12 『ストラテジックインフォメーション』

 クコの誕生日パーティーは優しく穏やかに始まった。

 そして、この祝宴の席で、ヴァレンは魔法によってクコとリラの故郷・アルブレア王国の映像を幻として見せてくれた。

 人々の生き生きとした姿は、クコとリラを安心させた。

 が。

 ヴァレンは、幻術を見せたあと、こう言った。


「でも、そう長くは続かない」


 長くは続かない。その言葉の背景はわからない。

 しかしその事実は、サツキにはわかる。

 アルブレア王国は、国民が望む変化を遂げるのか、まだ不透明だ。

 現状、ブロッキニオ大臣は、国王夫妻を地下牢に閉じ込めており、実質的な政治を敷いている。

 つまり、ブロッキニオ大臣指揮の下に、どのような変革を迎えるのか、ここからが注目すべき時期だといえる。

 いや、おそらく、もうなにか小さな変化は起きている。

 だからヴァレンは、この明るいアルブレア王国は「そう長くは続かない」と言ったのだろう。


「あの、ヴァレンさん。それはどういう……」


 リラが不安げな目を向けると、クコはそんな妹に政治的な意見を述べた。


「今、実権を握っているのはブロッキニオ大臣です。もう、今までのアルブレア王国とは違うのです。国民の心はまだ変わっていないかもしれません。それはヴァレンさんが見せてくださいました。しかし、少なくとも、国の体制や方針など、変化がどこかにあるはずです。お父様の治めていた頃から、一年以上は経ちましたから」


 寂しげな色が、クコの赤い瞳にはあった。

 ヴァレン曰く、


「そうね。具体的には、軍備のために税収を増やしていることくらいよ。国民から見たら、ね」

「そうでしたか」


 もっと悪いこともあるかもしれないと考えていたクコは、胸をなで下ろした。


「ブロッキニオ大臣を中心とした派閥も、まだ別の大臣たちが抑制できている部分もあるわ。ブロッキニオ大臣派はまだ完全に国を牛耳るには至らない。そして彼らは、国民に説明した通り、軍備を強化している。ただし、水面下ではもっと精力的に」

「ヴァレンさん。もしかして、さっきの映像にいた旅商人の青年は、『ASTRAアストラ』の方ですか」


 サツキが問うと、ヴァレンはうれしそうに微笑んだ。


「ンフ。よく気づいたわね。そうよ、アタシが放っておいたアルブレア王国の諜報員の一人と言えばいいかしら。あの子には、ついでに情報戦も仕掛けてもらっているわ」

「士衛組の宣伝、ですね」


 鋭いサツキの視線に、またヴァレンは口元をほころばせた。


「ええ。クコちゃんの名前も使って、宣伝しておいたわ。士衛組の名前は、アルブレア王国民の希望の光にもなる。宣伝しない手はない。でも、気がかりもあるみたいね?」

「負けはない。そう信じればこそ、宣伝には感謝しかありません。ただ、一抹の不安は裁判の結果です」


 急に、サツキが裁判の話を持ち出し、ヒナはドキリともしたし疑問も湧いた。


「どういうこと? サツキ」

「地動説証明の裁判に勝てば、浮橋教授は栄光を授かるだろう。宗教組織から拘束までされて、世に千年以上も信じられてきた定説を覆して科学を進歩させたのだからな。加えて、その娘であるヒナと、ヒナを抱える士衛組は、悲劇の浮橋教授と共に戦った正義の使者となる。正義の味方を名乗る組織にとって、大きな宣伝材料になる」

「なるほど。そういうことね」


 みなまで言わずとも、ヒナには続きがわかった。

 サツキは語を継ぐ。


「逆に、もし裁判に負ければ、士衛組は浮橋教授と共に宗教を冒涜した異端組織となる。正義の味方を語る不届き者の武装集団と言われ、ブロッキニオ大臣派に弱みを作るばかりか、世界中からの信頼を失う。要は、近く行われる裁判の結果によっては、ヴァレンさんが仕掛けてくれていた宣伝活動が水泡に帰する上、名前が知られていればいるほど、士衛組にかせられる名誉回復の困難は大きくなるというわけだ」

