚を学び取ったのが大きかった。あれだけ強力だと思っていたジャストンの攻撃を受けても、剣がぶれない。力で押されることもなくなった。


 ジャストンは余裕そうに口の端をつり上げて怪しく笑う。


「だいぶ強くなってるじゃねえか。予想以上だ。今のオレについてこられるとはなッ!」


 サツキも笑い返したい気分だった。


 ――今のオレに、か。そうか、ジャストンは今強くなっている。一時的なものか、修業でもして最近強くなったのか。いずれにしても、強化幅や状況はわからない。だが、以前よりも強くなっている。その上での自信。しかし、それでも負ける気はしないよ。その言葉がなければ、ジャストンが少し弱くなったのかと錯覚したくらいだからな。


 端然と、微笑みすら見せず、サツキは言った。


「強くなるんだ。もっと。俺は、クコたちといっしょに必死でもがいてきた。どんな逆境もどんな壁も乗り越えられる力をつけるために。国を守る力を手にするために。その力はまだない。だからもっと強くなる」


 国を守る。

 影で二人の戦闘を見ていたれんどうけいは、その単語を聞いて、サツキへの興味を深める。


 ――サツキさんとアルブレア王国の関係について、まだボクはなにも知らない。クコ王女との関係についてもそうだ。


 スパイとして潜入するため士衛組に接触したケイトに、サツキとクコと王国の関係性や事情など知る由もない。


 ――ボクはここで、あなたの意志を確かめさせてもらいます。王国のため。そして、ボク自身の身の振り方のために。


 どんな言葉が紡がれるのか。ケイトの心の傾きに作用するべき意志は、サツキにあるのか。

 ケイトはサツキの声を待った。

 しかし、まず口を開いたのはジャストンである。


「おいおい、オマエにアルブレア王国なんて関係ないだろうがよ? オマエが王女をたぶらかせたのか、王女がオマエを騙したのか知らねえが、オマエが戦うのは王女のためだろ?」


 ジャストンの挑発にも、サツキは淡々と答える。


「クコと出会って、当然のように旅が始まって、いろんな人たちに出会って、仲間が増えて。俺には、たくさんの目的ができた」


 リラと出会うこと、ルカの自分探し、チナミと神龍島へ海老川博士に会いに行くこと、玄内の元の身体を取り戻すこと、ヒナとの地動説証明。


「そういうのが全部、アルブレア王国につながってるんだ」


 ミナトの友だちとして、横に並べるくらい強くなることもそうだ。ミナトの目指す剣の高みには、『よんしょう』グランフォード総騎士団長がいる。そんなミナトの行く道を全力で応援するつもりだし、自分も追いつきたいとも思っている。


「すべての道の先にあるのがアルブレア王国だから、俺は前に進まなくちゃならない」


 ――そうしないと、俺がここまで来た甲斐がないだろ? 俺がこの世界にやってきたのは、全部その道を進むためだって、わかってるんだ。そのためにこの世界に生まれ、生きているんだ。


 まるでジャストンには関係の話をしている気がして、サツキもおかしく思えてきた。小さく微笑して言った。


「だから、俺は士衛組局長として、アルブレア王国へと続く道でいろんな大事なものを集めて、その全部をつかみ取るんだよ。国を守るんだ。俺の存在理由を確かめるものは、終わりのそのあとにしかないから」


 もはやジャストンに言っているのではなかった。自分自身に言い聞かせているかのようだった。

 話を聞いていたケイトは、サツキから視線を外し、空を見上げる。


 ――そうか。サツキさんが抱えているものは、ボクよりも大きいんだ。サツキさんの事情をちゃんと知ったわけじゃないけど、自分がちっぽけに思えてくるなあ。ただ、サツキさんの気持ちはなんとなくわかった。やっぱり、サツキさんは悪い人じゃなさそうだ。


 逆に、話を聞いてもなんのことかさっぱりわからないジャストンは、苛立ったように言った。


「オマエら反逆者の事情なんざ知ったこっちゃねえ! 国を守るだ? 反逆者がなに言ってやがんだよ!」


 ジャストンが走り出し、サツキに殴りかかる。


「なんで王女がブロッキニオ大臣を憎んでんのかも知らねえが、オマエら反逆者は迷惑だってつってんだ!」


 サツキはさっと下がって距離を取り、短く言った。


「見当外れだな」

「は?」


 苛立ち混じりのぽかんとした顔でジャストンが聞いた。これに、サツキは冷静沈着な言葉を返す。


「クコはブロッキニオ大臣を憎んだりなどしていないと思うぞ」


 ケイトは、サツキを見る瞳を大きくした。ケイトもクコの感情については気になっていたところである。

 サツキは淡々と言う。


「クコは、国を守りたいとは言っても、ブロッキニオ大臣を倒したいとは一度も言っていない。ブロッキニオ大臣と戦っているのは間違いないし、ブロッキニオ大臣にはアルブレア王国を専横する悪意があるとみているが、そんなブロッキニオ大臣に対してだろうと、倒してやりたいとは考えてないんだよ」


