36 『待望クロスロード』

 サツキの仲間になったヒナは、幼馴染みとの再会も果たした。

 だが、ヒナにとってのつながりはそれだけではなかった。

 玄内は挨拶代わりに言う。


「おれは地質学も研究してた。だから天文学者の浮橋教授とも知り合いだったんだが、こうなったらおれも地動説証明に力を貸すぜ」


 異なる学問ではあるが、地学――すなわち地球科学であるから近縁ともいえる。地球に影響を与えるほかの天体の研究をも包括するためだ。

 頼れる『万能の天才』からの申し出に、サツキは心強さを覚える。


 ――この三人で考えれば、きっと証明できるはずだ。それにしても、浮橋教授というからには、大学教授だったのか……?


 だが、なにも知らないヒナは大きな衝撃を受けていた。


「ひぃええぇ! カ、カ、カメがしゃべったああああああー!」


 すっとんきょうな声をあげてびっくり仰天である。尻もちまでついてのリアクションだった。


「しし、しかも、お父さんと知り合い? カメと? えぇぇぇえ?」


 サツキは頭を押さえた。


「確かに、フウサイは先生がしゃべってもノーリアクションだったけど、普通はこういう反応するよな」

「そうですね」


 あはは……、とクコも上品な顔で苦笑いを浮かべる。

 この現在カメの姿になってしまった経緯をサツキから説明されると、ヒナはふぅんと理解を示した。


「まあ、魔法だったらなんでもあり得るしね」


 サツキはその反応を見て、


 ――魔法といえばどんなおかしな現象でも受け入れてしまいそうだな、この世界の人は。


 と思う。

 こういった原理原則なんかを無視できるものがあったら、きっとサツキの元いた世界もあそこまで科学が発達しなかったろう。環境にも恵まれている点からみても、文明の成長を遅らせるには充分の条件である。なんせすべての現象に理屈がつく必要がなく、理屈で説明できないことがあるのが普通なのだ。

 文明の攻略ルートが探れない。それが普通ということなのである。

 であれば、だれも無意味な解析に精を出さない。

 ヒナは目をぱちぱちさせながら玄内を見て、


「それに、お父さんと知り合いだったなんてびっくりよ」

「あいつも言っていたが、おれの発明した望遠鏡を持ってるそうだな?」


 玄内の問いに、ヒナはまた驚く。


「お父さんが天才発明家からもらったって言ってたけど、このカメだったのーっ!?」

「先生、もしくは玄内さんと呼びなさい」


 キッとルカに鋭くにらまれて、ヒナはたじろぐ。腰に手をやり、胸を張って、冷静を取り繕う。


「わ、わかったわよ。で、あんたはだれ? ほかのみんなの紹介もまだじゃない?」

「私はルカよ」


 と、ルカはヒナにも《ばんそうこう》を貼ってやる。ただし、貼り方がサツキのときのように優しくはない。


「痛っ。で、でも、ありがとう。それで、あんたがクコだっけ?」

「はい。クコです」

「オレはバンジョー。料理バカって覚えてくれ」

「サツキ殿に仕える忍び、フウサイでござる」

「ナズナ、です」


 クコ、バンジョー、フウサイ、ナズナも順番に自己紹介した。チナミは知り合いだからいいとして、これで全員の紹介が終わる。

 ヒナは得意顔で、


「オッケー。全員覚えたわ。それで、みんなここに集まってこれから食事? あたしお腹減ってきちゃった」


 玄内がくるりと背を向けて歩き出す。


「食事の前に仕事が増えちまったな。来い、ヒナ。飯の前に、明日乗る船のチケット取るぞ。おれたちだけで一気に八枚取ったんだ。運が悪いともうなくなってるぜ」

「あ! その件です」


 クコが弾かれたように思い出した。


「どうした?」


 サツキに聞かれ、クコは申し訳なさそうに説明する。


「実は、アキさんとエミさんにわたしたちが乗る船のお話をしたら、お二人も同じ船に予約を変更するということになりました。でも、その分で枠が埋まってしまったんです。本当は仲良くなったミナトさんともいっしょに乗りたかったんですが……」

「ミナト?」


 小首をかしげるサツキだが、玄内は言った。


「どのみち、船には乗るんだ。予約はしないといけねえだろ。まあ最悪、おれの別荘にずっと置いておくのも手か……」


 船の食事は出してもらえないが、馬車からつながった玄内の別荘にいれば船の予約さえ不要になる。だが、その事情を知らないヒナはわなわな震える。


「え! なに言ってるの? あたしだけ晴和王国でお留守番? 意味不明なんですけど」

「そうですね。では行きましょう。まずは行動です」


 クコもサツキの手を引いて玄内に続く。ルカもさっとサツキの横に並んで、バンジョーが走り出す。


「そうですねって、本気で晴和王国でお留守番させる気? ねえ!」


 ヒナの叫びを無視するようにみんなが動き出す。チナミとナズナもついてゆく。


「行こうか、ナズナ」

「うん」


 出遅れたヒナに、玄内が振り返って声をかける。


「ヒナ。なにぼぅっとしてやがる。のろのろすんじゃねえ、おえぞ」

「はっ、はい! わかりましたよー。まさかそんなことカメに言われるなんてぇー」


 カメの玄内にどやされてうさ耳のヒナが追いかける。とても足の速そうな走り方じゃない。この二人の様子は、サツキにはなんだか童話の「ウサギとカメ」とは真逆だな、と思われた。


