46 『遠隔と翻弄』

 リラは、自身が《真実ノ絵リアルアーツ》の魔法によって築いた城の天守閣で、みんなの戦いを見守っていた。リラには直接対決する相手はいない。その横では、ナズナが同じ系統の魔法を持つスティスを不安そうにチラチラ確認するが、二人は仕事を終えている。

 ルカもリラの横にいながら、《ねんそう》の魔法で三本の刀剣と槍で戦っていた。

 そんな中、クコがスライム使いのプリシラから剣を取られてしまった。剣はプリシラの後方へ投げ捨てられ、戦闘中、あれを取り行くことは難しいと思われる。


 ――お姉様の剣が……これは、やっとリラの出番だわ。


《取り出す絵本》から筆を取り出し、リラは空中に絵を描き始めた。


「《真実ノ絵リアルアーツ》」


 これで、剣を描いて実体化する。


「やるわね、リラ。早いじゃない」

「えへへ。昨日も同じ物を描きましたから」


 ルカは褒めてくれるだけじゃなく、


「貸して」


 とリラの剣を手に取った。


「私が《思念操作》でクコに届けるわ」

「なるほど! それなら、相手に奪われることもなく安心です! ありがとうございます!」


 リラはクコに向かって呼びかけた。


「お姉様、代わりの剣です」


 クコが振り返ると、ルカはパッと剣を投げる。剣が落下を始めた途端、急に意志を持ったようにクコへと飛んでいった。




 クコは、背中に入り込んだスライムの動きが止まり、冷静になった。身体を這うヌメヌメが衣服から出て行ってくれたわけではないが、動きがなくなっただけで、落ち着きを取り戻した。

 リラから声が掛かって振り返ると、状況が理解できた。


 ――リラが代わりの剣を創ってくれて、ルカさんが魔法で私に届けてくれてるのですね!


 ひらりと身をひるがえして、さらにプリシラから距離を取るようにして、リラの剣を受け取りに走る。 

 が。

 また、急にスライムが動いた。

 クコは声を出さないように、口元を押さえた。


 ――なんだか、気持ち悪くて、気持ちいぃ……。でも、そんなこと言ったら、リラに変な目で見られそうです……。


 なんとか意識を強く持とうとして、クコは声を出す。


「これくらい、戦いに支障はありましぇ……んんぅ」


 ぎりぎりでこらえてクコは声を絞り出した。

 そして急いで振り返り、自分のすぐそばまでやってきて空中で静止している剣を手に取る。


「ありがとうございます! リラ、ルカさん」

「いいえ。あら……?」


 目を丸くしたリラが、


「お姉様、顔色が少し……」

「大丈夫です!」


 顔がやや赤くなっているのを妹に見られるのが恥ずかしくて、クコは力強い声で答えて顔を再びプリシラへと向ける。

 だが。


 ――サツキ様……。


 チラ、とサツキを見る。

 サツキは戦闘に集中している。その横顔を見ると、クコはまた少し顔が赤くなってしまった。自分ばかりが遊んでいるみたいで恥ずかしくて悪い気がしてくる。


 ――リラばかりでなく、もしサツキ様にまでこんな変な姿を見られたら……。が、頑張るしかありません!


 スライムは背中と首に分離して存在し、ヌルヌルもぞもぞ動いている。


 ――まずは、このスライムを遠隔操作する条件を確認する必要があります。また、彼女の両手にスライムがある限り、直接攻撃をしてもその柔らかさでショックを防がれてしまうため、スライムの分析ができるまでは我慢しなければなりません。攻略に乗り出すのはそれからです。


