105 『シャドウトリック』

 オリエッタに頭を撃たれて消えたのは、チナミの影分身であった。


「影分身とは、忍術だったかな? せいおうこくの」


 ブリュノは博識らしく、忍者のことも少しは知っていた。


「はい。こっそり入れ替わっておきました。本体の私自身は《潜伏沈下ハイドアンドシンク》で地面に潜り、機をうかがうのみ」

「なるほど。本当に見事だ。敬意を表するよ」

「いいえ。それほどでは」


 影分身には実体がある。

 分身体が持つ武器もコピーだから実体を持つ。

 ただ、分身体の核となる頭部が大きく傷つくと消えてしまうのである。

 サツキのような魔力を視認できる目など、特殊な力がないと本体と分身体の違いは見てもわからない。

 用意周到なチナミは、本体だけ《かげがくれじゅつ》でブリュノの影の中に潜めており、最後の最後、機を見て分身体を囮に本体が動いたのである。

 分身体のもろさを考えれば必勝の準備ではないが。

 臨機応変な戦術立案能力を持つチナミに、オリエッタは準備段階で勝てていなかったといえた。

 そのあと。

 ブリュノの応急処置をしてあげていると、マノーラ騎士団がやってきた。

 マノーラ騎士団は軍医騎士といって、歩く医者でもある。

 チナミの生まれた晴和王国の王都にいるおうまわぐみは警察感といった感じだが、医者としての側面が強いのがマノーラ騎士団といえる。

 彼らに魔法で簡単にブリュノの治療をしてもらい、オリエッタとイーザッコを引き渡し、二人はまた歩き出した。


「大丈夫ですか? まだ怪我が……」

「平気だよ。痛みはおおよそ引いたし、このマノーラを守るために戦いたい。それに、キミを一人にはしておけない。そして、ボクはサツキくんやチナミくんたちの力になりたいんだ」


 チナミはぺこりと頭を下げた。


「それでは、もう少し助けてください。サツキさんかロメオさんに会えれば魔法を解除してもらえるので、また右腕が復活して戦えます」

「ふふ」


 ブリュノが笑ったので、チナミは小首をかしげた。

 小動物然とした反応を見せるチナミに、ブリュノは言った。


「《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》の効果時間は調整できるんだ。彼にも言ったけど、短くできるとは言ってなかったかな?」

「あ。なるほど」


 確かに、長くできるなら短くできても不思議じゃない。


「戦闘は長引かないと踏んで、五分で調整した。もう元通りだよ」

「頼もしいです」

「では行こう。マノーラを守りに」

「はい」


 チナミは答えて、二人は次なる敵を探すのだった。

 優れた使い手の敵の数は、着実に減ってゆく。




 意外なことを聞いた。

 それはうれしい情報でもあった。


「あのコロッセオの魔法戦士、『ジェントルフェンサー』ブリュノさんと士衛組の小さな女の子、チナミさんが二人を倒してくれたんだ」

「チナミちゃん……無事、なんだ。よかった」


 ホッと、おとなずなは胸をなで下ろす。

 幼なじみのチナミの無事を案じていたから、そのチナミが元気に活躍しているとマノーラ騎士団に聞いて安心したのである。

 思わず、ナズナは手をつないでいたロレッタの手をぎゅっと握る。


「お友だち?」


 ロレッタに聞かれて、ナズナはうなずいた。


「うん。ずっと昔からの、お友だちだよ」

「すごいね。つよそうなわるい人をやっつけて」

「チナミちゃん、強くて、頭もいいから」


 ナズナは、この日のマノーラを隠密に過ごしてきた。

 迷子のロレッタと偶然に出会うと、ロレッタを親の元まで送ってあげることにしたからだ。その後、運良く敵との邂逅はほとんどなく、あっても隠れてやり過ごせた。また空間の入れ替えが起こって、その先にいた騎士たちに驚くが、彼らはマノーラ騎士団だった。

 そして、マノーラ騎士団がチナミとブリュノの活躍を話してくれたというわけだ。


「あの。わたしに、なにかできること、ありますか?」

「いや、士衛組のみなさんには頑張ってもらっているし大丈夫だよ。それよりその子、迷子なんだろう? 我々マノーラ騎士団が保護して親元まで送り届けようか?」


 そう言われて、ナズナはロレッタを見る。ロレッタは不安そうな顔をしていた。だからナズナは首を横に振った。


「い、いいえ。わたしが、責任を持って、送ります」

「そうか。でも気をつけて。どこでサヴェッリ・ファミリーやアルブレア王国騎士と遭遇するかわからないからね」

「は、はい」


 ナズナがお辞儀をして立ち去ろうとすると。

 二人の騎士が近づいてきた。

 その二人はアルブレア王国騎士ではない。

 衣装に取り入れられたマークがマノーラ騎士団のものだからだ。

 彼ら二人に気づくやマノーラ騎士団の面々が目を輝かせて挨拶した。それは憧憬と安堵の顔だった。


「団長! お疲れ様です!」

「こんなところで会えるなんて! うれしいです!」

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