 ――変な組み合わせだ……。


 ジト目でちらとヒナを振り返り、サツキは前に向き直る。

 ヒナは駆ける。


「チナミちゃん待ってー」

「ヒナさん急いでください。キャンセルする人がいたら、乗船券に空きができる可能性もあるんです」


 小さな足でとことこペースを崩さず歩くチナミである。


「せっかくならいっしょの船に乗りたいですから」

「今なんて言ったのー? もう一回言って」

「なんでもないです」

「えー? 減るもんじゃないしもう一回言ってくれてもいいじゃん! て、待ってよー」


 思いのほか速いチナミのペースに、ヒナがヘロヘロになってついていく。




 船の案内所。

 ヒナが明日の船の手配を申し出ると。


「ああ、お客様! なんと運がいい」

「運がいい?」


 小首をかしげるヒナとクコに、案内係のハヤカワが言った。


「実は、明日の分はさっきのお二人の分で埋まっていたのですが、そのあと二件のキャンセルがあったんです。そして、さっき少年が一人分取って、残りが一件だけ。こんな偶然はそうありません。とことん巡り合わせです」

「いやったー! チナミちゃん、やったよあたし」

「よかったですね」


 小躍りして喜ぶヒナを、チナミが冷静に見やる。


「では、その一名分をいただけませんか」


 クコが申し出て、ヒナの分の乗船券も手に入った。

 ハヤカワに、クコが声を落として聞いた。


「あの……ミナトさんという方は……」

「はい。いらっしゃいました。同じ船の予約が取れましたよ」


 にっこりと笑顔で言われて、クコも笑顔になる。


「ありがとうございます」

「きっと、アキさんとエミさんも喜んでくださることでしょう。お会いしたら教えてあげてくださいませ」

「もちろんです!」

「なにしてる。行くぞ」


 玄内に呼ばれ、クコが「はーい」と明るく返事をして案内所を出た。

 外に出るや、ヒナはルンルンとした足取りで言った。


「ふふ。ラッキー」

「せっかく仲間になったんだ。いっしょの船でよかった」


 サツキがそう言うと、ヒナはぷいっと顔をそむける。


「とっ、当然でしょ! あたしたち、仲間なんだから。いっしょじゃないとね」

「うむ」


 玄内が渋い声で、


「世の中の大抵のことは偶然でできてる。まあ、縁があったってことだ」


 と締めくくった。




 すべてが偶然かはわからない。

 だが、人知を超えた必然は偶然よりも奇妙である。

 いくつもの物語が絡み合い、あらゆる事象が重なり、歯車が噛み合ってその偶然は生まれた。

 特に今回のヒナの士衛組加入劇は、騒々しくも鮮やかな喜劇でもあった。

 浦浜から北へ走る馬車の中で、たかとうの目の前には、突如として文書が現れた。


「わわっ! 手紙です! 届きました! お姉さまの魔法ですね」

「だね。お土産つきだ」

「あっ! 本当です! ういろうもあります!」


 とみさとうめが驚き、トウリはういろうと文書を手にして、紙面に目を通した。


「兄者からだ。どうやらうまくまとまったらしい」

「そうですか。よかったですね」

「うん」


 トウリは返書をしたため、傍らにいる伝書鳩の足に手紙をくくりつける。


「このトノサマワシならすぐに届けてくれますね」

「そうだね。イヌワシが魔獣化したトノサマワシ。武賀むがくににしかいない伝達係だ」


 トノサマワシは、機能としては伝書鳩の役割を持つが、ハトではなくワシである。頭の形に特徴があり、殿様のまげのようになっている。通常の伝書鳩も魔獣だが、それ以上の飛行能力を持つ。


「いってらっしゃーい」


 飛び立つトノサマワシをウメノが見送り、トウリは夕闇に向かい小さくなってゆく羽ばたきを眺めてつぶやく。


「さて、浦浜における喜劇はまとまったようだけど、リラさんの物語はどうなるだろうか」

「姫は、リラさまにお手紙を書く約束をしましたよ」

「報告を待とう。きっと、我々の物語もリラさんの物語とまた交差する」

「はい。そのときまでに、姫は素敵なお姉さんになります!」


 馬車はゆったりと武賀ノ国へと走る。

 トウリは西を見た。

 もう、空には星が浮かんでいた。

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