17 『遠方の来訪者』

 玄内は研究資料を見比べていた。

 ふと、視線を上げる。


「もうこんな時間か……」


 場所は、晴和王国の別荘。

拡張扉サイドルーム》の魔法の中でも、特別な扉《黒色ノ部屋ブラックルーム》で、馬車の中とつながっているため、玄内はたびたびここで研究資料を読む。

 発明家でもある彼は、ここにいろいろな材料も置いている。今も研究と発明をしているところだった。

 だが、時計を見ればもういい時間になっている。


「先生、お皿を下げに参りました」


 またもや、クコがやってきた。

 おかわりの湯飲みを持って、ヨウカンのお皿を手に取る。


「すまねえな」

「いいえ。先生はいつまでこちらにいますか?」

「もう少ししたらだ。キリがいいとこまでやったら戻る」

「わかりました。バンジョーさんのお料理も、あと三十分ほどで出来上がるそうですよ。それでは失礼しますね」

「おう」


 クコが馬車へと下がった。


「さて。もうちょいやるか」


 研究資料に目を落とす。

 またこの別荘には玄内ひとりとなる。

 そのとき、声が聞こえてきた。


「ごめんくださーい」


 子供の声である。


 ――こんな夜に、なんだ?


 声は外から聞こえてきた。

 クコではなく、この別荘の来客ということになる。


 ――《黒色ノ部屋ブラックルーム》を使うと、自分が来たほうの建物……つまり馬車からは外に出られるが、こっちの別荘からは外に出られない。逆に、別荘に来客があっても迎えることができるし、その来客を馬車までなら連れて行ける。まあ、馬車まで連れて行くことはないが。仕方ない。客は客だ。


 立ち上がり、玄内は書架を出て玄関まで来て、ドアを開けた。


「ごめんくださーい」


 開いたドアの前に立っていたのは、やはり声の通り子供だった。

 おかっぱ頭の少女で、梅のデザインの髪留め、桃色の着物、にこにこと楽しそうな笑顔である。

 横に並ぶ羽織をまとったくせ毛の青年が頭を下げる。


「夜分にすみません。我々、旅の者です」

「今夜、泊めていただけませんか?」


 玄内は、亀の姿になった自分をまるで気にせぬ青年と少女に、興味を覚えた。青年はまだ二十歳くらいと若いのに老熟した瞳の落ち着きを持ち、少女は反対に十歳程度だが年齢以上に無邪気そうである。

 亀の姿にびくともしなかったクコを思い出す。


「おう。まずは話を聞いてやる。あがれ」


 つい、玄内は二人を中へとあげてしまった。




 ガンダス共和国。

せんきゃくばんらいこうわん』ラナージャ。

 ここに、この日最後の船が到着した。


「前の船が嵐を避けて進んだせいで、到着が同じ日になったようだぜ」

「わたしたちだって半日遅れくらいって話よね」

「だから迎えに来てくれる人がだれもいないんだな」

「普通、この港の最終到着船はもうちょっと早いらしいし当然だよ」

「まあ、そんなに細かく日程が決まっていたかは知らないけど」


 そんな会話をしながら乗客たちが降りてゆく。

 乗客たちに紛れて、一人の騎士がラナージャの地に足を踏み入れる。


「久しぶりの陸地だ」


 ライトブラウンの髪を風に揺らせ、薄く微笑む。

 アルブレア王国騎士、『げんじゅつこうれんどうけい

 黄緑色の貴族服のような衣装で、白いパンツ、黒いブーツと緑色のマントが背中を覆う。年は十七歳になる。背は一七五センチほど。


 ――さて。士衛組を探そう。局長、『いろがんしろさつきさんに挨拶しておかないと。でも、ボクは迷ってる……。


 ケイトは歩き出す。

 歩きながら考えていた。


 ――船の上でも散々考えた。しかし、少ない手がかりで考えても意味がなかった。サツキさんは、どんな狙いがあってクコ王女に協力するのだろう。そこに、アルブレア王国への想いはあるのか。また、クコ王女はブロッキニオ大臣らの言うように、なにかを勘違いして国家に剣を向けようとしているのか。あるいは、騙されているのか。


 賢明な王女だが、『純白の姫宮ピュアプリンセス』は素直すぎる。ただ、ケイトの思慮はそれだけではない。


 ――騙されている可能性が高いと聞かされていたけど、クコ王女が城を飛び出したとき、サツキさんは側にはいなかった。他にクコ王女をそそのかし、煽動する人物がいたとすれば……ボクの予想では、藤馬川博士。時期から考えて、クコ王女に助言を与えられる知者はあの人しかいない。


 しかし、と思う。


 ――実際、ボクはブロッキニオ大臣たちに聞かされた情報さえ疑わしく思えている。藤馬川博士を城で見かけたこともあったけど、悪い人には見えなかった。だったら、騙されて勘違いしているのは、ブロッキニオ大臣のほうなんだろうか。ブロッキニオ大臣に近い人たちの噂だけど、クコ王女がブロッキニオ大臣を憎んでいるとか、根も葉もないことも言われている。


 わからない。

 すべてがわからなかった。


 ――この迷路に、終わりが来るのだろうか……。


 足を止める。


「剣の音……」


 ケイトは駆け出した。

 どこで鳴り響いた剣の音だったのかは把握できないが、すぐ近くだと思われる。


 ――ここではない、か。このあたりだとは思うが。


 視線を巡らせると、建物の向こう側にアルブレア王国騎士の衣装が見えた。

 建物の影から様子を見る。


 ――サツキさん。相手は、ジャストンさん。でも、まだ戦いは始まってなさそうだ。じゃあ、さっきの音はサツキさんたちのものじゃない。やはり別の場所でも戦いがあったのか。


 隣の通りから、幌馬車の音が聞こえた。

 その音が小さくなったところで、ケイトは息を吐いた。


 ――サツキさん、あなたがどんな人なのか。少し見させてもらいます。ボクはスパイとして士衛組に潜入するよう、ブロッキニオ大臣に言われた。これも任務なんです。


 クコが旅立って、先発部隊の『とうしょう』バスターク騎士団長らが送られてすぐ、ケイトはブロッキニオ大臣に言われたのだ。


「王女は仲間を集めて、国に刃向かうかもしれない。アルブレア王国をどうするつもりかはまだわからない。だが、なにか企みがあることは確かだ。他の騎士たちと王女捕獲に当たるのがおまえの任務だが、もし仲間を集め始めたと知ったら、すぐにスパイとして潜入しろ。王女を近くで見張れ。それが使命だ。わかったな、連堂計人」


 大臣にこの大役を与えられたとき、ケイトはそれを名誉に思った。深い思慮も持たずに王女を追う旅に出た。


 ――だが、旅立ちのとき、父には「必ずしも命令に従う必要はない。好きにしろ」と言われた。


 同時に、父に言われたことも引っかかっている。


 ――状況を見て、身の振り方を考えろ。そう教えられた。ボクは、ボクの好きだったアルブレア王国を守れたらそれでいいと思ってた。でも、大変な役回りを引き受けてしまったらしい。今になって、後悔するほどに。


 連堂計人は、影からサツキを観察することにした。

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