浦浜編×裏2 『戦国ニュージェネレーション』
ここでの会談は、日が暮れる前には終わっていた。
二つの国による会談。
参加者は、計六人。
内容は、現在は黄崎ノ国に属している浦浜を、武賀ノ国に渡してくれというオウシの提案である。
もしくは、王都直轄領にしたいということだった。
小座川氏としては、断る理由はいくつでもあった。
仮にも『関東の覇者』なのである。
しかし、オウシに指摘された状況やそれに対応する自分たちの政治活動と軍事運動は情報不足であり不安定でもある。また、拒否することでのオウシとの対立は避けたい。
特にオウシの派手な《
ゆえに、モクレンは決めた。
「ワタシは決めました」
「ほう」
オウシが軽く身を乗り出す。
「なるほど王都直轄領も悪くはない。だが、武賀ノ国が守るほうが民にとってよいであろうと思う」
「で、あるか」
満足そうにオウシは顎を引く。
「確かにねえ。
と、ヒサシは白々しさ満点に同調した。自分の国のものになるよう誘導するというより、冷静な部外者が公平に審査したような口ぶりなのである。
そのため、人の良い嫡男『
「そうですね」
一つの事実でもあるから、モクレンは余計苦々しい。
――まったく、お人好しも担ぐ分にはいいが、我が子となると不安になる。
ヒサシは小刻みにうなずき返し、
「だよねえ。ご子息がこう理解も早いと将来が楽しみですね。みなに好かれる『優しい若君』には期待しちゃうなあ」
と、自分たちが飲み込む側として楽しみなのか、素直な性質を心から褒めているのか、それさえもわからない、居酒屋でおしゃべりする調子で言った。
悠然と構えるスイセンが微笑する。
「ええ。上に立つ者としての器量がある方ですから。まあ、知恵についてはひねり出すより受け入れる器ですので、支えるほうも張り合いがありますもので」
これは、スイセンにとっては本心だった。
戦国時代の武将もそうであったが、トップに立つ人間に必要なのは優しさや度量の深さだと言われており、その点をゼンマイは満たしているとスイセンは思っている。
そこは息子を愚かだと思っているモクレンとは見立てが逆だった。
「交渉は成立ですね。では、ボクの大事にしている茶器を贈らせてください」
ヒサシは茶器を取り出し、それをスイセンに差し出した。
「これはなかなか」
「ぜひそれを持って、今度うちで開く茶会にご参加ください」
「はい。そうさせてもらいましょうか。せっかく同盟もできたことです」
スイセンがしれっと「同盟」を口にしたことに、ヒサシは内心で笑う。
――まだ同盟なんて結んじゃいないし、うちが浦浜をもらって代わりに茶器をあげただけなのに、ちゃっかりしてるねえ。
しかし、ここで同盟は嫌だと言えば険悪になり戦の様相になる。
――まあ、もうしばらくは敵対する気もないからいいけどさ。それに、タダで浦浜をもらえるとも思ってないから、同盟って形がちょうど折り合いもよさそうだしねえ。
「ええ。北陸や西の脅威から共に戦いましょう」
と、ヒサシはおかしそうに笑った。
考えはオウシも同じで、しかし交渉前からすでに見越していたことでもあった。
――りゃりゃ。ぬかしおる。こちらはそれでもいい。田留木も欲しいがそこは攻め潰すしかないし、川蔵に続き浦浜をもらったら、天下統一までにらみ合いじゃ。今のわしらの力では攻め潰すより協力関係のほうが利益も多い。
ついとヒサシの視線がモクレンに移り、
「俳句のうまいモクレンさんの歌も聞きたいですし、いずれ」
歌を詠ませれば著名な歌人さえ感心させうならせるほどの腕前で知られている。決してただのお世辞でもない。
モクレンは表情を出さず小さく頭を下げた。
「そうですね。いずれ。国防についても、力を合わせ、今後とも」
言葉ではそう言うしかないが、胸の内では、モクレンにすれば今度の交渉はおもしろくはない。
――くそう。二年前、我が国は
五日ほど前、トウリがウメノを伴い王都で交渉をしていた。
それは安総ノ国との同盟締結についてである。
