45 『フウサイとミイラ男』

 フウサイの敵は、サーミフという包帯をぐるぐる巻きにしたミイラだった。

 サーミフの攻撃は手に持った長いハンマーを振り回すのが主なものである。


 ――ここは地下。風などない。が、《ふうじん》も必要ない。


 風に溶け込み、風を渡ることができる魔法《風神》。それがフウサイのとっておきであり、この魔法だけでほとんどの攻撃を無効化できる。ゆえに、『無敵の忍者』と称された忍び。

 しかし、この地下空間には風もなく、風ない場所で《風神》は使えない。

 それでも、とっておきの魔法はとっておきの相手に使うまでのもので、サーミフを相手にその必要性は感じられなかった。

 さっそく、フウサイは忍術で応対した。


「《どくまだらちょう》」


 しびれ薬の毒がぬられた針を吹き矢にして飛ばした。見事的中するが、なぜかなんの手応えもない。

 何事もなかったようにサーミフは豪快にハンマーを振るう。


「効かねえな!」

「《くわがため》」


 紐でサーミフの両腕を締め上げる。が、これもするりと抜けてしまう。包帯がハラリとほどけてすり抜けている感覚であった。


「何者……」

「オレの魔法は《ミイラを包む者》。オレは、ただの『ミイラ男』さ!」


 サーミフのハンマーをフウサイは軽やかに避けて、続けて忍術を繰り出す。


「《ばりがま》」


 鎌を投げて引っかける。これによって斬りつけることも目的だった。

 だが、またしても効かなかった。


「おまえ、ホントいろんな技を持ってるな! だが、おれは不死身なのさ。おとなしく引き下がったほうが身のためだぜ」


 またハンマーを振り回されるが、これを避けられぬフウサイではない。

 フウサイは短く思考する。


 ――刺しても駄目、斬っても駄目、縛れもしない。となれば、からめ手でいくのみ。


 たたた、と駆け出してフウサイは三人に分身した。


「《かげぶんしんじゅつ》」

「お? なんだ? 分身? いや、目の錯覚か?」


 サーミフは忍術を知らなかった。忍者という存在がいることは知っていても、場所は東洋の晴和王国、アサシンのようなもの、くらいの認識だった。だからこれがどんな魔法なのかと考えるが、考えるだけ無駄である。


「《おにばえ》」


鬼火のようにゆらゆらと、そして蠅のように素早くくるくる巡るように、炎がサーミフの周囲を飛んだ。


「火!?」


 サーミフの包帯がちりちりと焼ける。

 隣でも、サツキが『炎の精』を相手に戦っている。それに比べればとても弱い炎である。しかし、サーミフは慌てた。


「ちっ! なんだこりゃ!」


 必至に払おうとするのを見て、フウサイは確信する。


 ――火に弱い、でざるか。あとは仕上げ。


 息つく暇も与えず、フウサイは忍術を繰り出した。


「《ありごくじゅつ》」


 サーミフの足下が、柔らかくなった。サーミフが地面を確認すると、いつのまにやら砂が敷かれていた。薄く広く。だが、どういうわけだか砂に足を取られてどんどん埋まっていくように思われた。


「うお! 足が!」


 飛ぼうとしたところへ、フウサイはひと息で距離を詰めたかと思うと、刀二本を引き抜く。大業物『かざまつりそううん』と海上でミナトにもらった最上大業物『怪鴟黒風よたかのこくふう』の二本である。二本をカブト虫のツノに見立てるようにしてハンマーを上にすくい上げ、弾き飛ばした。


「《かぶとすくい》」

「なにィ!?」


 武器を失ったサーミフが驚嘆の声を上げた刹那、影分身していたもう一体がひらりと飛び上がり、


「《ばしられんかく》」


 どこからか取り出した玉をサーミフの足下へ投げると、ボッと火柱が立ちのぼった。あけがらすくにの忍び、くぎうらえんが使った《ごうちゅうじゅつ》よりは威力も劣る。だが、サーミフには効果が大きかった。

 火柱に包まれて、


「ぐおおおお!」


 サーミフが悲鳴を上げる。

ふうじん』フウサイはとどめを刺す。


「もう充分でござるな。《きんたかおろし》」


 バッと強い風が吹いた拍子に、サーミフを覆う火柱は消え去った。吹き消されるようになくなった火柱だが、サーミフのダメージは過分にあり、もう身動きが取れなくなっている。


「火傷もないゆえ、しばらくすれば目も覚まそう」


 フウサイのつぶやきは、もうサーミフには聞こえていなかった。

 最後に、分身した三人目のフウサイがサーミフの手元から弾き飛ばされたハンマーを片手に二人のフウサイの元へ行き、ふっと息をする間に一人に戻った。

 あまりにも見事な手際に、戦闘中のアリがぽかんと口を開けて見つめていた。


「あれが忍者かよ……」

「なにぼけっとしてるの! 危ないわよ」

「わわ、わかってるって」


 ナディラザードに注意され、アリは慌てて戦闘に意識を戻した。

 すかさず、シャハルバードが参戦する。


「さっさと倒してしまおうか」


 シャハルバードが剣を振る。


「《風船カザフネ》」


 斬られた相手は、そこから空気が入って身体がふくらみ、ふうせんみたいにぷくぅっと宙に浮いてしまった。シャハルバードの魔法は二つあり、一つ目の《人物投資》は商人としての魔法、二つ目の《風船カザフネ》は戦闘・船乗りとしての魔法だった。


「うわああお」

「兄貴!」

「兄さん」


 アリとナディラザードがシャハルバードを振り返り、シャハルバードはさらに剣を腰の鞘に戻すと両手の指を合わせるように手を組み騎士の背中を殴打する。


「ぐふおっ」


 これで気絶し、騎士が天井へと向かって浮いてゆく。


「ありがとう。フウサイくん」

「縛っておいたでござる」


 そのまま天井に行く前に、フウサイが騎士を縛っておいた。


「空気もやがて抜けて、元の身体に戻る。縛ってくれて助かるよ」


 今度はクリフも敵を倒し終えて、シャハルバードに報告する。


「終わりました」

「やや手こずったか、クリフ」

「はい。手練れでした」

「そうか。さて。あとはサツキくんたちの戦いを見守ろう」


 クリフが「はい」と答え、シャハルバードたち四人は戦闘を終えた。

 同じくこの戦場でいち早く戦闘を終えていたフウサイは、影からみなを見守ることにする。


 ――サツキ殿は大丈夫でござろう。なにかあれば手を出させていただくが、玄内殿もなるべくサツキ殿の成長のために手を出さぬよう申していた。他のみなも平気と思うが、一応、気をつけておくでござる。


 フウサイは姿も消して、いざというときのために潜む。

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