44 『ジンと炎』
罠だろうか。
倒し方を、そうやすやすと教えてくれるのは都合がよすぎる。
もし罠ではなく開示する場合、よほどの自信があることになる。そしておそらく、今の状況は後者、マルコは負けるわけがないと自負している。
サツキが慎重に押し黙っていると、マルコは強者の優越感に浸りながら語り始めた。
「たとえわかっても無理、ワタシには勝てない。無理と承知で教えてやろう。一、ジンの召喚者たるワタシの意識を途絶えさせること。二、ジンの本体ともいえるこの魔法のランプを破壊すること。三、ワタシの魔力切れを待つこと。そして四、ジンは炎だ、ただただ炎を消せばいい。以上だ」
これを聞き、サツキはマルコが正直に情報を開示したとわかった。罠でもなんでもない。どれもかなり難しく、今のサツキには無理だと、心から思っているのがその表情にありありと浮かんでいる。実際、サツキの超えるべきハードルは高い。
――確かに、無理だと思われて当然の条件だ。しかし、これを伝えることで、俺に行動の目的を絞らせられる。相手からすれば、俺が四つのうちどの条件を突破しようとしているか見極め、それを防ぐルートで戦えばいい。がむしゃらに戦う相手ならただやり合うだけだが、俺が考えて戦うタイプだとみて、あえて情報を開示したんだ。そのほかの予想外な行動に出られるより、よほど対処しやすいからな。まあ、本当に強者としての奢りも過分にあるようだが。
マルコに油断はない。されど、余裕綽々の顔でもあった。
「大方、予想通りといったところか」
つぶやくサツキに、マルコはなおも解説する。
「大量の水でもあれば、この『炎の精』を消せたかもしれないが、この場所には水などない」
「一度、俺に拳を当てたが、拳は炎ではないのかね」
「鋭い質問だな。かつてキミが戦った『
「額面通り、ジンは炎であり水に弱いか」
「つまらない希望を抱かせないために、この言葉を教えてやろう」
「……」
「焼け石に水、だ」
ク、とサツキは笑った。
「そうか」
表情を改め、サツキは思考を展開する。
――今のやり取りで、ジンについては必要な情報もそろったと言える。ジンは戦略に頼らずとも、という言葉から、やはりジンはマルコ騎士団長の戦略に従って戦うわけじゃない。戦術を持たないのも、ジンだけが持たないというより、マルコ騎士団長がジンに戦術を授けられないと取っていい。倒し方の一つ目にて、「ジンの召喚者たるワタシ」という表現をした。つまり、術者としてジンを思いのままに操作しきれない。ただの召喚者に過ぎない。そう言い換えてもいいのではないだろうか。さらに言えば、ジンは拳で殴るのが好きなだけじゃなく、戦略を理解できる頭もない可能性がある。そのほうが厄介な時もあるが、今回のジンはまさにそれだ。厄介極まりない。
なぜなら、今も我慢できずにサツキに殴りかかってきている。
サツキはそれらをなんとか捌くが、最後の一発を脇腹に食らい、再び吹っ飛ばされた。ヒットの直前、訓練した魔力移動のおかげで腹を強化していたが、それでも相当なダメージだった。
――なんてスピードとパワーだ。あばらにヒビでも入ったのかと思った。
「グアハハ! なかなか丈夫だな。じゃあコイツはどうだ!」
ジンはすかさず距離を詰めて殴りかかってくる。
――やはりジンは、戦いのことしか考えてない。忠誠心があるのか。そのアンサーは、ほぼない、と言っていい。
次に、倒し方について。
――あとはどうやって倒すか。魔法のランプの破壊は厳しいだろう。ジンの裏へ抜けてマルコ騎士団長を相手に、背後を警戒しながらランプを狙う。これはよっぽどの実力差がないと難しい。マルコ騎士団長との戦いだけでも大変だったのに、ジンの目を盗むのは厳しい。ランプも、そもそも簡単に壊れてくれる強度とは思えない。
サツキはジンの拳をよけて、何度目かに見たのと同じ動作だったと確信し、それに合わせてカウンター技を放った。
「《
初めて、ジンを斬りつけた。
「ほほう。ジンに攻撃を入れるか。剣術の腕も、やはり確かなものらしい」
後方で余裕たっぷりにサツキを見るマルコ。
だが。
サツキは見逃さなかった。
――わずかに、マルコ騎士団長の表情がゆがんだ。あれは、痛みか。
と予測を立てる。
――自分は戦わずに自立式で戦う戦闘特化な存在を創造するなど、都合が良すぎる。しかも炎が扱えるのだ。腕力が強化された魔人を召喚するだけでも、それなりのリスクがあってもおかしくない。では、あれだけの無敵の魔人を召喚するリスクはどうだ。むろん、あるはず。ジンが攻撃を受けたときのマルコ騎士団長の表情がそれを証明した。ジンが受けたダメージはそのまま召喚者にも連動する。肉体が斬られてもすぐに元通りになるジンに代わり、ダメージを請け負っている可能性もある。
ジンは傷口がじわりと溶けるように即座に治ると、また攻勢に出てきたのである。
「まさかオレを斬るところまでやれるとは思わなかったぜ! もっとやろうぜ、小僧!」
まるでジンは痛みを感じた様子がない。
――ジンには痛みが現れない。痛みはマルコ騎士団長が請け負うのか。では、その性質を利用し、攻撃を入れ続けてマルコ騎士団長の限界を待つか。……いや、俺の体力が持たない。魔力切れを待つのも同じ理由から論外だ。無尽蔵に殴り続けあまつさえ炎を操り攻撃してくるジンを相手に、あとどれだけ持ちこたえられるか。
ランプの破壊も無理だとすれば。
――残る選択肢は、『炎の精』を消すこと。フウサイの戦いを見て、答えが出た。
サツキはジンが放つ炎を斬ってまた距離を取る。
「もういいだろう。俺は戦いが好きではないのだ」
「つまらねえこと言うなよ! もう降参か! つまらねえ!」
ジンがまだまだ好戦的に吐き捨てるのをクールに聞き流し、サツキはさらりと言い返した。
「戦いが好きではない割に、俺は充分楽しませてもらったさ。次で終わりだ。消してやる」
「ハァ!?」
ジンが本気の怒りでサツキを見た。
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