35 『再会メモリーズ』
「名前を聞いて察した人もいると思う。ヒナのお父さんは浮橋博士だ。浮橋博士の唱えた地動説を証明するため、協力してほしい。よろしくお願いします」
サツキが報告とお願いをすると、クコが真っ先に答える。
「もちろんです。けれど、ヒナさんの服もボロボロですね」
サツキはヒナに視線を戻して、
「俺の帽子に入れればボロボロになった服を元の状態に戻せるが、このあと服を脱げる場所はないよな」
「あ、当たり前でしょっ」
恥ずかしがって顔を赤くするヒナを見ても「だな」と冷静にうなずき、サツキは考える。
「じゃあ、宿に来てもらってもいいのか」
「それなら、わたしの魔法道具を使ってください」
クコが首に下げていたカードを胸元から引っ張り出す。カードについたボタンを押すと、カードがバッグに変わった。このボタンは《スモールボタン》といって、物を小型化できる魔法道具なのである。クコは本来の大きさに戻ったバッグの中から、チューブ状の魔法道具を取り出した。
「《
「あ、ありがとう。使わせてもらうわ」
ヒナはクコからパテを受け取った。
バンジョーは遅れてきたサツキを温かく迎えてやった。
「新しい仲間もめでたいし、サツキも無事でよかったぜ! 飯、食うか?」
「それはこれから食べに行くんじゃないですか」
クコに言われてバンジョーも陽気に笑う。
「なっはっは! そうだったぜ!」
サツキが説明中のときも今も、チナミだけはヒナを見ようとせず、ナズナの影に隠れている。それに気づいて、サツキは内心首をひねる。
――どうした?
不審に思うサツキだったが、ヒナが喜色を浮かべた。
「わぁ! チナミちゃん! なんでこんなところにいるの? 久しぶり!」
そっぽを向いたまま、チナミは挨拶を返す。どこか気まずそうだ。
「お久しぶりです。ヒナさん」
「なんだ? 知ってんのか?」
バンジョーはささいなことのように口にするが、クコは、今までのヒナとまったく別人みたいな子供らしいすれた感じのない様子に、驚いてしまっていた。
「え、いったい……」
「なに?」
ヒナは「文句ある?」とでも言いたげに、じっとりした目でクコを見返す。
クコはぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ」
サツキはヒナとチナミを見て、チナミのどこかほっとしたような顔に気づいた。
ふと、サツキは思い出す。
――考えてみれば、ヒナと王都で会ったとき、友だちの家に行こうと思ってやめたと言っていた。あれは、チナミの家だったんだ。
あのとき、ヒナはこう言った。
「そ。ちょうど近くに来たからね。ちな……ちなみに! あんたには関係のない話よ」
ビシッと指を差しながら、なにかを隠すようだった。
――チナミ、と名前を言いかけて、「ちなみに」と言い直した。たぶん、照れとかじゃない、友人としての配慮があったんだろう。
また、初めてチナミに会った日のことも思い出す。チナミの家でかくまってもらったとき、チナミの趣味の話をした。
確かこんな会話だった。
「キャンプも好きなのか。いい趣味だな」
「星空もきれいに見えます」
「よく見えるのだろうな」
「はい。友だちは星が好きでよく話をしてくれます。おかげで星座もいくつか覚えました」
「俺は星座などまるでわからないから、詳しい人に聞いてみたいものだ」
その詳しい人がヒナであったに違いない。
この二人は、互いに気にかけて気遣っていたのではないだろうか。
――浮橋教授の裁判について、今回日付が決まっただけで、近々行われることは当然チナミも知っていたと考えていい。地動説証明のため、その娘のヒナも動いていることをチナミは知っていた可能性があるのだ。
さっきのカナカイアの顔を思い出し、
――今度の宗教裁判で浮橋教授を裁きたいと思っている人間たちは、ヒナを野放しにしたくはないだろう。カナカイアみたいな者もいる。追われる身というには大げさだが、そんなヒナが動きやすいよう、チナミはヒナのことをできるだけ人に知られたくなかったんじゃないのか?
あくまで想像だが、チナミならそこまで考えていておかしくないように思う。
――それだけ気を回していたのだ、ヒナのことはずっと心配していたろうな。それはヒナも同じで、自分と関わりのある人に危害が及ぶのを恐れていたのかもしれない。
サツキの考え過ぎかもしれないが、だとすれば納得できる気がした。
再会を果たしたチナミがうれしそうに見えた以上に、ほっとしたような顔に思われたのは、ヒナの元気な顔が見られたからだろう。
――よかったな、チナミ。
それだけ心の中で思って、
「二人は知り合いだったんだな」
サツキはなにも知らぬ素振りで言った。
チナミは照れを隠すためかあさっての方向を見ているが、ヒナがチナミに笑顔を向けて楽しげに言う。
「もちろん。姉妹みたいなもんだね」
「なんだ、姉妹か! よかったな、チナミ。姉ちゃんに会えて」
バンジョーが冷やかすわけでもなく、心からいっしょに喜んでやった。しかし、チナミは恥ずかしそうに否定する。
「ち、違います。私のおじいちゃんとヒナさんのお父さんが学者仲間というだけです」
「初めて会ったときも、お姉ちゃんって言ってくれたんだもんねー」
「そ、そんなこと、言ってません」
「照れなくていいのにー」
にひひ、とヒナは楽しそうに笑いながらチナミのほっぺたをつんつんしている。チナミはうっとうしそうに顔をそむける。
バンジョーは「姉なのか幼馴染みなのか、どっちだ?」とサツキに聞くが、サツキは「どっちでも同じだ」と答える。バンジョーも素直なもので、「そっか」と納得していた。というより、考えるのをやめたようだった。
チナミは朱色に染まった顔をそむけつつ、
「お父さんのこと……」
とだけつぶやいて、なんて言っていいのか困ったように口を閉ざす。チナミはヒナの父親である浮橋博士を心配していた。同時に、ヒナ自身のことも心配していた。だが、見たところ元気そうである。
ヒナは笑顔で答える。
「うん。大丈夫だよ、あたしが証明してみせるから! サツキと!」
「……はい」
と、やっとチナミは表情を和らげた。
ナズナはそんな二人を見て、
――そういえば、ヒナさんっていうやさしくて楽しいお姉さんがいるって、何度か話してくれたな……。
そのときのチナミはちょっと楽しそうだったのに、本人を前にするとつれない態度である。チナミは感情表現が苦手で不器用だから、今も本当は内心で再会を喜んでいるのだろう。
「ヒナさん。これ」
チナミはぺんぎんの顔の巾着袋から提灯を渡した。田留木城下町でお土産にと作った《
『証明』と書かれていた。
「ありがとうチナミちゃん!」
「いいえ。頑張らないといけませんから」
「うん!」
これを見て、サツキはなるほどとチナミがその文字を書いた理由までもがつながり納得したのだった。
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