「だから、すべて勝ちなさい」


 研ぎ澄まされたヴァレンの声が、サツキたちに突き刺さる。

 これに、サツキはにこと微笑した。


「はい。勝つことは、俺が掲げた士衛組の理念ですから」

「フ。そうだったぜ。すぐに政治的な読みまでしてみせたくらいだ、サツキには愚問だったな。せっかくヴァレンたち『ASTRAアストラ』がお膳立てしてくれたんだ。勝つときも派手にいこうぜ」


 サツキと玄内は、互いに笑い合った。静かに笑う二人だから、みんなも表情が和らいで笑えたのは、その数秒後である。


「そうですね!」


 クコの声には芯の強さがある。

 リラも落ち着いた声で言った。


「国は変化を迎えています。ここからが大事ですね」

「裁判も勝って、正義の味方として、アルブレア王国に乗り込むわよ!」


 ヒナの言葉にサツキがうなずいた。


「うむ。頑張ろう」


 幻を交えたヴァレンからのサプライズは、最後には士衛組の理念を今一度確かめさせ、士衛組を鼓舞する声となった。

 ヴァレンが、これもまた言い尽くせない美しい微苦笑を浮かべて、


「ごめんなさいね、せっかくのお誕生日に真剣なお話もしちゃって。でも、今まで以上に、明るく強い気持ちで前を向けたみたいでよかったわ」


 とクコとリラに言った。

 クコとリラの姉妹は顔を見合わせ、それからヴァレンに「はい。ありがとうございます」と礼を述べた。


 ――これまでも、この二人は明るい笑顔で前を向いて歩いてきた。すごいことだわ。両親や国を奪われようとして、それぞれが単身で城を旅立った。それぞれが大変な旅をして、やっと出会えても、まだ終わりじゃない。本当の旅が始まって、今だって大きな敵と戦うために強くならなければならない状況だというのに。悲劇の中にあっても、クコちゃんとリラちゃんは笑顔を忘れなかった。これも、サツキちゃんたち士衛組のおかげなのかもね。まあ、リラちゃんの場合はほかにも素敵な出会いを繰り返してきたみたいだけど。その全部が、この旅の終わりにつながる気がするわ。


 ヴァレンはみんなに声をかけた。


「さあ。パーティーを楽しみましょう。グラート卿とバンジョーちゃんとルーチェが料理をつくって、リラちゃんたち参番隊もケーキをつくってくれたんだから」


 急に、ドアが開いた。


「お待たせー!」

「アタシとアキもお菓子作ったよー!」


 陽気にやってきたのは、アキとエミだった。そういえば、またいつの間にかいなくなっていたが、お菓子作りをしていたらしい。

 二人は両手にトレイを持って、その上にプリンを何個も載せている。人数分以上ある。


「まあ! プリンですか!」


 クコが驚く。


「そうか。さっきアキさんとエミさんが『かたまるまで待っててね』って言ってたのは、これだったのか」


 と、サツキも合点がいった。


「そうだよ! せっかくのパーティーだもん! ボクとエミも作れるお菓子を振る舞いたいなって思ってさ」

「アタシたち、プリンだけは作れるんだよね」


 サツキもクコも、それは知らなかった。ルカは「そういえばそうだったわね」とつぶやいている。


「自信作だから食べて!」

「さあ召し上がれ!」

「パーティーも楽しもうよ!」

「盛り上がっていこーう!」


 アキとエミが陽気に言って、二人がプリンを配ってみんなでいただくと、二人はそのあと何度も乾杯の音頭を取り、楽しく賑やかな食事の時間を過ごした。

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