38 『ディサピアー』

 サツキとミナトは円形闘技場を出た。

 本日の試合もすべて終わり、シンジとブリュノともここで別れる。

 ブリュノがキザに言った。


「サツキくん。今日は麗しい試合をありがとう。最高の時間を過ごせたよ」

「こちらこそありがとうございました」

「そしてミナトくん、シンジくんも、いつかあの舞台で共に踊るときを楽しみにしているよ。ではみんな、またね」

「はい、そのときはよろしくお願いします!」

「僕も楽しみにしてますね」


 シンジとミナトもそう返すと、ブリュノはウインクを投げてスタスタと歩き去った。

 それからシンジもサツキとミナトに手を振る。


「ボクも帰るね。じゃあまた」

「はい。また」

「お気をつけて」


 サツキとミナトはシンジを見送り、二人になったところで、自分たちも帰ることにした。帰る先は、もちろんロマンスジーノ城である。現在の士衛組の拠点であり、新たな仲間・ヴァレンの居城だ。


「さあ。俺たちもロマンスジーノ城に戻ろうか」

「だね。いやあ、帰ったらなにをしようかなあ」


 ミナトがぐっと伸びをした。

 すると、少し先でマノーラ騎士二人がしゃべる声が聞こえる。


「コロッセオの参加者が失踪したって?」

「はい。いいえ、失踪は大げさかもしれませんが、そうみたいなんですよ。今日参加する予定の魔法戦士が来なかったって話みたいです」

「忘れてたとか、別の予定が入ったとかじゃないのか。よくあることだろう。気にするほどじゃないと思うがな」

「まあ、そうなんですよね。一応、そんな報告がありまして」

「そもそも、おまえはだれから聞いたんだ」

「観客の一人です。その人の話では、友人の魔法戦士に『今日試合するから』って言われて来てみたら、こっちに来ても連絡取れないし試合には出てこないし、なにか知らないかって、マノーラ騎士のワタシに相談してきまして」

「コロッセオの受付には問い合わせたか?」

「はい。聞きましたけど、一週間前に参加の申請を受けていたそうです。でも、今日になって連絡もなく、不参加ということになったみたいで」

「なるほどな。これは、オリンピオ騎士団長にも報告しておくか」

「その魔法戦士になにもなければいいですけどね」

「ああ」


 サツキはつい彼らの会話に聞き耳を立ててしまっていた。だが、ミナトには聞こえていなかったらしい。ミナトはまるで気にせずのほほんと前を歩き、遅れているサツキを振り返った。


「どうかした? サツキ」

「いや。別に」


 たたっと数歩分だけ走ってミナトに並ぶ。


 ――穏やかじゃない話だ。が、もしこれが失踪事件なら、あらゆる情報に精通している『ASTRAアストラ』にも情報が入ってくるだろう。


 その『ASTRAアストラ』とマノーラの治安を守るマノーラ騎士は協力関係にあり、共に治安維持に努めている。士衛組は正義の味方を標榜し、困っている人を助けたり事件の解決などにも積極的に関わるスタイルだが、彼らの手前、あえてサツキが今首を突っ込む問題ではないように思う。


 ――俺たち士衛組にできることがありそうなら、そのときに協力すると申し出ればいい。まだ、本当に失踪事件なのかもわからないのだし。


 ふとサツキが顔を上げると、とある男の子が視界に入った。

 道に迷ったのか、親とはぐれたのか、一人困ったように周囲を見て、泣きそうになっている。


「なにを見てるのかと思えば、サツキ……え、サツキ?」


 サツキはもう走り出していた。

 男の子の元へ行くと、サツキは声をかける。


「大丈夫かね?」

「う、う……」


 年はまだ七歳になるかといったところだろうか。サツキを見上げると、泣きそうな顔でなにも言えずにいる。


「お、落ち着いて。親とはぐれたというのなら、俺も探すのを手伝うぞ」


 優しく言うが、男の子は困惑している。

 そこへミナトもやってきて、サツキを茶化すように言った。


「いやあ、まいったなあ。サツキのお人よしには。子供にどうやってしゃべりかけてよいのかもわからないのに、困っている人がいれば考えるより先に動き出してしまうんだもの」

「笑ってないでいっしょにこの子の問題を解決するぞ」


 ふふっとミナトは笑って、片膝ついて男の子にふわっと笑いかけた。抜けるように透明なミナトの笑顔には不思議な力があるらしい。男の子は目を丸くして、泣きそうだったのを忘れたみたいにミナトを見返している。


「お母さんとはぐれちゃったのかな?」

「うん。さっきまでね、いっしょだったの」

「そっかあ。じゃあ、きっと近くにいるよ。お兄ちゃんたちといっしょに探そうよ」

「うん」


 ミナトが手を差し伸べると、男の子はミナトの手を握り安心した顔になった。


「大丈夫だよ。すぐに見つかるからね。僕たち人を探すのがとっても得意なんだ」

「そうなの?」

「そうさ。キミ、お名前は?」

「ぼく、ニコロ」

「ニコロくんか。僕はミナト。それでこっちがサツキ。士衛組っていう正義の味方なんだ」

「かっこいい」

「そうだよ。かっこいいんだ。士衛組に任せればお母さんもすぐに見つかっちゃう」


 うん、とニコロがうなずき、本当にあっという間にこの子の母親も見つかったのだった。


「ばいばい。ありがとう。ミナトお兄ちゃん」

「本当にありがとうございました」

「もうはぐれないでね~」

「お気をつけて」


 サツキと母親は丁寧に頭を下げ合ったが、ミナトとニコロは楽しそうに手を振り合っていた。

 ふう、とサツキはため息をついて言った。


「ミナト、ありがとう。助かったよ」

「あはは。サツキは困っている人を見ると考えなしに動いてしまうからなあ」

「しょうがないだろ」

「それはサツキの良いところだよ。でも、子供には子供の目線でしゃべりかけてあげるのが大事なんだ。あとは、どう接していいかわからず困惑するのもよくない。どっしり構えて安心させてあげないとね」

「ふむ。勉強になる」


 真面目にうなずくサツキを見て、ミナトはまた笑いたくなった。


 ――そんなに真面目になりすぎなくていいのに。この調子じゃあ、また子供に怖がられちゃうんだろうなァ。まあ、そういうのも全部ひっくるめてサツキらしくて、好ましく思うけどね。キミのそういうところ。


 困っている人を見過ごせないのは、正義の味方を語る士衛組の局長らしくて悪くないとミナトは思うのだ。

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