 首筋への変な気持ちのよさに足が内股になったところで、クコは剣を構えたまま、『アンニュイなスライム使い』プリシラに宣言する。


「そのスライムの遠隔操作、条件を見抜いてみせます」

「できるかな? 王女、健闘を期待する」


 プリシラが両手のスライムをむぎゅっとした瞬間、クコの首筋でうごめいていたスライムが不意に胸へと降りてきた。


「はぅ!」


 つい声を漏らして口を押さえ、クコは意識して表情を引き締めるようにプリシラをにらむ。


 ――こんなものが胸にいたら、冷静な分析ができません……。プリシラさん、なんて使い手でしょうか。


 クコはプリシラの両手を見る。


 ――彼女は、わたしにまとわりついているスライムを操作するとき、同時に両手に握ったスライムをむぎゅっとします。しかし、それは一瞬だけ。なんとなく、リズムを取りやすいとかいった理由なだけのような……。ルカさんのコントロールのくせよりも、無意識かつ無意味なもの。でも、大事なもの。


 普通、コントローラーの役割をするならば、もっと細かく握る手を動かす必要がある。ルカも《思念操作》をするとき、つい無意識に手が動いてしまうが、手の動きによってコントロールが決まるわけではない。それと同じような印象を受けた。


 ――あの両手は、意識をそこへ集中させるためのものか、本人が無意識にしているだけで直接は関係しないもの。


 では?


 ――おそらく、術者本人がスライムがどこにいるかわかっていれば、遠隔操作は可能。ただ、遠隔操作をしている最中にこの剣で直接攻撃をすれば、あるいは意識が遠隔操作にある分だけ判断を遅らせられるかもしれません。しかしそれも遠隔操作を一度やめて、両手で剣を受け止めれば対応できます。


 遠隔操作中に隙をつくのは、簡単ではない。

 今のクコにわかったのはそれくらいだろうか。

 それでも、一度クコは攻めてみる。


 ――あと気になることは、彼女がどれだけの容積のスライムを隠し持っているのか。どれだけの分量を同時に遠隔操作できるのか。


 クコは剣を構えて走り出して、


 ――まずは検証です!


 一気に距離を詰めて斬りかかった。


「やあああ!」


 剣を振り下ろす。

 プリシラは両手でその剣を受け止める態勢を取った。


「ん」


 と、クコは小さな声を漏らす。

 さっきまでおとなしかったスライムが、胸と腹部をうごめいたのである。急に力が抜けてしまった。

 が。

 なんとか意識を強く持ち、剣を握りしめてプリシラに斬りかかった。


「はい」


 プリシラがクコの剣を左手のスライムでひょいと受け止め、空いた右手を即座にクコの顔面へと伸ばした。


 ――また来ました。


 さっとクコは下がって距離を取ろうとした。

 前回はそれで顔にスライムをはりつけられ、クコの身体にスライムをくっつけるのを許してしまった。

 手が届かないくらいに距離を取るのが大事だと思ったクコであったが、


「甘い」


 ぼそりと言って、プリシラが右手のスライムをクコの顔面に投げつけた。

 バチンと顔面にはりつき、クコはその勢いで仰向けに倒れた。


「んまんまっ」


 もがいてスライムをはがそうとするクコ。

 が。


「むぅん!」


 お腹にいたスライムが遠隔操作でクコの太ももに侵入した。クコは黒タイツをはいているから、そのタイツの中でヌルヌル動いている。

 顔のスライムを取ろうとする手の力が抜けたところを見逃さず、プリシラは次の手を打つ。


 ――この子たちも王女の服に潜入。成功。


 プリシラはあっけなく次のスライムもクコにまとわりつかせることに成功した。


「王女、降参してもいいよ」


 クコはスライムを顔からはがす。再び呼吸ができるようになったクコは、胸を上下させて仰向けのまま存分に呼吸して酸素を取り込んだ。


 ――またやられてしまいました。なんという凶暴な魔法でしょう……。


 思考がうまく重ねられないばかりか、注意力を削がれて剣の動きも定まらない。それに、常に妹やいとこ、サツキに見られているような気がして、恥ずかしいやら集中できないやらで、やられっぱなしになっている。

 クコは起き上がって、


「降参はしません」


 と答えた。


 ――こちらの攻撃もうまく繰り出せない。仮に攻撃しても衝撃を吸収されてしまいます。でも、スライムの欠点はこちらへの決定打を持たないこと。我慢に我慢で耐えてみせ、最後に攻めるしかありません。


 忍耐と最終的な一気呵成の攻撃、それのみがクコの描く作戦だった。

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