14 『落涙あるいは相棒』

 サツキは、再び甲板にやってきた。

 さっきはヒナとそこで話したが、そのときはまだ、ミナトは修業中だったらしい。バンジョーによると、サツキが玄内の別荘に行くのと入れ違いだったということである。

 さっそく、サツキはマストにのぼった。

 すると、やはりいた。

 ミナトがいた場所は、マストの上である。

 見張り台になっている。

 出航してからというもの、景色がいいのか風がいいのか、ミナトはサツキと修業しているとき意外はここでぼんやりしていたようだったのだ。

 夜風に当たるならここだと思ったが、正解だったらしい。

 サツキは無言で見張り台に座った。広さは、サツキとミナトが並ぶともういっぱいになる。丸いカップ状とでもいおうか、床もしっかりあるから、下からだと姿も見えない。ただ、側面は何本もの柱によって支えられているから、足を出すこともできる。座りながらでも、景色は見える。

 隣にやってきたサツキを一瞥したあと、ミナトはしばらく黙っていたが、夜空を眺めたまま尋ねた。


「聞いてもいいかな?」

「うむ。答えられることなら、なんでも」

「ケイトさんを、斬らせた理由は?」


 単刀直入だった。

 そういえば、サツキがミナトに初めて船で会ったとき、ミナトが人斬りだと思って部屋を訪れたときも、サツキは単刀直入に聞いたものだった。今度はその逆だった。

 あのときもミナトと同じく、サツキは包み隠すことなく話す。


「いくつかある。たぶん、全部わかってるのは先生くらいだろう。クコに話したら、泣かれてしまった」


 ミナトの反応は気になるが、サツキはミナトの顔を見ず、遠くにまたたく星を見つめたまま、語を継いだ。


「俺は、できることならケイトさんを斬りたくなかった。人を殺すことは、たとえ自分の手によらずとも、怖いしつらい。だが、ケイトさんのためを考えたとき、斬るべきだと思ったんだ。ケイトさんが間者スパイだとわかったあとも、これまでのケイトさんの言動から、ブロッキニオ大臣の前に立ったとき、彼は士衛組をかばうと考えられた。もっと言えば、仲裁だ。仲を取り持つ使者になろうとさえ、したかもしれない。少なくとも、士衛組の誤解を解こうとしただろう」

「……」


 そこまでは、ミナトも思っていたことである。ケイトが、本気で士衛組を敵視していたとはどうしても思えなかった。


「そうなった場合、ケイトさんはブロッキニオ大臣に利用される。いろんな方法で利用できるんだ。最悪のケースの一つとして……士衛組に洗脳されていると弾劾された上に、殺人などの罪を着せられる。地下に幽閉されたクコの両親を、洗脳されたケイトさんが殺したという話が作られる。当然、大罪人ケイトさんは処刑される。そうすれば、邪魔な国王夫婦も仲裁者も消えるだろう? 結果、ブロッキニオ大臣は、俺たち士衛組という悪党を討伐するという正義の看板を掲げられるし、アルブレア王国の実権は完全に手に入る」

「……」

「ほかにも物語をつくれるが、もしケイトさんが洗脳されたわけでもなく士衛組の味方となり、自分の意志で国王夫婦を殺したという筋書きをつくられたら……。ケイトさんは処刑されるばかりじゃなく、その名前を永遠に貶められる。だから、東へ逃がすのが最良だった」


 いずれにせよ、ケイトがブロッキニオ大臣の前に立ってしまえば、悲しい結末しか待っていない。


「逃がすなら、アルブレア王国騎士のいない東しかない。ケイトさんへの説得が無理だったら、ケイトさんの名前とクコの両親、そして士衛組を守るために、粛正するしかない。そうすれば、粛正を命じた局長が冷酷なだけで、組織そのものは悪くないから、民衆はクコやリラを応援できる。実行者のミナトが、厳しい命令の被害者と思われるか、斬った張本人として怖がられるか、それは噂を聞いた人による。ミナトには、悪いと思ってるよ」


