13 『ドルチェマリアージュ』

 サツキとミナトがいっしょにいるところに、アキとエミがやってくる。お肉を渡してくれて、


「あ! サツキくん、ミナトくん! 聞いたよ!」

「コロッセオ、頑張ってるんだってね!」


 情報網を張り巡らされていてなんでも知っている『ASTRAアストラ』は、無数の人間がそのネットワークとして情報を伝達し合っている。だが、アキとエミはたった二人でもそんなところまで情報を得ているらしい。


「いやあ、まだまだです」


 ミナトはにこにこと答えるが、サツキはちょっと驚いた。


「もう知ってたんですね」

「うん! 応援してるよ!」

「もっともーっと強くなれるといいね! ファイトだよ!」

「明日は出かける前に、必勝祈願と安全祈願しておかないと!」

「そうだね、アキ!」


 アキとエミの魔法、《ブイサイン》と《ピースサイン》はそれぞれ必勝祈願と安全祈願になっている。ただのブイサインでありピースサインなのだが、それを向けられると、なぜだか物事がうまくいくのである。


「ありがとうございます」

「ありがとう存じます。いやあ、お二人のおまじないは効くからなあ」


 サツキとミナトがお礼を述べる。

 すると、レオーネとロメオが大広間に戻ってきた。この十五分ほど、なぜか外に出ていたのである。二人の手には、ドルチェがあった。


「みんなよく食べるから、オレとロメオからも振る舞わせてもらうよ。アキとエミがプリンなら、オレとロメオはティラミスを」

「よろしければどうぞ」


 ドルチェはイストリア王国風のデザートやスイーツの意味で、二人が作ったのはティラミスだった。オシャレなパフェグラスに入っており、盛り付けも華やかである。


「この短い時間に作ったんですか?」


 クコが尋ねると、レオーネが爽やかに答えた。


「魔法とか、いろいろ使ってね。普通より短い時間で作ったからといって、手抜きはないけど」

「どのように作っているのか、見てみたかったです」

「うむ」


 サツキもクコに同感だった。二人がどうやってティラミスを作ったのか、見てみたい。


 ――きっと、レオーネさんの魔法も工夫されていて、二人ならではの連携とかもすごいんだろうな。それにしても、アキさんとエミさんばかりか、レオーネさんとロメオさんまでクコのためにスイーツを作るなんて。俺は結局、参番隊の相談に乗ったり飾り付けのための花を買ってきたりしただけだ。誕生日プレゼントを贈る文化はこの世界にはないらしいし、先生も誕生日プレゼントをもらうのはこの世界だと怪異的にもそんなに好ましいわけじゃないって言ってたから、プレゼントじゃなくなにかしたいけど……。


 そんなことを考えているサツキに、ミナトが言った。


「そわそわしてどうしたんだい?」

「別に、そわそわなどしていない」

「まあ、わかるよ。アキさんとエミさん、レオーネさんとロメオさん、四人がクコさんのためにお菓子を作ったのを見て、サツキもなにかしてやりたくてウズウズしてるんだろう?」


 その通りだった。ウズウズしているのがミナトには丸わかりだったが、サツキはただなにかしてやれることがないか必死に考えていたのだ。この期に及んで。

 だが、ふと閃いた。


 ――あ……そっか! その手があった。これは、一石二鳥だ。


 思いついて、サツキはミナトに耳打ちした。


「ミナト」

「ん?」

「今から、俺たちもお菓子を作ろう」

「いいけど、サツキは作れる?」

「たぶん、なにも作れない」


 正直に答えると、ミナトはくすりと笑った。


「だよねえ。そんな気がしてた。でも、サツキもクコさんのためになにかしたくなったけど思いつかないから、四人の物まねをするってわけじゃあないよね?」

「うむ。レオーネさんとロメオさんは、二人で作ったんだ。二人でなにか成し遂げれば、コンビネーションとか連携の強化につながるんじゃないかと思ってさ。アキさんとエミさんだって、いつも息ぴったりだろう? お菓子作りにはそういう効果がある気がする。参番隊もそうだ。神龍島、イストリア王国って三人でお菓子作りをして、結束力が高まっていたのが俺にもわかった」


 実は、サツキはこのとき、ナズナとのやり取りも思い出していた。神龍島で、ナズナは参番隊の結束を強めるために、なにかしたいとサツキに相談した。その際、サツキは三人でなにかをやって、達成感を得られるといいんじゃないかと言って、ナズナが率先して動ける得意分野・お菓子作りを提案した。

 その後、参番隊はうまくやれている。元々、お菓子作りをしなくてもチームワークも自然と向上したと思われる三人だが、ナズナは手応えがあった様子だった。


「だ、大成功、でしたっ」


 と報告してくれたときのナズナのうれしそうな微笑みは、サツキまで充実感を得られてうれしさが伝播したものだ。

 さらに、クコの誕生日に向けてもいろいろ準備をした。それは神龍島でのお菓子作りから始まっており、誕生日ケーキを完成させて一層参番隊は絆が深まっていた。

 ちょうどレオーネとロメオのドルチェ作りの話を聞いて、サツキはそれらがつながったのである。

 ミナトは楽しそうに笑った。


「一石二鳥だね」


 ――いやあ、サツキってばクコさんのためにさっきからあれこれ考えてたみたいだけど、本当に往生際が悪いなァ。良い意味で、さ。


 なんせ、参番隊、アキとエミ、レオーネとロメオに続いての四番煎じなのである。ミナトが苦笑するのも当然だった。


「僕も作れないけど、なんかいいね。おもしろそうだ。クコさん、きっと喜んでくれるよ。やろうか」

「うむ。やろう」

「じゃあ、だれかに教わるのがいいね」


 サツキとミナトがぐるりと見回すと、バンジョーと目が合った。士衛組の料理人で、適任かと思われる。


「バンジョーの旦那に頼もう」

「だな」


 二人がバンジョーの元へと駆け寄り、


「バンジョーさん。僕たち、お菓子作りをしたいんです。今からクコさんに振る舞おうかと思いまして」

「よかったら、教えてくれないだろうか」


 バンジョーはドンと自分の胸を叩いた。


「任せろ! いいに決まってるだろ? オレが教えてやるよ。で、なにを作りたいんだ?」

「お菓子作り初心者の俺たちでも作れる、簡単なものがいいんだ」

「このパーティーで出せるよう、すぐに作れるのも大事です」


 なるほどな、とバンジョーはつぶやき、「おし!」と言った。


「じゃあパフェだな! グラートさん、キッチン使っていいっすか?」

「どうぞ。ご自由にお使いください」


 グラートに了解を得て、三人はキッチンに向かった。

 大広間のクコは、サツキの背中を見て、


「あら? サツキ様、どこかへ行くみたいです」


 これに、耳のいいヒナが教えてやる。


「ま、楽しみに待ってることね。サプライズって感じじゃなかったけど、あたしからは言わないでおくわ」


 ヒナの頭にはうさぎ耳のカチューシャがあり、この耳は魔法を使うための媒介のようになっている。《うさぎみみ》という魔法で、常人の百倍ほどの聴力を持つ。遠くの音や小さな音も聞こえる上、音が音になる前の音さえも聞こえる代物なのである。

 クコはうれしそうにサツキの背中が大広間から消えるのを見つめた。


「まあ! なんでしょう! 楽しみです!」


 ヒナがいたずらっぽくニヤリと笑い、


「四番煎じ、だけどね」


 とつぶやいた。

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