13 『大福あるいは別世界のレシピ』

 バンジョーは料理を作りながら、この青年には似合わない考え事をするような難しい表情をする。


「くぅ……! ミナトのやつに甘いデザートつくってくれって頼まれるんだが、どうもサツキの話を聞いても実際に見ないとイメージできねー。せいでもちっと勉強しとくんだったぜ。こうでもねえみたいだしなぁ」


 サツキはやわらかく呼吸して、それから帽子のつばを上げた。


「デザートではないが、和菓子はどうなった?」


 前に、ミナトが和菓子を食べたいと言ったので、サツキがバンジョーに大福というものをつくったらどうかと進言したことがあった。目の前のバンジョーの顔を見るに、出来は上々らしい。


「おう! それそれ! サツキ、聞いてくれよ! 餅の生地であんこを包んだ和菓子、大福! おまえらと合流する前につくってみたら、ヒナには好評だったぜ!」

「ほう」

「ヒナがつまみ食いに来てよ、シナモンかけて食ってたんだ」

「へ、へえ。変わってるな……」


 サツキは苦い顔になる。大福にシナモンをかける人など、サツキは見たことがない。


「そうか? オレもマネしてシナモンかけて食ってみたら、なーんか足んねーなーって思ってたのを補完できたからよ。さらに工夫して、米粉に砂糖とシナモンを混ぜたんだ。で、最後に玄内先生が来て、きなこをまぶすと良いってアドバイスくれたんだぜ。先生もグルメだよなあ。確かにあんことの相性もいいんだ。うまいからサツキも食え」


 さっと、バンジョーは皿を出した。

 それを見て、サツキはジト目になる。


「どうした? 遠慮せず食えって」

「バンジョー」

「お?」

「これは、生八つ橋だ」


 サツキが冷静につっこむ。

 皿に置いてあったのは、確かに餅の生地であんこを包んだ和菓子である。しかし、形が違う。大福はまるいが、そこにあったのは四角にカットした生地を対角線で半分に折って三角形にしたもので、サツキはこのような大福を見たことがない。というより、生八つ橋という名称でしか見たことがなかった。

 バンジョーは驚いた。


「おいおい、マジかよ! オレはてっきり大福かと思ってたぜ! ……で、生八つ橋ってなんだ?」

「知らなかったんかーい!」


 ズコーッと、ヒナがずっこけてツッコミながら厨房に突っ込んできた。どうやらタイミングを計って聞き耳を立てていたらしい。


「お、ヒナじゃねえか」

「寝たんじゃなかったのか」


 バンジョーとサツキにそう言われて、ヒナは恥ずかしそうに顔を赤らめてから、気を取り直して腕を組んで不機嫌そうな表情をしてみせた。


「別に。それよりバンジョー。あんた生八つ橋ってわかんないでそれつくってたの?」

「そうみてーなんだ」


 と、まじめにとぼけた顔で答えている。ヒナはその顔を見てぷっと笑って、皿から生八つ橋を手に取ってひょいと口に放った。


「うん、おいしい。生八つ橋としては、ね。晴和王国じゃあらく西せいみやでよく食べられてる和菓子なの。あたしはちょっと小腹がすいて来ただけだから。べ、別にサツキと話すこともないし、探してたわけじゃないんだからねっ。今度こそ寝るわ。おやすみ」


 そう言ってサツキを見るやヒナは厨房を出て行った。


「なんだったんだ?」


 目をパチクリさせるバンジョーに、サツキは回答しない。サツキにもよくわからないのである。


「なんだったんだ……」




 厨房を出たあと、ヒナはぶつぶつつぶやいていた。


「もう。なんで一番肝心な相手に優しくしゃべりかけられないのかしら」


 他の人には人一倍気を遣うのに、そんな自分が恨めしい。


「ま、まあ、別に、本当にたいした用事があったわけじゃなくて、ただ……さっき流れ星があったんだよって教えたかっただけなんだけどさ」




 厨房では。

 バンジョーはサツキから改めて大福について聞き、料理人の目になって、特徴をノートに書き取っていた。


「おし! フウサイのやつが涙をボロボロ流して食うようなスゲーもんつくってやっか! ついでに玄内先生もあっと驚く料理にしてーな」

「うむ。応援してる」


 それから、バンジョーが一人芝居する。


「な、なんということでござろうか! バンジョー殿の料理がうますぎて、涙が止まらないでござるよ。ううっ、うぅっ。なーんてな! で、玄内先生も――」


 と、渋い顔をつくって、


「おまえ……これをつくったっていうのか? とんだ逸材が眠っていたもんだぜ。おれも師匠として鼻がたけぇってもんだ。なんてねなんてね! なっはっは!」

「……そんなこと言うだろうか」


 サツキがジト目でバンジョーを見やる。

 バンジョーが腰に手を当てて馬鹿笑いしているとき、影がサツキの目の前を横切った。かなりの速さで、サツキも瞳の魔法を使わないと見えないほどである。ただ者ではない。サツキが眼に魔力を集中させようとしたところで、よく見たら皿の上から生八つ橋が消えていることに気づく。


「……」


 影が足を止めた。その影の主を視認して、バンジョーが目を見開く。


「な、なんだ? なんでフウサイが……!」

「フウサイもつまみ食いか?」


 サツキが聞くと、フウサイはピクリとも表情を変えずに答えた。


「失敬。また来るでござる」


 煙がたゆたうように消えた。さすが忍者、つまみ食いであろうと身のこなしが華麗であった。

 状況が読み込めずにぽかんと口を開けているバンジョーが、やっと叫び声を上げた。


「こらー! 勝手に食うなー!」


 そんなバンジョーに、サツキは言ってやった。


「よかったな、バンジョー。フウサイは気に入ったみたいだぞ」

「お? そうなのか?」


 サツキはそうだと思うよと口にする代わりに微笑み、うなずいてみせた。


 ――あのフウサイが我慢できないほどだからな。その生八ツ橋は大成功だ。


「なんかよくわかんねーけど、ミナトもチナミも、ヒナもフウサイも先生も喜ぶもんをつくってやるぜ!」


 などと、バンジョーはフウサイたちみんなに喜ばれる料理の研究も一生懸命だった。


 ――おいしいって言ってもらえるといいな。


 バンジョーは他に、なぞなぞを仕掛けてくる怪人の話をおもしろおかしく聞かせてくれた。本当にそんな人がいたのか、あとで玄内に聞こうと思う。それ以外では別行動中に大変だったという話もなく、サツキはバンジョーに聞いた。


「そういえば、ミナトを見なかったかね?」

「おう。ミナトならさっき、夜風に当たるって出て行ったぜ。サツキと入れ違いだった」

「そうだったのか。ありがとう」

「あいつもスゲーよな、汗びっしょりになるまで剣の修業しててよ。風呂に入ったから涼みたいんだろうな」

「バンジョーも、遅くならないうちに休むんだぞ」


 そう言っておかないと、バンジョーは集中して頑張り過ぎるかもしれない。サツキ自身もそうだし、ミナトもそうだし、士衛組はそんなタイプが多い気がする。


「サツキもな! なんも考えずにさっさと寝ろよ」


 サツキは小さく微笑み、おやすみと言って厨房をあとにした。

 次に、サツキはミナトに会おうと思っていた。

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