 雲に陰っていた月が見えて、やっと、ミナトが言葉を発した。


「いいんだ。僕は」

「長い話になったけど、俺は守れるものを、できるだけたくさん守りたかったんだ」

「うん」


 とミナトはうなずいた。


 ――ケイトさんは、ブロッキニオ大臣の前に行った時点で処刑は決まってた。それは、確かにそうだ。僕は、本当になにも考えてなかったなァ。でも、サツキを信じた僕は間違ってなかったって、そう思えた。キミの口から聞けてよかったよ。


 ミナトはまた目を上げて、月を眺めてつぶやく。


「ありがとう。サツキ」

「お礼はいらない。感謝してるのは、俺のほうなのだから」

「ケイトさんのためにも、頑張らないとだよね」

「うむ」

「約束したんだ。『ボクの好きだった国を、どうか救ってやってください』って」

「うむ。聞いたよ」

「ケイトさんはアルブレア王国が好きだって言ってた。風の匂いも、人の音も好きだって。なんで、それを変えようとしたのかなって。あの方々はって……」


 言っているうちに、ミナトの目には涙がにじんできた。


「いやだなァ。ケイトさんと交わした約束を守るまでは、泣かないって決めてたのに。悲しみも眠らせるって誓ったのに。まだ、ケイトさんと笑い合えるはずだった未来を創れていないのに」

「俺しかいないんだ。今は泣いていい」


 そう言いながら、サツキの頬にも涙が伝っていた。ミナトの想いを隣で見て感じて、話を聞くと、どうしても感情が溢れてきた。

 帽子で目を隠して、ミナトと二人、黙って涙を流した。



 どれくらいそうしていたか、意外と短い時間だったかもしれない。

 サツキが帽子をあげて、星々のきらめきを目にしたとき、ミナトが思い出したように言った。


「ああ、そうだ。まだケイトさんが僕に教えてくれたこと、伝えてなかったね」

「教えてくれたこと?」

「ケイトさんのお父上は、国内では一目置かれた切れ者だったらしい。尊敬ってより、畏怖されていたのかな。『さく』と呼ばれているようだ」

「ふむ」

「そんなお父上に、ケイトさんは『必ずしも命令に従う必要はない。好きにしろ』、『状況を見て、身の振り方を考えろ』と教えられていたそうで」

「それは、ブロッキニオ大臣の使命を受けたケイトさんを悩ませたろうな」

「だから……もし、ケイトさんのお父上が士衛組の敵になるようなら、厄介な相手になるとケイトさんはおっしゃった。局長も、心得ておいてくださいな」

「わかった」


 サツキが神妙にうなずくと、ミナトはいつもの透き通るような微笑みで立ち上がった。


「さあ。行こう、相棒」


 ミナトに相棒と言われて、サツキは目を大きくした。


 ――そうか。俺は……。


 ずっと考えていたことがあった。

 初めてミナトに出会ってから、すぐに友となったが、自分にとってどんな存在なのか、それが見つけ出せなかった。


 ――これまで、俺はミナトと友だちでいたいと思ってた。そのために……剣に生きるミナトといっしょにいるために、剣の腕も磨いて、ライバルでもありたいと考えていた。そして、ミナトは士衛組の仲間でもある。友だち、ライバル、仲間。その全部でもあるけど、それだけじゃないような気もしていて。


 それゆえに、自分とミナトの関係性がハッキリと言語化できていなかった。


 ――でも、やっとわかった。その全部であって、一番の友だちだから、相棒なんだ。俺たちは。


 一方のミナトも、初めて使った言葉に、その心境の変化はあった。サツキを信じてきて、それが正しかったと実感して、サツキが自分にとっての相棒だと確信したのである。


「明日は神龍島に着く。ちゃんと身体は休ませておかないとだよ」

「うむ。そうだな」


 ミナトに手を差し出されて、サツキは手を握り、引っ張られて立ち上がった。

 そして、ミナトとは部屋に戻る途中で別れた。ちょっと立ち寄る場所があると告げて。

 最後に、操舵室へ行って玄内と話すのである。

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