この会談の約束はそれより前にしてあったから、モクレンたちが自分の耳でその情報を自然に知った直後に、この会談が開かれた形になる。
武賀ノ国と安総ノ国が結ばれた今、戦が勃発したら、黄崎ノ国は武賀ノ国と安総ノ国の挟み撃ちになってしまう。
田留木は堀切と海など、天然の要害を有する『難攻不落の城下町』だから守りには強いが、浦浜を攻められると弱い。それも武賀ノ国と安総ノ国の同時攻撃には簡単に耐えられるものではない。
だから両国の同盟はモクレンら黄崎ノ国にとっては警戒すべき嫌な情報だった。
しかもこのタイミングを計って交渉に来たあたり、食えない。
トウリとウメノが同盟を成立させると確信して前もって動いていたことになるのだから。
ここで、モクレンの展開する読みは。
――先の先を見れば、やつらが浦浜を欲する限り戦を避けられない。だが、今ここで同盟を結び浦浜を差し出せば、戦は最後の最後まで避けられる。田留木まで欲しがっても、同盟の手前、同盟国への侵略は悪評を作りすぎるからな。そしてこの先、ゼンマイの代になったら、我が国の発展も望めないだろうが、あの愚直さと性格の素直さで武賀ノ国を助け、信頼を得られる。このモクレンが『関東の覇者』であるのも今日限り。だが、もしこやつが思いのほかの人物であれば、我が国の存亡に不安はなくなる、か。
こうした戦国の世、どこの国も願いはいつも近国が弱く愚かなことである。
だが、オウシはそう愚かでもないらしい。いつか取り返そうと思っていた川蔵も取り返せないばかりか、浦浜まで差し出すことになってしまった。
オウシの成り上がり次第で、のちのちには、古参の最有力の同盟国という地位になり、重要な政務さえ預かりうる。
ばかりならいいが、モクレンもせっかく広げた領土を減らすのみではいられない。
となると、モクレンの視野は西に向けられる。
――我が国が相手にすべきは、西か。西側の領地を広げるしかない。西にはいい場所もたくさんある。まあ、それもいい。
この日より、モクレンは『関東の覇者』から『
時代は動いている。
幾重にも重なって、だれにも止めることなどできずに動き続ける。
かくして会談は終わり、オウシたちは武賀ノ国への帰路についたのだった。
馬車の前にくると、オウシが言った。
「スモモ。戻ったぞ」
「ちょうどよかったよ。わたしもさっきここに来たばっかりだからさ」
オウシとトウリの妹、『
黒い着物と桃色の袴にブーツ、頭にはミニハットが乗っている。今年十八歳になる。双子の兄たちより五歳下。背は一六一センチで、兄二人に顔立ちもよく似ていた。
「久しぶりの田留木城下町、堪能したなあ」
「お迎えありがとね、お嬢」
「ありがとうございます、スモモ様。帰りもよろしくお願いいたします」
ヒサシとチカマルのお礼も、スモモは笑い飛ばす。
「いいよいいよ。わたしは『運び屋』だからね。運転好きだし、今度は船も運転したいな」
「そいつはちょうどいい。近々予定を立てるとするか」
「うん、よろしくねお兄ちゃん」
「遊びじゃなくて仕事じゃぞ」
「いいの、わたしはどっちみち運転するだけだし。ああ、無性に王都に行きたくなった。そっちも予定ない?」
「おまえ、この前も行かなかったか?」
「ミオリに呼ばれたんだもん。そのあとはもう二週間も王都に行ってないよ」
「わしも行ってないわ」
三人が馬車に乗り込むと、振り返って聞いた。
「で、どうだったの?」
「上々じゃ」
「やったね! じゃあ、トウリくんにも報告しとく?」
「おう。チカマル」
オウシがチカマルに呼びかけると、さっと紙と万年筆を差し出した。万年筆を受け取り、今回の成果について書き記した。前にいるスモモにそれを渡す。
「頼んだ」
「はいはい、運ぶね。トウリくんは甘いの好きだし、ういろうも買っておいてあげたんだよね。手紙だけなら風呂敷も必要ないんだけど、ういろうもあるし……」
スモモが風呂敷に手紙とういろうを包む。風呂敷は船の柄になっており、包んで両端を縛る。
