11 『バースカントリー』

 アキとエミがまたカメラを構える。

 エミが手をちょいちょいと動かして、クコに指示を出した。


「はい、クコちゃん。もうちょっとサツキくんに近寄って。後ろの飾りも綺麗だからいっしょに収めたいの」


 クコが振り返り、


「本当です! 綺麗」


 その声を拾った耳のいいヒナが得意げに胸を張って、


「当然でしょ。飾りの準備はあたしたちみんなでやったのよ。特に、あのうさぎの飾りはあたしが作ったの」

「そうだったんですね」

「オレは料理だけどな。グラートさんとルーチェもだぜ」


 とバンジョーが親指を立てた。

 料理担当のバンジョー、グラート、ルーチェ。

 ケーキ担当の参番隊。

 飾り付けが残るみんなで。

 もちろん、飾りは手作りのものもあるし、材料の準備もあった。

 ミナトはにこにことサツキの横に来て、


「頑張って用意した甲斐があったね」


 うむ、と答えるサツキに続けて、ミナトはクコに言った。


「サツキとヒナが午前中に花を買ってきてくれて、僕はフウサイさんと紙類を買いに出かけたんです」

「それでな、ロメオ兄ちゃんとレオーネ兄ちゃんがバルーンを買ってきて、おれはラファエルとバルーンを膨らませたんだぞ!」

「ボクとリディオは簡単なことしかしてませんが」


 と、リディオとラファエルも言った。


「複雑な形のバルーンは、玄内さんとアキとエミの手作りだよ」

「犬やうさぎ、馬などですね」


 レオーネとロメオがそう言って、クコはタタタと走ってバルーンを見る。


「すごいです! よくできています!」

「こいつからもなんかあるみたいだぜ」


 玄内がヴァレンに目配せする。


 ――あら。やっぱりこのお方は気づいていたみたいね。


 みんながヴァレンに注目する。美しい微笑みを浮かべ、クコに言った。


「アタシからもささやかなサプライズよ。さあ、魅せてあげるわ。ちょっとは元気になるんじゃないかしら?」


 その言葉と共に、クコの目の前の景色が一変する。

 もちろん、サツキたちみんな、その目に映るものが変わった。

 ヴァレンの魔法、《世界を奪う夢幻投影ユートピア・イン・ロマネスク》によって、幻惑を見せられているのである。

 この魔法は、元士衛組壱番隊隊士・れんどうけいの幻惑魔法と似て非なる性質を持つ。ケイトの《幻想視ファントム・ビジョン》が特定の個人に映像としての幻を見せるのに対して、ヴァレンの場合はある範囲内にいる人間すべてに幻を見せる。その際、映像だけでなく、音も匂いも見せることが可能。

 サツキは視覚に対して働く魔法は《いろがん》で無効化できるが、今はそんなことはせず、見せられるがままに任せていた。

 クコがつぶやく。


「これは、アルブレア王国……」

「そう、あなたの国。アルブレア王国よ」


 映像は、アルブレア王国のものだった。

 サツキの世界の感覚としては、部屋全体にプロジェクターで映像を見せているような状態に近いだろうか、床も含めた全範囲に映像があり、特に鳥瞰するような視点で、アルブレア王国の景色が映った。

 人々の営みが見える。

 みんな希望を持って生活しているような、明るい顔だった。人々の輝く瞳に、クコとリラは安堵の息が漏れた。

 映像の場所が、『れきかくしんみやこ』クローディムに移った。東の都である。アルブレア王国でもっとも大きな都市といっていい。そこで、視点は低くなった。ヴァレンの視点と思われる。

 街の人の会話も聞こえる。


「ローズ国王様の姿が最近見られない。ヒナギク様も、クコ王女もリラ王女もだ。特に国王様は体調を崩しておわすらしい。心配だな」


 そんな眉を曇らせた商人にも、明るい瞳の紳士が言った。


「だが、我々が気丈に国を支え、変わらず生活している限り、国王様はまた姿をお見せくださる」

「ああ。そうだな、そうだよな。国王様に憂いのない国民の姿を見てもらえれば」

「うん。国王様にもきっとお早いご快復をしていただける」


 映像は、次にクコとリラの暮らしてきた西の都に移る。

 ウッドストン城と城下町である。

 城下町でも、視点は人の目の高さに下がってゆく。

 街の人々の話す声が聞こえてきた。こちらも、彼らの顔は明るい。市場に買い物に来た少女を、店主が見送った。


「またおいで」


 笑顔で送り出し、その店主はひとりごちる。


「たまに、城を抜け出して街に遊びに来ていたクコ王女を思い出すな。また来ないもんかねえ」

「そのうちひょっこり来るかもしれないぜ」


 と、隣の店の主人が口を挟む。

 サツキがクコを見ると、懐かしそうな顔をしていた。クコもあの店主を覚えているのだろう。


「国王様も、また昔みたいに、城下町を散歩してくれるといいな」

「大丈夫さ。ブロッキニオ大臣も、国王様はちょっと体調を崩しておいでだが別状はない、って言ってたじゃないか」


 そこに、別の街からやってきたのか、さすらいの旅商人のような出で立ちの青年が顔をのぞかせた。


「国王様とクコ王女のお話ですか。すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですがね」

「構わんよ」


 旅商人は言った。


「旅しながらいろんなところで聞いた話なんで、本当かどうかはわかりませんが、聞きますか」

「なんだ? 言ってみてくれねえか」

「ええ。それがね、クコ王女はどうやら今お城にはいないそうなんですよ」

「なんだって!? いない?」

「ええ。なんだか詳しいところまではわからないんですが、旅に出ていて、仲間を集めて正義の味方をしているそうで。ソクラナ共和国の首都バミアド……ほら、『大陸の五叉路』って呼ばれるあそこまで行って、盗賊退治までして街の人たちから大変感謝されたとか」


 と、旅商人から話を聞くと、二人も大いに喜んでいた。


「へえ! 正義の味方か! そりゃあいい!」

「さすがはクコ王女だ! 大きく出たな!」

「しかもソクラナのほうまで行くなんて、大した王女様だよ」

「ああ。なんか想像つくなあ、クコ王女が正義の味方をしてるってのもさ」


 旅商人は喜ぶ二人にこう言った。


「クコ王女の元に集まったその組織、どうやら士衛組というそうで。アルブレア王国に向かっているとか。将来が楽しみですね」

「おお。国王様もその噂を聞いたら元気になるかもしれないな」


 再び、映像は高い視点からアルブレア王国を眺めるような構図になり、いろんな街の様子が流れて消えた。

 幻術が解けて、元の大広間に戻る。

 ヴァレンが美しい微笑を浮かべて言った。


「これが、今のアルブレア王国よ。みんな、まだまだ生き生きした瞳を持ってるわ」

「はい!」

「そうですね!」


 クコとリラが嬉々とうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る