 ――クコは、そういう人間なんだと思う。憎んだりとか、できない人だと思う。クコを動かしているのは、もっと優しい感情なんだよ。


 共に過ごした時間は短いかもしれないが、サツキにはそう思える。


「ああああああうるせえ! なに言ってんだかわかんねえよ! 敵対しておいて倒したいとは思ってないだ? 意味わかんねえだろ! 教え込んでやるよ! オレたちアルブレア王国騎士に逆らう愚かさをよ!」

「……」


 ふぅっと、サツキは桜丸を下段にしずめる。


「オウラアアアアアアアァ!」


 叫んで力を高めて、ジャストンはストレートの拳を突き出した。


「《ハードストレート》!」


 踏み込みと合わせて、スピードも乗っている。

 重くも速いストレートを、サツキはさっと飛び退いてかわした。桜丸は下段にしずめたままだ。

 一歩踏み込み、


「《桜烈刃おうれつじん》」


 横から撃ち込む。

 サツキのこの技は、基本的に袈裟斬りであり、その角度がやや変わったところで性質にまでは変化はない。

 技の威力としては、大技よりも小回りが利く万能技といったところである。

 だが、これはジャストンの鎧のような胴が受け止める。


「うっ! これしきっ! 大したことねえぞ! 今のオレに勝てると思うなよ!」


 受け止めたのに、ジャストンの形相が激しくなった。

 サツキはジャストンの身体の魔力の流れを見る。


 ――乱れはある。最初よりもバランスが悪くなった。いや、どこを特に硬化するか、コントロールできるのか。


 この一瞬で、ジャストンの鋭いジャブが飛んできた。


「……」


 近づき過ぎた。

 すっとサツキは下がる。


「オラアアァ! 《ハードジャブ》!」


 ジャストンのジャブは空を切る。


「やるじゃねえかよ! オレの《ハードジャブ》を避けるとはよ? お?」


 荒々しく声を上げ、ジャストンは言い募った。

 サツキは帽子のつばをつまみ、向きを整える。


「思ったほどではないな、《摂食硬化ハードビルディング》。硬さと引き換えに、重さもつく。さらに、全身の硬度にもバラツキがあるらしい」


 すでに戦い始めたときからわかっていた点だけを、今になって述べた。


 ――もう少し気づいたことについては、今は伏せておく。どう反応する?


 注意を相手の表情に向ける。

 ジャストンは、サツキの誘いに乗った。べらべらとしゃべり出す。


「なにわかったようなこと言ってやがんだよ? 勝ち誇るところか? 確かに、オレの《摂食硬化ハードビルディング》は身体の硬化だ。だが分析が全然足りねえ! 食ったもんを肉体に取り入れ、肉体の表面にその硬度を浮き上がらせる。たとえば、鉄を食べると身体の表面がまるで鉄みてえになるわけよ!」

「そのとき、重さも鉄と同じになるのか」

「ハッ! そんくらいどうってこたあねえ! 今だってオマエの攻撃くらいすべて受け止めてやったじゃねえかよ」

「それも、全身の硬度がバラバラなら、付け入る隙はあるさ」

「肉体のどの部分にその性質を出すかもコントロールできるに決まってんだろ。このオレをだれだと思ってる!」

「ならば、それ以上の力で斬るのみか」

「おまえにそれができるかよ。晴和王国で手に入れた刀はいいぜ? かなりの硬度だ。いいもん作るって感心しちまった。残りはこれだけだがよ? ペロリ」


 服から刀身が半分くらいしかない刀を取り出し、口に入れ、ガリガリと食べ始める。


「力が高まる! 最高だぜ! オウラアアアアアアアアアアァッ!」


 摂食した分量と魔法として使用できる時間や範囲など、細かい設定は言わないが、やはり戦う直前に摂食するスタイルだと察せられる。


 ――まあ、そんなことはもうどうでもいい。斬る。それだけだ。幸い、この人は全身における硬度のバランスコントロールがうまくない。俺の《いろがん》があれば余裕だ。話しながら、《せいおうれん》で魔力も圧縮して練り込んだ。


 サツキは緋色の瞳でジャストンを刺すように見、桜丸を下段に構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る