「わたしの魔法《
魔法が発動する。
風呂敷の結び目をほどき開くと、中身はなくなっていた。
「見事だよねえ、お嬢の魔法は。これでトウリくんの目の前に文書とういろうが一瞬で届くんだからさ」
「まあ、わたしは『運び屋』だからね」
ヒサシに褒められ、スモモは得意になる。チカマルも称賛した。
「袋に包んでその両端を縛ると、中に入れた物を届ける魔法。これは新戦国の世でなくとも重宝されるものでございますね。手紙程度なら風呂敷なしでも郵送できるのですから」
「一応、記憶してる場所か知ってる人のところにしか送れないけどね」
オウシはスモモに呼びかける。
「ありがとう助かったぞ。わしは早く帰りたい。《
「わたし、今日は観光疲れしてるしできなぁい。夜までには帰れそうにないよお兄ちゃん。夕飯どうする?」
「やれやれ。わかった。適当なところで飯にするか」
「やったー!」
「胃袋満たしたら頼むぞ」
「オッケー任せて!」
兄妹の会話を聞いていたヒサシが、二人の会話に割り込む。
「ひと言で表現するなら、チャージ式のワープだもん、お腹のほうもチャージしないとねえ」
「そうそう! ひーさんわかってる!」
「細かい説明はさておき、スモモくんがいてくれてボクはよかったよ。美味しい物も食べられるしさ」
「それはわしのおかげじゃ」
オウシがつっこみ、スモモが陽気に声を上げる。
「じゃあ、しゅっぱーつ!」
愛馬にもスモモは声をかける。
「帰りもよろしくね、スズカ」
ヒヒーン、と愛馬スズカがいなないた。
走り出した馬車の中。
オウシはチカマルに言った。
「チカマル」
「はい」
「お主、謀ったな?」
可愛らしい顔でチカマルは首をかしげ、
「なんのことでしょうか」
と空とぼける。
「りゃりゃ。チカマルがとぼけくさるわ。爆発音じゃ。わしが船を吹き飛ばしたとき、お主はその爆発音の増強を謀ったろう」
「その件でございましたか。はい。ぼくにも聞こえる音ではございましたが、ご年配の方もいらっしゃり、音がハッキリ届くか一人心配になっていたのでございます。結果、よく聞こえましたから余計な手回しになってしまいました。申し訳ございません」
「で、あるか」
オウシには、『
――チカマルの魔法《
そんな二人のやり取りにもヒサシは茶々を入れる。
「大将だってチカマルくんなら気を回して《
「りゃりゃ」
と、オウシは笑うのみである。
「以心伝心というか、チカマルくんが年の割に優秀というか。見てて楽しいよボクは」
「本当の以心伝心は、オウシ様とトウリ様でございましょう」
「双子だもんねえ」
二人の言葉を聞き、オウシは「で、あるか」と言って、目を閉じた。
「フン。トウリのやつ、浦浜を出たぞ」
「オウシ様の《波動》はすごいですね」
「離れていても場所までわかる相手はトウリだけじゃ。スモモもうっすらとわかるがな。が、なにか起こりそうな空気である。久しぶりにあいつらに会いたくなった」
チカマルもさすがにそれがだれなのかを察することはできない。突然の言葉に頭をかたむけ、問いかけた。
「と、おっしゃいますのは……?」
「懐かしき猿と天才剣士じゃ。あの学び舎で日々を過ごした同門五人のうち、わしとトウリ、そしてお主の兄コジロウはいつも共にいる。コジロウは四軍艦を率いて忙しくしているが、あの二人はどうしているかわからぬ。なぜか、あいつらを思い出してな」
「お会いできるとよいですね、オウシ様」
これについてはチカマルも二人とも知っている相手だけに、寄り添うような口ぶりで言った。
「猿めはもう少し知恵をつけてやってくるだろうが、あいつは……どれほどになったものか。楽しみなやつじゃ」
オウシは空を見る。
――剣に生きると決めた友よ。答えは出たのか? 家族も同然のお主に、また会いたいのじゃ、わしは。そして、また共に……。
空には星が浮かび上がっていた。
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